上 下
17 / 26

第16話

しおりを挟む
    天道くんからの突然の誘いに断りの返事を送ったものの、心には寂しさが増す。
    ラブコメなんかだと、こういう状況で心の隙間に入られたりするのだけど。やはり私は和也さんとの関係を大切にしたい。

    なんて、そう思っていたのに。皮肉にもそれからの日々は、彼との距離が徐々に開いていったのだ。
    仕事が忙しくなり、お互いの予定が合わなくなっていった。電話で話す時間も減り、メッセージのやり取りも短くなっていく。
「ごめん、今日も遅くなりそう」
「大丈夫、私も忙しいから。気にしないで」
    そんなやり取りが増えていった。

    そんな日々が1ヶ月近く続いた時、部長から呼び出しがあった。
「紡木さん、天道くんの新プロジェクトに加わってもらいたい」
    突然の話に、私は戸惑いを隠せなかった。
「はい...分かりました」
    そう答えはしたものの、内心では複雑な思いが渦巻いていた。天道くんは、いまだに私に対して積極的。そんな彼と一緒に仕事をすることになるなんて...。

    案の定、プロジェクトが始まると、天道くんからのアプローチは容赦なかった。
「紡木さん、この資料を一緒に確認しませんか?」
「今度の打ち合わせ、一緒に行きましょう」
    仕事の関係で、一緒に外出する機会も増えていった。

    ある日、クライアントとの打ち合わせ後、天道くんに誘われて遅めの昼食を取っていた時だった。突然、携帯が鳴った。和也さんからだ。
    食事中にも関わらず、私は思わず嬉しくて着信に応じる。
「もしもし、和也さん?」
「詩織、今どこにいるの?」
「今?ちょっと仕事で...」
「そっか。仕事だよね。安心したよ、男の人と楽しそうに食事をしてたから」
    彼の声には明らかな嫉妬の色が混じっていた。近くを通ったのかもしれない。

「う、うん。会社の人がどうしてもって言うから...」
    別にやましい事なんてないが慌てて説明する私。逆にわざとらしかったか。
    でも心の奥で私は、彼が嫉妬してくれたことに喜びを感じていた。

    ところが電話を切った後、ふと自分と和也の運命の糸を見てみると。ゆっくりと運命の糸が解けかけていた...。
「嘘...」
    思わず声が漏れる。反射的に、私はその糸同士を引き寄せていた。
「紡木さん、大丈夫ですか?」
    天道くんの声に我に返る。
「あ、うん...ちょっと考え事をしてた」

    その日以降、私は意識的に和也との糸を引き寄せるようになっていた。でも、何故かその糸はしばらくすると離れているのだ。
    やはり結婚する運命を切った影響は大きいのか。そんな不安に押しつぶされそうな状態で、仕事でのすれ違いはさらに続いた。

    和也さんとの時間は更に減っていき、私はその度に必死に糸を引き寄せ続けた。この関係を終わらせたくない。そんな思いが、私の行動を支配していた。
    しかし、糸を引き寄せれば引き寄せるほど、心の中に空虚さが広がっていく。これで本当にいいのか。こんな無理やり留めている関係が......。
   そんな疑問が、少しずつ芽生え始めていた。

    和也さんとの関係に不安を感じながらも、仕事は着実に進んでいった。天道くんとのプロジェクトは順調で、私たちは頻繁に一緒に行動するようになった。
「紡木さん、この企画書どうですか?」
    天道くんが私のデスクに近づいてくる。彼の真摯な眼差しに、思わず目を逸らしてしまう。
「えっと...そうですね、いいと思います」
「ありがとうございます。紡木さんの意見は本当に参考になります」

    その言葉に、なぜか胸がざわつく。私の中で少しづつ天道くんの存在が大きくなっていた。
    その度に私は慌てて和也さんとの運命の糸を確認するが、相変わらず、少しずつ解けかけていた。
「あの...天道くん」
「はい?」
「私には彼氏がいるって、覚えてるよね?」
    天道くんは優しく微笑んだ。
「もちろんです。でも最近の紡木さん、寂しそうなんで。少しでも支えたいんですよ」
    その言葉に、私は返す言葉を失った。少しだけ嬉しさすら感じてしまう。このタイミングでそれはズルいなぁ。

    その夜、和也さんから電話があった。
「詩織、来週の土曜日、時間ある?」
「え?うん、あると思うけど...」
「じゃあ、デートしよう。久しぶりだから」
    和也の声には、少し緊張が混じっているように感じたが、私は即答した。
「うん、行きたい!」
    電話を切った後、私は鏡に映る自分を見つめた。久しぶりのデート。嬉しいはずなのに、糸が解けかけてる事に不安を感じた。

    次の日から、デートの日まで、私は何度も和也さんとの運命の糸を確認した。時々解けかけそうになる糸を、その都度引き寄せていた。
「これでいいの?」
    誰に問いかけているのか、自分でも分からない。

