運命の糸が見えてしまう彼女が、他者を幸せへと導きながら、自分の恋を実らせるまで......

水城ゆき

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第6話

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    月光が柔らかく差し込む月光堂。そこでの占いも日課となった頃、思いがけない来客が訪れた。
「こんにちは、占い師さん」
    声の主は、以前訪れた田中くんのお母さんだった。彼女の表情は、前回とは打って変わって明るい。

「お久しぶりです。あれからいかがでしょうか?」
    丁寧に尋ねる私に、お母さんは嬉しそうに話し始めた。
「お礼に参りました。あの日の占い、本当にありがとうございました」
    田中くんたちのバンドが、音楽関係の事務所に声をかけられたらしい。彼女の声には、抑えきれない喜びが滲んでいた。

「息子ったら、今じゃ調子に乗るくらい元気なんですよ」
    その言葉を聞きながら、私は彼女の運命の糸を覗き見た。確かに田中くんの糸は輝かしく、大きな可能性を感じさせた。しかし...。

「それは良かったですね」
    笑顔で返事をしながら、私は違和感を覚えていた。何故か輝かしい田中くんの糸に絡むお母さんの糸が、希薄に見える。まるで薄い霧のように、掴もうとすれば消えてしまいそうだった。

「お母様も、きっと幸せな日々が続くことでしょう」
    その言葉に、少し力を込めた。それは予言というより、願いに近かった。
    お母さんが帰った後も、あの希薄な糸が気になって仕方がなかった。しかし、それ以上のことは分からない。運命の糸は時に、人智を超えた謎めいた姿を見せることがある。

「はぁ...」
    ため息をつきながら、次の客を迎え入れる準備をした。店内に漂う薄荷の香りが、私の不安を少しだけ和らげる。
「いらっしゃいませ」
    声をかけた瞬間、私は思わず目を見開いた。目の前に立っていたのは、まるで雑誌から抜け出してきたような男性だった。

    ピカピカに磨かれた革靴、完璧に仕立てられたスーツ、そして手首にはきっと私の年収以上はする高級時計。その姿は、まるで異次元から来訪した貴公子のようだ。
「お、お座りください」
彼を案内しながら、私の内側が悲鳴を上げている。どこの金持ちだ。ねえ神様、私のカーディガンが「引退させて」って叫んでる!

「あの、占いをお願いしたいのですが」
    その声は低く、心地よかった。しかし私には、それが天国から響く警告のベルのように聞こえた。派手な見た目は苦手なのだ。
「はい。どのようなご相談でしょうか?」
「実は、将来の結婚相手について知りたくて」

    こんななりで、よくもまあ普通の相談を投げかけてくれたものだ。きっと彼の結婚相手は港区辺りにいるはずだ。
「この占い、よく当たるって評判で」
    その言葉には、私も少し誇らしさを感じた。が、すぐに現実に引き戻される。ボロボロのカーディガンを着た自分と、完璧な装いの彼。その対比が、妙に痛々しく感じられた。

「分かりました。では、少しお時間をいただきますね」
    私は彼の手相を見始めた。そして...。あれ?この人……
「あなたはすでに結婚相手と出会っているようです」
「えっ、本当ですか?どんな人か分かりますか?」
    彼の目が輝く。私は少し集中して、その運命の糸を辿ろうとした。しかし、おかしい。ちょっと待って。これ────私?

    突然の事実に、私は頭が真っ白になった。冗談でしょ。この成り金が?神様、うっかりミスじゃない?私の目の前で、運命の糸が複雑に絡み合い、そして一本の太い糸となって私へと繋がっている。その光景は美しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
「あの、占い師さん?大丈夫ですか?」
    彼の声で我に返る。
「あ、はい。ごめんなさい。ちょっと...予想外の結果で」

    だってこの人の結婚相手が私だなんて、誰が想像できるっていうのか。私は自分の服装を見下ろし、そして彼の完璧な姿を再び見つめた。まるで天と地ほどの差がある。
「それで、私の運命の人は?」
    彼の期待に満ちた目を見て、私は言葉に詰まった。さあ、私は今、人生最大の難問を投げられた。「正解は『目の前にいる素敵な占い師です』ですが、それを言う勇気はありません」心の中でつぶやく。

「えーと、その...」
    言葉を選びながら、頭の中で必死に考えを巡らせる。私です、とは言えるわけがないし。言いたくもない。どうしよう、こんな時の対処法こそ……店長に習った、適当に答えろだ!
「その方は、あなたの近くにいる人のようです」
    なんとか絞り出した言葉に、彼は目を輝かせた。目の前にいますからね。正直に言えば良かったのか、それとも黙っているべきだったのか。

「近く?それは、どのくらい近くですか?」
    ああ、もう。詮索好きな人ね。私は内心で溜息をつきながら、「そうねえ、だいたい占い師の椅子くらいの距離かしら」と言いたくなるのを必死で抑える。

「えっと、具体的には分かりません...」
「そうですか...」彼は少し残念そうな顔をした。その表情に、私は少しだけ罪悪感を覚える。
「でも、近くにいるということは、必ず会えるということですよね?」
    私は思わずドキリとした。まさか、こんな形で運命の人に出会うなんて。しかも、相手はこんなにも自分の苦手なタイプ。人生とは、何と皮肉なものだろうか。

    占いを終え、彼が店を出ていく姿を見送りながら、私は深いため息をついた。これから先、どうなるんだろう。運命の糸は確かに繋がっている。けれど、その糸を辿るかどうかは、また別の問題だ。
「はぁ...」
    ため息をつきながら、私は次の客を迎え入れる準備をした。店内に漂う薄荷の香りが、私の複雑な思いを包み込む。
    この仕事、想像以上に心臓に悪い。
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