2 / 42
追放された雑種の誓い
しおりを挟む
その日の昼頃、屋敷の窓辺で、レイは縋るように祈りを捧げていた。昨夜、突然病死した家主への最期の敬意を払うように。かつて温情を注いでくれた家主【アルビオン・ドゥ・ベルモンド】は、レイにとって希有な存在だった。
何を思ってか、親無き孤児だったレイを養子として屋敷に招きいれたのだから。
しかし周りの視線はその逆で、いつも"いらぬ口を開くなり"と冷たい目で睨まれてきた。レイが養子に入った家は、代々王国の騎士長を任されるほど剣術の才優れた者がいる家系だった。
アルビオンの息子で、次代の当主になるだろう【カレドニア】と、その三人の子供達も、全員が歳相応を遙か凌駕した腕前だった。
レイはというと、ただでさえ余所者な上に一緒な訓練を受けても彼らの爪の先程も上達しなかった。
それでもアルビオンがいれば、少しは寛大に扱われた。だが彼の死によってレイは本当に"いらぬ存在"になってしまったのだ。
すぐ側を通り過ぎた次の当主カレドニアの夫人にも、わざと背中を向けられた。
「ふん。それでもなんとかしのげよ」とレイは自嘲気味に自分に言い聞かせる。屋敷では、次期当主の就任を祝う饗宴が控えていた。その準備などでレイは年端もいかぬ使用人として、重労働を課される予定だ。
「しっかりしろ、この雑種が」
宵の明ける中庭で、酷く働かされていたレイの背中を、他の使用人が無造作に鞭で打つ。レイは痛みに顔をしかめるが、抵抗する素振りは見せない。
前当主の死去でレイの立場が大きく揺らぎ、それが口実となって彼は次々と過酷な仕打ちを受けるようになった。
それは気まぐれなもので、理不尽な扱いでしかなかった。
「俺たちの主従関係はな、この雑種野郎には理解できんだろうよ」と他の使用人から投げつけられる侮辱の言葉にレイは黙り込む。血統が良くないと蔑まれ、親もわからぬ自分に誇れるものは何一つなかった。
しかし、それでも屋敷に尽くすくらいの良心は残されていた。亡くなった前当主への忠義であり。それがレイを縛り付ける理由でもあったのだ。
祝宴の夜がくると〝もはや人手は足りている〟とばかりにレイは地下の物置に閉じ込められた。新当主のカレドニアに忌み嫌われ、その仇討ちのさながらに屈辱的な仕打ちを受けたのだ。その後も解放される事はなく、足りぬ食料と水につられ、レイはとうとう飢えと渇きに体を痩せさせていった。
しっとりと肌から水分が失われ、ガリガリに衰弱した姿は見るに堪えなかった。
「もう早く逝ってくれぇ。気でも狂って自殺でもしてくれよ」
嘲笑しながら現れたベルモント家の次男坊【アルカディア】が投げ入れた足りない水を、レイは喉を鳴らしながら必死で口に運んだ。
「頼む、もう出してくれよ」と嗄れた声でレイは呟いたが、希望は視界からだんだんと遠ざかっていった。
数日の間、放置されたレイの体は衰弱の極に達した。死期を常に意識するようになり、もはや絶望の淵に沈んでいく一方だった。
奈落に落ちてしまう直前、扉が開き、明かりが差した。現れたのはベルモント家の末っ娘【オリンピア】だった。まだ十歳の少女は憐れむような瞳をレンに向けると無言で、少ない食料をそっと置いた。
なんとか一命を繋ぐレイの元に暫くして、晴れて新当主となったカレドニアがやってきた。僅かな期待も寄せてはいなかったが、それはレイにとってある種の転機だったのだ。
「こら雑種野郎!いつまで生きてんだ」とレイは唾を吐きかけられ、踏みにじられた。理不尽な仕打ちにも、もはや免疫を持っていた。
「聞けやこの雑種が!屋敷から今すぐ出ていけっ!」
彼はレイを掴み上げ、外に投げ捨てたのだ。そのまま門扉が閉ざされ、一人取り残されたレイはたった一人、立ち尽くすしかなかった。
流れる涙さえ枯れ果てた彼には、表情を顕わす資格すらなかった。屋敷の門扉へ、レイは血で絞り出したような声で呟いた。
「生きる。生きてやる……」
そうして行くあてもなく薄暗い路地辺りを彷徨うレイの視界に、突如白装束の少女が現れた。幻なのか現実なのか、見分けがつかない状態だった。
「おじさん、こっちへおいで」と少女は優しげな口調で、レイを誘う仕草をする。
おじさん……だと?と、まだ十五歳のレイには少し引っ掛かる物言いだったが。少女の容姿はレイより遥かに若い。ならばそんなもんなのかと黙って、その儚げな微笑みに惹かれるように、半ば無意識で少女について行った。
雑踏を抜けて行く先は、どこかよく分からない場所だった。周りの光景が次第にぼやけ、遠くに森の樹々が見え始める。
「ねえ、森に行こう?おじさんを守ってあげる」
もはや極限状態だったレイは少女の言葉に促されるまま首を縦に振り、その後に付いて行った。すでに周りの現実が捉えられなくなってしまっていた。