    デートの前日、仕事が終わって帰ろうとしたとき、天道くんが声をかけてきた。
「紡木さん、明日デートでもあるんですか?」
「え?どうして...」
「顔に書いてありますよ。いつもより楽しそうだ」
    天道くんは優しく笑う。
「楽しんできてください」
    その言葉に、私は複雑な思いを抱いた。天道くんは本当に私のことを想ってくれているのだろう。

    家に帰る途中、私は立ち止まり、夜空を見上げた。星々が煌めいている。
「明日は楽しもう」
    そう自分に言い聞かせながら、私は歩き出す。でも、心のどこかで、明日は何か起こるような予感がしていた。
    和也さんとの運命の糸は相変わらず不安定。ひょっとしたら、別れを切り出されるかもしれない。そんな事を考えていた。

    でも、もう引き寄せるのは止めよう。自然な流れに任せてみよう。そう決意した瞬間、不思議と心が軽くなった気がした。
    明日、和也さんに会えば、きっと全てが上手くいく。そう信じて私は眠りについた。

    待ちに待った土曜日が来た。朝から緊張と期待で胸がいっぱいだった。
「久しぶりのデート...」
    鏡の前で念入りにメイクをしながら、私は彼との思い出を振り返っていた。初めて会った日、初デート。それからも彼と過ごした楽しい日々。
    そして、最近のすれ違い。でも今日は突然のキャンセルも無い。大丈夫!
「今日は素敵な一日にしよう」
    自分に言い聞かせるように呟いた。

    待ち合わせ場所に向かう途中、私は何度も和也との運命の糸を確認した。まだ不安定だが、もう引き寄せるのは止めた。そう決めたのだから。
「詩織!」
    その声に振り返ると、和也さんが満面の笑みで手を振っていた。
「和也さん、久しぶりね」
「うん、久しぶり」

    二人で歩き始める。最初は少し気まずい雰囲気があった。でも、徐々に昔のように自然な会話が戻ってきた。
「最近、仕事忙しいの?」
「うん、新しいプロジェクトが始まって...」
    話をしながら、私はときおり彼の表情を窺っていた。彼は本当に私のことを大切に思ってくれているんだろうか。

    2人でランチを済ませて外に出た時、突然見覚えのある声が聞こえた。
「あ、紡木さん!」
    振り返ると、そこには天道くんが立っていた。
「天道くん...」
    戸惑いを隠せなかった。和也の顔が少し曇るのが見えた。
「こんにちは。デート中ですか?」
    天道くんは笑顔で話しかけてきた。
「あ、はい...」
「これは、お邪魔でしたね。楽しんでください」
    天道くんは軽く会釈をして去っていく。

「詩織、あの人は...」
    和也さんの声には、明らかな警戒心が混じっていた。
「ただの同僚ですって。気にしないで」
    そう言いながら、私は妙な胸の高鳴りを感じていた。何故だろう。

    デートは続き、二人で映画を見たり、ゆっくり話したりした。でも、どこか違う空気が漂っていた。そして...
「詩織、実は...」
    彼が真剣な表情で切り出した。嫌な予感しかしない。ドラマとかでよくある別れを切り出されるパターンだ。
「何?」
    私は覚悟を決め、でも笑顔で尋ねる。すると彼は言った。

「君に指輪を贈りたいんだ。お揃いが欲しくて」
「え?」
    その言葉に、私は息を呑んだ。初めてのペアリング。不安が一瞬で消し飛び、嬉しさが込み上げた。
「嬉しい!私も欲しい!」
    思わず大きな声を出した私に、彼は少し驚いていたが、安心したような笑顔を見せた。きっと彼も不安だったのかもしれない。

「じゃあ、そこのジュエリー店に入ろう」
    和也さんの提案に、私は大きく何度も頷く。宝石店に向かう途中、私は考えていた。
    この指輪で、私たちの関係はどう変わるのだろうか。まさか結婚指輪だったり?いや、普通にお揃いって言ってただろ。
    そんな浮かれた気持ちで、私は宝石店に脚を踏み入れたのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

次の案件は、クライアントが元カレでした。

矢凪來果
恋愛
広告会社で働く紗恵子は、元彼で人気ロックバンドのボーカルacheのソロ活動のプロモーションチームに入れられてしまう。 彼が好きすぎて傷つけてしまった自分が嫌いで、もう好きになりたくないのに、絵画のように綺麗な顔が今日も私の名前を呼びながら無防備に近づいてくる。 メンヘラには懲りたから出てったんじゃないの!? お願いだからこれ以上私を惑わすな! 「でも、紗恵子がいないと俺はだめだよ。」 「くっ…私がいつまでもその顔に弱いと思うなよ…!」 【ロックバンドのボーカル(クライアント)兼元カレ×拗らせ社畜の元カノ】 いまだに元カレの声と、顔と、全てに弱い女の奮闘記。 ※カクヨムでも掲載しています。

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...