運命の糸が見えてしまう彼女が、他者を幸せへと導きながら、自分の恋を実らせるまで......

水城ゆき

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第13話

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    幸せを引き裂くような警告。私の瞳には様々な状況が一瞬の間に映し出される。
    和也さんが立ち止まり、先にある交差点の辺りを見つめていた。そこには、街中で堂々と女性に暴力を振るう男性の姿があった。
「ひどい...」思わず私がそう言った瞬間。
    彼がすかさず助けに走った。そして彼は男と揉めて襟首を掴まれ、もつれ込むように車道に出る。するとそこにトラックが凄い速度で突っ込んだ。男も、彼も、一瞬で跳ね飛ばされる────

    私は咄嗟に辺りを見回した。どこ?今から起きるその現場は。先の交差点、そこに逸早く私は視線を送る。男性が女性と揉めていた。
「詩織さん...」
    彼が私に声をかけた。その視線は交差点に向いている。
「あれ。なんか、揉めてない?」
    その直後。男が突然、一緒にいる女性を蹴り飛ばした。女性が倒れたのを見て、彼が走る。

「まって!」
    私は急いで追いかけた。私の見た運命通りに、彼が仲裁に入り。逆上した男に襟首を掴まれる。
    追いついた私は咄嗟に、彼の腕を掴んで引っ張った。
「詩織さん...?」
    唖然とする彼。その直後、激しい衝突音が聞こえた。車道に出ていた男は、横からきたトラックに流されていった。

    周囲から叫び声が聞こえ。私は息を呑んだ。あまりに凄惨な状況に私は目を瞑りしゃがみ込む。見たくなかった。見れなかった。現実逃避するように両耳を塞ぐ。
    直ぐに辺りは騒ぎになり、僅かに聞こえる声々が私の視覚野を刺激して脳内に映像を映す。
    それは少し前に見た運命が見せた映像のリプレイのようだが、彼だけは無事なはずなのだ。ただ、頭の中ではそうじゃなかった。

    ただ現実に彼は、生きている。「大丈夫だよ」と私を抱きしめ、背中を撫でてくれる。暫くして、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。

    その後、私たちは警察に話を聞かれ、彼が一部始終を語っていた。私は放心状態でその場に立ち尽くしていた。
「詩織さん、大丈夫?」
「う、うん...」
    後から聞いた話では、男と一緒にいた女性は私と同じくらいの若い女性だった。 2人は恋仲だったようだが、口喧嘩から発展して蹴り飛ばされたらしい。
    トラックは、おそらくドライバーが急な心筋梗塞などで意識が無い状態であった可能性が高いとか。偶然にも程がある。

    その夜、和也さんに送ってもらい家に帰ったが、私の頭からはその光景が離れなかった。
    私の行動が、あの男性の...。いや、違う。あの男性は元々死ぬ運命だった。私が直接何かをしたわけではない。
    私が変えたのは和也さん、彼の運命だけ。
    彼を救った。そう、それ以外には関与していない。でも、なぜか私の胸の奥には重いものが残った。

    翌日、日曜日。和也さんとのデートがあんな感じで終わってしまい、私には後悔が残っていた。
    そもそも私が彼とデートしなければ、あのような運命は訪れなかった。私の行動が彼に死の運命を招いてしまったのではないか?

「詩織さん?」
    電話越しの和也さんの声で我に返る。
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「昨日のこと?」
    相変わらず鋭い。
「うん...あの人のことまでは、助けれなかったなって」
    和也は静かに言う。
「詩織さんのせいじゃない。あれは...運命だったんでしょ?」

    その言葉に、私は複雑な気持ちになった。確かにその通りかもしれない、でも...。
「私なら、どちらも助けれたはずなのに。自分の為に、和也さんだけを助けた」
「詩織さん、君はその能力で人を幸せにしようとしてる。少なくとも僕は救われた。それでいいだろ?」
    彼の言葉に、少し心が軽くなる気がした。この人は私の事だけを考えてくれているのだ。
「うん。ありがとう」

