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第21話
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数日後。病院を出た私を出迎えたのは、思いがけない春の陽気だった。桜の花びらが舞う中、和也さんに支えられながら歩く私の足取りは、まだおぼつかない。
「ゆっくりでいいからね」
彼の優しい声に、私は小さく頷く。
自宅に戻った私は、懐かしい部屋の匂いに包まれ、ほっと息をついた。私が不在の間、弟の健太を和也さんが面倒を見てくれていたらしく。彼らは、いつの間にか仲良しになっていた。
その安堵も束の間。テレビをつけると、そこには見慣れた会社の外観が映し出されていた。
「大手企業による詐欺、買収騒動の末、突如として姿を消した天道翔太氏の行方は依然として不明─────」
アナウンサーの声に、私は思わずリモコンを握りしめた。天道くんの失踪。自分の能力の弱体化。全てが自分の行動の結果だと思うと、胸が締め付けられる。
「詩織、無理しないで」
和也さんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫。ただ、これからどうすればいいのか...」
彼は静かに私の隣に座った。
「会社に戻るのは、まだ早いかもしれない。でも、焦る必要はない」
彼の言葉に、私は少し安心した。しかし、それでも心の奥底にある不安は消えない。
次の日、私は久しぶりに外出することにした。公園のベンチに座り、行き交う人々を眺めていると、ふと気づいた。
以前なら簡単に見えていた人々の運命の糸が、今はかすかにしか見えない。それでも、時折チラリと見える糸の色や形から、何となく相手の状況が推測できる。
「完全になくなったわけじゃない...か」
私が小さくつぶやいた。その瞬間、目の前を通り過ぎる女性の運命の糸が、一瞬だけ鮮明に見えた。
その糸は激しく揺れ、まるで助けを求めているかのようだった。思わず立ち上がりかけたが、すぐに自分を抑える。
もう以前のように簡単に人の運命に介入することはできない。そう思うと、後悔と無力感が押し寄せてきた。
家に戻った私は、鏡の前に立ち、自分の運命の糸を見ようとした。かすかに見える糸は、以前よりも細く、脆くなっている。
「私の運命は...これからどうなるんだろう」
その問いに対する答えは、まだ見つからず、ただ深いため息をついた。
夜、和也さんから電話がかかってきた。
「詩織、明日の夜、少し時間ある?」
「うん、あるけど...どうしたの?」
「ちょっと大事な話があってね。会えたらいいんだけど」
彼の声には、どこか緊張が混じっているように感じられた。電話を切った後、私はベッドに横たわりながら考え込む。
彼との関係、会社での立場、そして自分の能力のこと。全てが宙ぶらりんな状態で、どこから手をつければいいのか分からなかった。
目を閉じると、天道くんの顔が浮かんできた。彼はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。そして、あの時の修正は、本当に正しかったのだろうか。
答えの出ない疑問を抱えたまま、私は不安な夜を過ごした。
翌日の夕暮れ時、私は和也さんとの待ち合わせ場所に向かっていた。街灯が次々と灯り始め、行き交う人々の影が長く伸びている。
私の心臓は、緊張と期待が入り混じって早鐘を打っていた。彼が選んだ場所は、二人が初めてデートをした小さなカフェだった。
ドアを開けると、懐かしい珈琲の香りが鼻をくすぐる。
「詩織、こっちだよ」
和也さんが手を振っているのが見えた。彼は少し緊張した面持ちで、いつもより少しきちんとした服装をしている。
「お待たせ」
詩織が席に着くと、和也はにっこりと微笑んだ。
「いや、僕の方が早すぎたんだ」
私たちは、しばらく他愛もない会話を交わした。仕事のこと、天気のこと。でも、どこか言葉の端々に緊張感が漂っている。
「詩織、実は...」
和也が真剣な表情で切り出した。その瞬間、詩織の胸が高鳴った。
「僕、転勤が決まったんだ」
思わず声を上げそうになった。予想外の展開に、頭が真っ白になる。
「地方の支社なんだ。来月から...」
彼の言葉に、私は言葉を失った。彼との別れ。そんな可能性は考えたこともなかった。しかし、運命の糸を1度切っているのだから。こうなるのは必然なのか?