何を思ってか、親無き孤児だったレイを養子として屋敷に招きいれたのだから。
しかし周りの視線はその逆で、いつも"いらぬ口を開くなり"と冷たい目で睨まれてきた。レイが養子に入った家は、代々王国の騎士長を任されるほど剣術の才優れた者がいる家系だった。
アルビオンの息子で、次代の当主になるだろう【カレドニア】と、その三人の子供達も、全員が歳相応を遙か凌駕した腕前だった。
レイはというと、ただでさえ余所者な上に一緒な訓練を受けても彼らの爪の先程も上達しなかった。
それでもアルビオンがいれば、少しは寛大に扱われた。だが彼の死によってレイは本当に"いらぬ存在"になってしまったのだ。
すぐ側を通り過ぎた次の当主カレドニアの夫人にも、わざと背中を向けられた。
「ふん。それでもなんとかしのげよ」とレイは自嘲気味に自分に言い聞かせる。屋敷では、次期当主の就任を祝う饗宴が控えていた。その準備などでレイは年端もいかぬ使用人として、重労働を課される予定だ。
「しっかりしろ、この雑種が」
宵の明ける中庭で、酷く働かされていたレイの背中を、他の使用人が無造作に鞭で打つ。レイは痛みに顔をしかめるが、抵抗する素振りは見せない。
前当主の死去でレイの立場が大きく揺らぎ、それが口実となって彼は次々と過酷な仕打ちを受けるようになった。
それは気まぐれなもので、理不尽な扱いでしかなかった。
「俺たちの主従関係はな、この雑種野郎には理解できんだろうよ」と他の使用人から投げつけられる侮辱の言葉にレイは黙り込む。血統が良くないと蔑まれ、親もわからぬ自分に誇れるものは何一つなかった。
しかし、それでも屋敷に尽くすくらいの良心は残されていた。亡くなった前当主への忠義であり。それがレイを縛り付ける理由でもあったのだ。
祝宴の夜がくると〝もはや人手は足りている〟とばかりにレイは地下の物置に閉じ込められた。新当主のカレドニアに忌み嫌われ、その仇討ちのさながらに屈辱的な仕打ちを受けたのだ。その後も解放される事はなく、足りぬ食料と水につられ、レイはとうとう飢えと渇きに体を痩せさせていった。
しっとりと肌から水分が失われ、ガリガリに衰弱した姿は見るに堪えなかった。
「もう早く逝ってくれぇ。気でも狂って自殺でもしてくれよ」
嘲笑しながら現れたベルモント家の次男坊【アルカディア】が投げ入れた足りない水を、レイは喉を鳴らしながら必死で口に運んだ。
「頼む、もう出してくれよ」と嗄れた声でレイは呟いたが、希望は視界からだんだんと遠ざかっていった。
数日の間、放置されたレイの体は衰弱の極に達した。死期を常に意識するようになり、もはや絶望の淵に沈んでいく一方だった。
奈落に落ちてしまう直前、扉が開き、明かりが差した。現れたのはベルモント家の末っ娘【オリンピア】だった。まだ十歳の少女は憐れむような瞳をレンに向けると無言で、少ない食料をそっと置いた。
なんとか一命を繋ぐレイの元に暫くして、晴れて新当主となったカレドニアがやってきた。僅かな期待も寄せてはいなかったが、それはレイにとってある種の転機だったのだ。
「こら雑種野郎!いつまで生きてんだ」とレイは唾を吐きかけられ、踏みにじられた。理不尽な仕打ちにも、もはや免疫を持っていた。
「聞けやこの雑種が!屋敷から今すぐ出ていけっ!」
彼はレイを掴み上げ、外に投げ捨てたのだ。そのまま門扉が閉ざされ、一人取り残されたレイはたった一人、立ち尽くすしかなかった。
流れる涙さえ枯れ果てた彼には、表情を顕わす資格すらなかった。屋敷の門扉へ、レイは血で絞り出したような声で呟いた。
「生きる。生きてやる……」
そうして行くあてもなく薄暗い路地辺りを彷徨うレイの視界に、突如白装束の少女が現れた。幻なのか現実なのか、見分けがつかない状態だった。
「おじさん、こっちへおいで」と少女は優しげな口調で、レイを誘う仕草をする。
おじさん……だと?と、まだ十五歳のレイには少し引っ掛かる物言いだったが。少女の容姿はレイより遥かに若い。ならばそんなもんなのかと黙って、その儚げな微笑みに惹かれるように、半ば無意識で少女について行った。
雑踏を抜けて行く先は、どこかよく分からない場所だった。周りの光景が次第にぼやけ、遠くに森の樹々が見え始める。
「ねえ、森に行こう?おじさんを守ってあげる」
もはや極限状態だったレイは少女の言葉に促されるまま首を縦に振り、その後に付いて行った。すでに周りの現実が捉えられなくなってしまっていた。
1
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~
秋鷺 照
ファンタジー
強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる