9 / 26
第8話
しおりを挟む
そして翌朝。
「姉ちゃん、今日はどこか行くの?」
化粧をしている私を見て、健太が不思議そうに尋ねる。
「仕事よ。どうして?」
「いつもより時間かけてるから」
その言葉に、私は思わずファンデーションを落とした。鋭い。まさか私の運命が見えてたりしないだろうか。
「そ、そう?別に今日は肌の調子悪いのよ。あ、あと。今日は夜ご飯いらないからね。外に食べに行くから」
「へぇ~。姉ちゃんを食事に誘う人がいるなんて、奇跡じゃん」
「なによ、そのいい方」
言いながらも、内心では彼の言う通りだと認めざるを得ない。
「冗談だよ。じゃあ作り置きしないからね」
「健太こそ、夕飯はちゃんと食べるのよ」
「はいはい」
健太を送り出し、私も仕事へ向かった。今日は電車の窓に妙に自分の姿が写る。いや、私が気にしすぎてるのかも。
いつも通りに仕事が終わり、約束の時間が近づいてくる。私は会社のトイレで身だしなみを整えながら、鏡の中の自分に向かって独り言を呟く。
「よし、詩織。今夜は運命の夜よ。きっと素敵な思い出になる。ワインをこぼし、フォークは落とし、最後には口の周りにソースを付けて帰るわよ。完璧な夜ね」
ここまで着飾っておいて、いったい何から逃げようというのか。深いため息をついて、私は待ち合わせ場所へ向かう。
駅前で彼を見つけた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。今日も成り金ではない、普通の爽やか営業マンだ。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たところです。紡木さん、とてもお似合いです」
彼の言葉に、私は思わず自分の服を見下ろす。普段着で良いって言ったから仕事着のままなのに。何がお似合いなのだろう。
レストランに入り、席に着く。メニューを見た。普通に財布の中身がヤバいんですけど?このコース、私の週のバイト代くらいする。借りは作りたくないが奢られるしかない。
「何にしましょうか?」彼が優しく尋ねる。
「あ、えーと...」
「おすすめコースはどうですか?」
「はい、それで...」
注文を終え、会話が始まる。彼は仕事の話や趣味の話を楽しそうに語る。その中で彼は、営業先によって服装を変えると言っていた。
時にはお金持ち風にする必要もあると。なるほど、営業マンの鏡。普通だ。普通に凄い人だ。
「紡木さんは、趣味は何ですか?」
「え?あ、私は...」
占いは言えない。でも、他に何がある?「運命の糸を眺めることです」なんて言えるわけもなく。
「あの...読書です」
「へえ、素敵ですね。どんな本が好きですか?」
「運命に関する本とか...」
言ってから後悔した。彼は少し不思議そうな顔をした。料理が運ばれてきて、私はほっとした。
次の瞬間、予定通りフォークを落とす。
「あ...」
彼が笑顔で新しいフォークを取ってくれる。
「大丈夫ですよ。僕も緊張してるんです」
気遣いができるらしい。その優しさに、私は少し胸が痛んだ。彼は私のことを何も知らない。このまま隠し続けていいのだろうか。
デザートの時間。彼が真剣な表情で私を見つめた。
「実は、紡木さんには話したいことがあって...」
私は息を呑んだ。まさか、私の正体に気付いた?
「紡木さんのことを、もっと知りたいんです」
彼の真剣な眼差しに、私は言葉を失った。
「あの...私なんて、全然面白くない人間ですよ」
自虐的に笑いながら答える私。
「そんなことはありません。紡木さんは...特別な人だと思うんです」
特別?そりゃそうよ。人の運命が見える特別変わり者なのだから。
「実は...」彼が続ける。
「あの日の踏切で、紡木さんを見た瞬間、なぜか運命を感じたんです」
その言葉に、私は思わずむせそうになった。彼は当然知らない。私が運命を見る能力を持っていることを。
「そんな...私なんかに運命なんて」
「いいえ、確かに感じたんです。それに...」
彼が少し躊躇した後、続けた。
「実は前に、占いに行ったんです。そしたら、私の運命の人は既に出逢ってると」
心臓が止まりそうになった。まさか、あの占いのこと?ってか彼にとって、私と会ったのは踏切が初めてのはずだ。
「実はイベントの時に見てるんですよ」
会ってた!?話してないけど、確かにいたのかもしれない。占いの時の成り金イメージに引っ張られすぎだったか。
「それで、その後2度も紡木さんに会って。ひょっとしたらと思って...」
まあ、3回なんですけど。なんてこと。私が占った運命が、こんな形で現実になるなんて。これって、自作自演?自己成就の預言?