しかし、次の彼の言葉が私を支えた。
「詩織、僕は...君と一緒に行きたい」
彼の真剣な眼差しに、私は息を呑む。
「一緒に...?」
「ああ。もちろん、急な話だし、君の仕事のこともある。でも、君と離れたくない」
彼の言葉に心が激しく揺れる。嬉しいのだが、会社のこと、天道くんのこと、そして自分の能力のこと...。まだ整理がついていない。
「考える時間が欲しい」
私の言葉に、彼は優しく頷いた。
「もちろん。急かすつもりはないよ」
その夜、私は眠れなかった。窓の外を見つめながら、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
彼と一緒に行けば、新しい人生を始められるかもしれない。でも、それは現状から逃げることにならないだろうか?
朝日が昇る頃、私はふと思い立って外に出た。足は自然と、かつて「月光堂」があった場所へと向かっていた。実は、店は1ヶ月前になくなったらしい。
私が行かなくなってから、評判が悪くなり客足は遠のいたようだ。
まあ、元々詐欺みたいな事で儲けようとしてたのだから仕方ないだろう。
私はその場所に立ち、深呼吸をした。そこで私は、薄れかけていた自分の運命の糸を、かすかに見ることができた。その糸は二つに分かれ、一方は何処か遠くへ、もう一方は...。
詩織は目を閉じ、静かに決意を固めた。
「私には、まだやるべきことがある」
スマホを取り出し、和也さんに電話をかける。
「和也さん、ごめんなさい。私...大阪には行けません」
電話の向こうで、彼が小さくため息をついた。
「そう...言うと思ったよ」
その言葉に、私は涙が込み上げてくるのを感じた。
「私、あなたと出会えて、本当に幸せだったよ。でも私はまだ何かやり残してる。多分、天道くん。彼はまだ何かしようとしてる気がするの」
彼は静かに言う。
「わかった。じゃあ僕は、それが終わるまで待ってるよ。別に完全に会えなくなるわけじゃないし」
「和也さん...ありがとう」
涙が溢れてきた。
電話を切った後、私は空を見上げた。朝日が雲の間から顔を覗かせ、新しい一日の始まりを告げている。
「さあ、行こう」
小さくつぶやいた。これから先の道のりは険しいかもしれない。でも、天道くんを見つけ出し、全てを正さなければならない。
そして、自分の能力と向き合い、本当の意味でそれを使いこなす方法を見つけ出さなければならない。
私の歩みは以前よりも確かなものになっていた。運命の糸は薄れているかもしれないが、自分の意志ははっきりしている。
「ゆっくりでいいからね」
彼の優しい声に、私は小さく頷く。
自宅に戻った私は、懐かしい部屋の匂いに包まれ、ほっと息をついた。私が不在の間、弟の健太を和也さんが面倒を見てくれていたらしく。彼らは、いつの間にか仲良しになっていた。
その安堵も束の間。テレビをつけると、そこには見慣れた会社の外観が映し出されていた。
「大手企業による詐欺、買収騒動の末、突如として姿を消した天道翔太氏の行方は依然として不明─────」
アナウンサーの声に、私は思わずリモコンを握りしめた。天道くんの失踪。自分の能力の弱体化。全てが自分の行動の結果だと思うと、胸が締め付けられる。
「詩織、無理しないで」
和也さんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫。ただ、これからどうすればいいのか...」
彼は静かに私の隣に座った。
「会社に戻るのは、まだ早いかもしれない。でも、焦る必要はない」
彼の言葉に、私は少し安心した。しかし、それでも心の奥底にある不安は消えない。
次の日、私は久しぶりに外出することにした。公園のベンチに座り、行き交う人々を眺めていると、ふと気づいた。
以前なら簡単に見えていた人々の運命の糸が、今はかすかにしか見えない。それでも、時折チラリと見える糸の色や形から、何となく相手の状況が推測できる。
「完全になくなったわけじゃない...か」
私が小さくつぶやいた。その瞬間、目の前を通り過ぎる女性の運命の糸が、一瞬だけ鮮明に見えた。
その糸は激しく揺れ、まるで助けを求めているかのようだった。思わず立ち上がりかけたが、すぐに自分を抑える。
もう以前のように簡単に人の運命に介入することはできない。そう思うと、後悔と無力感が押し寄せてきた。
家に戻った私は、鏡の前に立ち、自分の運命の糸を見ようとした。かすかに見える糸は、以前よりも細く、脆くなっている。
「私の運命は...これからどうなるんだろう」
その問いに対する答えは、まだ見つからず、ただ深いため息をついた。