    しかし私は彼と話していて思い返していた。本来なら彼は私と結婚する運命だったので、少なくとも結婚するまでは死ぬ運命なんて彼に訪れないはずだった。
    しかし、その糸を私はあの日、断ち切った。つまり、和也さんを危険に陥れたのは結果的に私だ。

    見方を変えれば〝私が仕掛けた罠に嵌った者を、私自らが助けて恩を売る行為〟で、狙ってやってるなら相当な悪女だけど、そういう事も出来てしまう能力という事なのだ。
    その夜は、消えない罪悪感から悪い夢を見そうで、なかなか寝付けなかった。まあ...見なかったけど。
    随分と図太い神経になってしまったらしい。

    そして翌日、週の始めから若干の遅刻をかました私は部長に謝りながら、同時に信じられない言葉を耳にする。
「佐藤さんも数日欠勤だから、少し忙しくなると思うし。夜は早く寝てゆっくり休むようにしなさい」
「はい、そうします。すみませんでした。佐藤さん欠勤なんですか?」
「ああ。旦那さんが亡くなったんだ。気の毒にね。まだ新婚だったのに」
    頭が真っ白になった。亡くなった?

    昼休み、私は震える手で携帯を取り出し、佐藤さんに電話をかけた。
「もしもし、ああ紡木さん?」
    佐藤さんの声は意外にも落ち着いていた。
「佐藤さん、大丈夫?不幸があったって」
「うん...旦那がね。驚いたわ。でもね...」
   彼女は声の、ボリュームを落とす。

「実は旦那も浮気してて。女と一緒にいる時に事故に巻き込まれたみたいでさ」
    佐藤さんの声には、悲しみよりも複雑な感情が混ざっていた。
「事故?」
「なんか昨日、〇〇町の交差点で、トラックに突っ込まれて。でも皮肉にも、これで離婚について悩む事は無くなったのよね。あ、ごめんなさい。今からバタつくから切るね」

    慌てるように、でも意外と元気に、佐藤さんは電話を切った。私は呆然と立ち尽くした。
    昨日の男性は、佐藤さんの旦那さんだった。それはつまり、私が佐藤さんから旦那さんの運命の糸を外した事で生まれた運命だったのかもしれない。
    私の能力が、間接的にでも人の死を招いてしまったのか。それとも、最初から運命だったのか。

    数日後。会社に着くと北野くんが、復帰した佐藤さんを励ましているのが見えた。二人の運命の糸は、以前よりも強く結びついている。
    励ましているのか、喜んでいるのか......そんな風に考える私は最低だ。
    デスクに座り、深いため息をついた。人の運命を変える力。それが意図する所から徐々に外れていってる気がして、私は困惑していた。

    それから数日後。私と和也さんは二人で海辺を歩いていた。波の音が心を少し落ち着かせてくれる。
「ごめん、また考え込んでた」
「佐藤さんの元夫のこと?」
    私は小さく頷く。彼は静かに私の手を握った。
    私は自分の事を全て彼に相談するようにしている。彼は素直に受け止めてくれるから、安心できたのだ。

「詩織さんは、同僚を助けようとしたんでしょ?結果、同僚はどうなの?」
「結果として...どうかな?彼女は幸せ、なのかもしれないけれど」
「詩織さんの能力は全てを制御することはできないみたいだけど。それが運命なんだから、佐藤さんが幸せなら、それが答えじゃないかな?」
    彼の言葉に、少し心が軽くなる。でも、それは甘えているだけの気がしてならなかった。

「和也さん、私...この能力を使うのやめようかな」
    彼は驚いた顔をした。
「でも助けたくて使ってるんでしょ?」
「だけど、予期せぬ結果を招くかもしれない。それを考えると...怖いの」
    彼は黙って考え込む。そして静かに話し始めた。
「詩織さんの好きにすればいいよ。けど、その能力を与えられたのは、何か理由があるんじゃないかな」
    その言葉に思わず絶句する。理由か......確かに、何故私なんかにこんな能力があるのだろうか?
    考えても答えは出なかった。
    
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