「橘さん、私...」
言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。何を言えばいいのか。正直に「運命の糸が...」って言うわけにもいかないし。占い師と言うのも胡散臭い。
「紡木さん?」
彼の声で我に返る。
「ごめんなさい。ちょっと驚いて...」
「すいません。急に気持ち悪いですよね。ただ、紡木さんともっと時間を過ごしたいなと思って...」
その言葉に、私の中で何かが動いた。彼の真摯な態度、優しい眼差し。そして、確かに感じる運命の糸。
「いえ。そんな事は。私も、橘さんとはもっと...」
言葉につまりながら、気づけば私は小さく何度も頷いていた。
彼の顔が明るくなる。その瞬間、私たちを繋ぐ運命の糸が、より強く、より鮮やかに輝くのが見えた。
帰り道、夜空を見上げながら、私は考えていた。これからどうなるのだろう。占い師である事を明かすべきか、このまま隠し続けるべきか。
答えは見つからないまま、私は家路についた。でも、心のどこかで、小さな恋心が芽生えているのを感じていた。
私は本当に、運命に翻弄されていると思った。
その翌日の朝。
テレビで信じられないニュースを見た。
「──昨夜、遺体で見つかったのは。〇〇区在住の、田中恵子さん、40歳。警察は現場の状況から事故か自殺の可能性を────」
画面の隅に載せられた写真は、田中くんの母親。つまり、私が運命を占った女性だった。
「姉ちゃん、今日はどこか行くの?」
化粧をしている私を見て、健太が不思議そうに尋ねる。
「仕事よ。どうして?」
「いつもより時間かけてるから」
その言葉に、私は思わずファンデーションを落とした。鋭い。まさか私の運命が見えてたりしないだろうか。
「そ、そう?別に今日は肌の調子悪いのよ。あ、あと。今日は夜ご飯いらないからね。外に食べに行くから」
「へぇ~。姉ちゃんを食事に誘う人がいるなんて、奇跡じゃん」
「なによ、そのいい方」
言いながらも、内心では彼の言う通りだと認めざるを得ない。
「冗談だよ。じゃあ作り置きしないからね」
「健太こそ、夕飯はちゃんと食べるのよ」
「はいはい」
健太を送り出し、私も仕事へ向かった。今日は電車の窓に妙に自分の姿が写る。いや、私が気にしすぎてるのかも。
いつも通りに仕事が終わり、約束の時間が近づいてくる。私は会社のトイレで身だしなみを整えながら、鏡の中の自分に向かって独り言を呟く。
「よし、詩織。今夜は運命の夜よ。きっと素敵な思い出になる。ワインをこぼし、フォークは落とし、最後には口の周りにソースを付けて帰るわよ。完璧な夜ね」
ここまで着飾っておいて、いったい何から逃げようというのか。深いため息をついて、私は待ち合わせ場所へ向かう。
駅前で彼を見つけた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。今日も成り金ではない、普通の爽やか営業マンだ。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たところです。紡木さん、とてもお似合いです」
彼の言葉に、私は思わず自分の服を見下ろす。普段着で良いって言ったから仕事着のままなのに。何がお似合いなのだろう。
レストランに入り、席に着く。メニューを見た。普通に財布の中身がヤバいんですけど?このコース、私の週のバイト代くらいする。借りは作りたくないが奢られるしかない。
「何にしましょうか?」彼が優しく尋ねる。
「あ、えーと...」
「おすすめコースはどうですか?」
「はい、それで...」
注文を終え、会話が始まる。彼は仕事の話や趣味の話を楽しそうに語る。その中で彼は、営業先によって服装を変えると言っていた。
時にはお金持ち風にする必要もあると。なるほど、営業マンの鏡。普通だ。普通に凄い人だ。
「紡木さんは、趣味は何ですか?」
「え?あ、私は...」
占いは言えない。でも、他に何がある?「運命の糸を眺めることです」なんて言えるわけもなく。
「あの...読書です」
「へえ、素敵ですね。どんな本が好きですか?」
「運命に関する本とか...」
言ってから後悔した。彼は少し不思議そうな顔をした。料理が運ばれてきて、私はほっとした。
次の瞬間、予定通りフォークを落とす。
「あ...」
彼が笑顔で新しいフォークを取ってくれる。
「大丈夫ですよ。僕も緊張してるんです」
気遣いができるらしい。その優しさに、私は少し胸が痛んだ。彼は私のことを何も知らない。このまま隠し続けていいのだろうか。
デザートの時間。彼が真剣な表情で私を見つめた。
「実は、紡木さんには話したいことがあって...」
私は息を呑んだ。まさか、私の正体に気付いた?