夜、和也さんから電話がかかってきた。
「詩織、明日の夜、少し時間ある?」
「うん、あるけど...どうしたの?」
「ちょっと大事な話があってね。会えたらいいんだけど」
彼の声には、どこか緊張が混じっているように感じられた。電話を切った後、私はベッドに横たわりながら考え込む。
彼との関係、会社での立場、そして自分の能力のこと。全てが宙ぶらりんな状態で、どこから手をつければいいのか分からなかった。
目を閉じると、天道くんの顔が浮かんできた。彼はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。そして、あの時の修正は、本当に正しかったのだろうか。
答えの出ない疑問を抱えたまま、私は不安な夜を過ごした。
翌日の夕暮れ時、私は和也さんとの待ち合わせ場所に向かっていた。街灯が次々と灯り始め、行き交う人々の影が長く伸びている。
私の心臓は、緊張と期待が入り混じって早鐘を打っていた。彼が選んだ場所は、二人が初めてデートをした小さなカフェだった。
ドアを開けると、懐かしい珈琲の香りが鼻をくすぐる。
「詩織、こっちだよ」
和也さんが手を振っているのが見えた。彼は少し緊張した面持ちで、いつもより少しきちんとした服装をしている。
「お待たせ」
詩織が席に着くと、和也はにっこりと微笑んだ。
「いや、僕の方が早すぎたんだ」
私たちは、しばらく他愛もない会話を交わした。仕事のこと、天気のこと。でも、どこか言葉の端々に緊張感が漂っている。
「詩織、実は...」
和也が真剣な表情で切り出した。その瞬間、詩織の胸が高鳴った。
「僕、転勤が決まったんだ」
思わず声を上げそうになった。予想外の展開に、頭が真っ白になる。
「地方の支社なんだ。来月から...」
彼の言葉に、私は言葉を失った。彼との別れ。そんな可能性は考えたこともなかった。しかし、運命の糸を1度切っているのだから。こうなるのは必然なのか?
しかし、次の彼の言葉が私を支えた。
「詩織、僕は...君と一緒に行きたい」
彼の真剣な眼差しに、私は息を呑む。
「一緒に...?」
「ああ。もちろん、急な話だし、君の仕事のこともある。でも、君と離れたくない」
彼の言葉に心が激しく揺れる。嬉しいのだが、会社のこと、天道くんのこと、そして自分の能力のこと...。まだ整理がついていない。
「考える時間が欲しい」
私の言葉に、彼は優しく頷いた。
「もちろん。急かすつもりはないよ」
その夜、私は眠れなかった。窓の外を見つめながら、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
彼と一緒に行けば、新しい人生を始められるかもしれない。でも、それは現状から逃げることにならないだろうか?
朝日が昇る頃、私はふと思い立って外に出た。足は自然と、かつて「月光堂」があった場所へと向かっていた。実は、店は1ヶ月前になくなったらしい。
私が行かなくなってから、評判が悪くなり客足は遠のいたようだ。
まあ、元々詐欺みたいな事で儲けようとしてたのだから仕方ないだろう。
私はその場所に立ち、深呼吸をした。そこで私は、薄れかけていた自分の運命の糸を、かすかに見ることができた。その糸は二つに分かれ、一方は何処か遠くへ、もう一方は...。
詩織は目を閉じ、静かに決意を固めた。
「私には、まだやるべきことがある」
スマホを取り出し、和也さんに電話をかける。
「和也さん、ごめんなさい。私...大阪には行けません」
電話の向こうで、彼が小さくため息をついた。
「そう...言うと思ったよ」
その言葉に、私は涙が込み上げてくるのを感じた。
「私、あなたと出会えて、本当に幸せだったよ。でも私はまだ何かやり残してる。多分、天道くん。彼はまだ何かしようとしてる気がするの」
彼は静かに言う。
「わかった。じゃあ僕は、それが終わるまで待ってるよ。別に完全に会えなくなるわけじゃないし」
「和也さん...ありがとう」
涙が溢れてきた。
電話を切った後、私は空を見上げた。朝日が雲の間から顔を覗かせ、新しい一日の始まりを告げている。
「さあ、行こう」
小さくつぶやいた。これから先の道のりは険しいかもしれない。でも、天道くんを見つけ出し、全てを正さなければならない。
そして、自分の能力と向き合い、本当の意味でそれを使いこなす方法を見つけ出さなければならない。
私の歩みは以前よりも確かなものになっていた。運命の糸は薄れているかもしれないが、自分の意志ははっきりしている。
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