「紡木さんのことを、もっと知りたいんです」
彼の真剣な眼差しに、私は言葉を失った。
「あの...私なんて、全然面白くない人間ですよ」
自虐的に笑いながら答える私。
「そんなことはありません。紡木さんは...特別な人だと思うんです」
特別?そりゃそうよ。人の運命が見える特別変わり者なのだから。
「実は...」彼が続ける。
「あの日の踏切で、紡木さんを見た瞬間、なぜか運命を感じたんです」
その言葉に、私は思わずむせそうになった。彼は当然知らない。私が運命を見る能力を持っていることを。
「そんな...私なんかに運命なんて」
「いいえ、確かに感じたんです。それに...」
彼が少し躊躇した後、続けた。
「実は前に、占いに行ったんです。そしたら、私の運命の人は既に出逢ってると」
心臓が止まりそうになった。まさか、あの占いのこと?ってか彼にとって、私と会ったのは踏切が初めてのはずだ。
「実はイベントの時に見てるんですよ」
会ってた!?話してないけど、確かにいたのかもしれない。占いの時の成り金イメージに引っ張られすぎだったか。
「それで、その後2度も紡木さんに会って。ひょっとしたらと思って...」
まあ、3回なんですけど。なんてこと。私が占った運命が、こんな形で現実になるなんて。これって、自作自演?自己成就の預言?
「橘さん、私...」
言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。何を言えばいいのか。正直に「運命の糸が...」って言うわけにもいかないし。占い師と言うのも胡散臭い。
「紡木さん?」
彼の声で我に返る。
「ごめんなさい。ちょっと驚いて...」
「すいません。急に気持ち悪いですよね。ただ、紡木さんともっと時間を過ごしたいなと思って...」
その言葉に、私の中で何かが動いた。彼の真摯な態度、優しい眼差し。そして、確かに感じる運命の糸。
「いえ。そんな事は。私も、橘さんとはもっと...」
言葉につまりながら、気づけば私は小さく何度も頷いていた。
彼の顔が明るくなる。その瞬間、私たちを繋ぐ運命の糸が、より強く、より鮮やかに輝くのが見えた。
帰り道、夜空を見上げながら、私は考えていた。これからどうなるのだろう。占い師である事を明かすべきか、このまま隠し続けるべきか。
答えは見つからないまま、私は家路についた。でも、心のどこかで、小さな恋心が芽生えているのを感じていた。
私は本当に、運命に翻弄されていると思った。
その翌日の朝。
テレビで信じられないニュースを見た。
「──昨夜、遺体で見つかったのは。〇〇区在住の、田中恵子さん、40歳。警察は現場の状況から事故か自殺の可能性を────」
画面の隅に載せられた写真は、田中くんの母親。つまり、私が運命を占った女性だった。
5
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ウラナイ -URANAI-
吉宗
ミステリー
ある日占いの館に行った女子高生のミキは、老占い師から奇妙な警告を受け、その日から不安な日々を過ごす。そして、占いとリンクするかのようにミキに危機が迫り、彼女は最大の危機を迎える───。
予想外の結末が待ち受ける短編ミステリーを、どうぞお楽しみください。
(※この物語は『小説家になろう』『ノベルデイズ』にも投稿しております)

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

かりそめマリッジ
ももくり
恋愛
高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのような兼友(カネトモ)課長から契約結婚のお誘いを受けた、新人OLの松村零。お金のためにと仕方なく演技していたはずが、いつの間にか…うふふふ。という感じの王道ストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる