6 / 26
第5話
しおりを挟む
翌日。「月光堂」での仕事を終え、帰宅すると、健太が珍しく興奮した様子で迎えてくれた。
「姉ちゃん!すごいことがあったんだ!」
「どうしたの?」
「今日、学校の帰り道で田中を見かけたんだ。ギターケース持っててさ...」
私は思わず息を呑んだ。
「それで?」
「声をかけてみたんだ。そしたらあいつ、すごいんだ。ギターがプロ級なんだよ!」
健太の目が輝いている。
「へぇ、それはすごいわね」
まあ、知っているけれど。平静を装いながら答えた。そして付け加える。
「今度、会社主催のイベントでアマチュアバンド募集するかもしれないわ。教えてあげたら?」
「そうなんだ!それはいいかも!」
数日後、会社のプロジェクトである音楽イベントの準備が本格化。ポスターやSNSでの告知が始まった。
「紡木さん、このイベント、意外と反響があるみたいですよ」
中村さんが嬉しそうに報告してくれる。
しかし2日後、健太が言った。
「姉ちゃん、田中にさ音楽イベントに出たら?って言ったんだけど」
「それで?」
「でも、自分と組んでくれる奴なんていないってさ。あいつのギター、プロ級なんだけどな」
私は深いため息をついた。そう来たか。しかし、ここまで来て、つまずくわけにはいかない。
その夜、眠れずにいた私は、決意を固めた。もう、直接介入するしかないだろう。ここまでは本人の力 (弟の力もあるが)でやってきたのだし。少しくらいの後押しなら、大した改変にはならない…はず。
翌日、仕事帰りに私は楽器店を巡り始めた。1軒目、2軒目と回るうちに、だんだん不安が募る。本当にこんなことで上手くいくだろうか。
しかし、3軒目の楽器店。ギターコーナーで、1人の少年が真剣な表情でギターを見ていた。私は静かに近づき、彼の運命の糸を覗き見る。
「この子なら...」
少年の糸には音楽への情熱が溢れていた。しかし、何かが足りない。パートナーを求めているのだ。
深呼吸をして、私は決意する。そっと指を伸ばし、青年の糸に触れる。ほんの少しだけ、私の方へ流れを変えた。上手くいけば私の関係、それこそ健太とかに繋がるかもしれない。
「すみません、このギター試してもいいっすか?」
青年が店員に声をかける。その瞬間、店の入り口が開いた。
振り向くと、背の高い少年がいた。彼もギターケースを持っており、フラフラとギターコーナーに向かう。
そこでは先程の青年が試奏を始めている。その音は何というかお世辞にも、上手くはなかった。
その時。別の店員と話してた背の高い少年も、おもむろに売り物のギターで試奏を始めた。ただ、それは素人でも分かる程に驚くほど美しいギターの音色。
隣にいた少年が弾くのを止め、耳を傾ける。そして少年はそっと背の高い少年に近付いた。
「すごい...君、バンドやってる?」
あまり上手くない少年が声をかける。いや、これは少し失礼な言い方か。
背の高い少年は驚いた顔で首を横に振った。
「いや別に」
「マジで?俺、バンドボーカルやってるんだけど、ギターがいなくてさ。兼用しようと思ったけど、才能なさそうだし。よかったらだけど...」
二人の会話が弾み始めた。私が息を潜めて見守っていると。やがて、二人は連絡先を交換し始めた。
「え?まさかあの少年って?」
私は背の高い少年の運命を覗き見た。そこには私が占った女性の運命の糸が絡まっている。
「つまり…」田中くん!?
我ながら恐ろしい能力に、私は小さくガッツポーズする。
それから更に数日後、帰宅すると健太が興奮した様子で待っていた。
「姉ちゃん!田中がバンド組むって!イベントに向けて練習してるらしい。俺もやろうかな!」
「あなたは楽器出来ないでしょ。ってか買わないわよ」
平静を装ったが、内心では安堵の涙が込み上げてくる。きっと運命は変わったのだ。
ベッドに横たわり、天井を見つめる。直接介入はしたけれど、私自身が彼を大きく変えたわけではない。これはきっとやって良かったのだ。
目を閉じると、金色の糸が見える。母親の糸、田中くんの糸、それらが私自身の糸に少しずつ絡み合っていた。
もはや、私も他人ではないのだと実感した。
それから数週間が過ぎ。
「紡木さん、出場者の応募が予想以上に多いの!」
中村さんが嬉しそうに報告してくれる。私は内心でほっとした。
「ホントですか?それは良かった」
「うん!あ、それとね...」
中村さんが声を潜める。
「実は、私の息子のバンドも出場するのよ。高校生なんだけどね」
私は思わず息を呑んだ。まさか?
「へえ、それは楽しみですね」
「そうなのよー。前まで、ギターがいないって言ってたのに、丁度見つかったみたい」
「へぇー。偶然ってあるんですね」
平静を装いながら答える。中村さんの運命の糸に、知っている糸がやんわり絡んでいた。本当、人って何処で繋がるかわかったもんじゃない。
その夜、健太が珍しく興奮した様子で帰ってきた。
「姉ちゃん!田中、出場が決まったよ!」
私は思わず笑顔が溢れる。
「よかったね!」
健太の目が輝いている。こんな表情、久しぶりに見た。いつの間にか健太と田中くんは仲良くなっているようだ。
そしてイベント当日。会場は若者たちの熱気で溢れていた。ステージの袖には、緊張した面持ちの田中くんの姿があった。それと中村さんの…あまりギターが上手くない息子。
「頑張ってね」
心の中でそっと声をかけた。彼の目には、かすかな光を感じる。そして、彼らの番が来た。
出だしは少し硬さが残っていたが、徐々に音が溶け合っていく。田中くんのギターが、バンドを引っ張っていた。そして、中村さんの息子が想像以上に良い声だった。プロじゃん。
「ギターやらなくて良かったよ」
私の声は、客席からの大きな拍手に消された。
演奏が終わりステージを降りてきた彼らの顔は、充実感に満ちていた。
田中くんが、いつの間にか居た健太に話しかけている。本当に仲良くなったもんだ。一応、田中くんの運命の糸を見てみる。驚くほど強く輝いていた。彼は大物になるかもしれない。
イベント自体も大成功に終わって、私は家に帰りベッドに横たわる。今日の出来事を思い返した。
多少運命を動かしたけれど、結果は彼ら自身の力で掴み取ったのだ。私は、そのきっかけを作っただけ。
目を閉じると、金色の糸が見える。母親の糸、田中くんの糸、健太の糸、そして...僅かに中村さんの糸。それらが美しいハーモニーを奏でるように、しずしずと絡み合っていた。
「これで良かったのよね...」
そう呟きながら、私は眠りについた。
「姉ちゃん!すごいことがあったんだ!」
「どうしたの?」
「今日、学校の帰り道で田中を見かけたんだ。ギターケース持っててさ...」
私は思わず息を呑んだ。
「それで?」
「声をかけてみたんだ。そしたらあいつ、すごいんだ。ギターがプロ級なんだよ!」
健太の目が輝いている。
「へぇ、それはすごいわね」
まあ、知っているけれど。平静を装いながら答えた。そして付け加える。
「今度、会社主催のイベントでアマチュアバンド募集するかもしれないわ。教えてあげたら?」
「そうなんだ!それはいいかも!」
数日後、会社のプロジェクトである音楽イベントの準備が本格化。ポスターやSNSでの告知が始まった。
「紡木さん、このイベント、意外と反響があるみたいですよ」
中村さんが嬉しそうに報告してくれる。
しかし2日後、健太が言った。
「姉ちゃん、田中にさ音楽イベントに出たら?って言ったんだけど」
「それで?」
「でも、自分と組んでくれる奴なんていないってさ。あいつのギター、プロ級なんだけどな」
私は深いため息をついた。そう来たか。しかし、ここまで来て、つまずくわけにはいかない。
その夜、眠れずにいた私は、決意を固めた。もう、直接介入するしかないだろう。ここまでは本人の力 (弟の力もあるが)でやってきたのだし。少しくらいの後押しなら、大した改変にはならない…はず。
翌日、仕事帰りに私は楽器店を巡り始めた。1軒目、2軒目と回るうちに、だんだん不安が募る。本当にこんなことで上手くいくだろうか。
しかし、3軒目の楽器店。ギターコーナーで、1人の少年が真剣な表情でギターを見ていた。私は静かに近づき、彼の運命の糸を覗き見る。
「この子なら...」
少年の糸には音楽への情熱が溢れていた。しかし、何かが足りない。パートナーを求めているのだ。
深呼吸をして、私は決意する。そっと指を伸ばし、青年の糸に触れる。ほんの少しだけ、私の方へ流れを変えた。上手くいけば私の関係、それこそ健太とかに繋がるかもしれない。
「すみません、このギター試してもいいっすか?」
青年が店員に声をかける。その瞬間、店の入り口が開いた。
振り向くと、背の高い少年がいた。彼もギターケースを持っており、フラフラとギターコーナーに向かう。
そこでは先程の青年が試奏を始めている。その音は何というかお世辞にも、上手くはなかった。
その時。別の店員と話してた背の高い少年も、おもむろに売り物のギターで試奏を始めた。ただ、それは素人でも分かる程に驚くほど美しいギターの音色。
隣にいた少年が弾くのを止め、耳を傾ける。そして少年はそっと背の高い少年に近付いた。
「すごい...君、バンドやってる?」
あまり上手くない少年が声をかける。いや、これは少し失礼な言い方か。
背の高い少年は驚いた顔で首を横に振った。
「いや別に」
「マジで?俺、バンドボーカルやってるんだけど、ギターがいなくてさ。兼用しようと思ったけど、才能なさそうだし。よかったらだけど...」
二人の会話が弾み始めた。私が息を潜めて見守っていると。やがて、二人は連絡先を交換し始めた。
「え?まさかあの少年って?」
私は背の高い少年の運命を覗き見た。そこには私が占った女性の運命の糸が絡まっている。
「つまり…」田中くん!?
我ながら恐ろしい能力に、私は小さくガッツポーズする。
それから更に数日後、帰宅すると健太が興奮した様子で待っていた。
「姉ちゃん!田中がバンド組むって!イベントに向けて練習してるらしい。俺もやろうかな!」
「あなたは楽器出来ないでしょ。ってか買わないわよ」
平静を装ったが、内心では安堵の涙が込み上げてくる。きっと運命は変わったのだ。
ベッドに横たわり、天井を見つめる。直接介入はしたけれど、私自身が彼を大きく変えたわけではない。これはきっとやって良かったのだ。
目を閉じると、金色の糸が見える。母親の糸、田中くんの糸、それらが私自身の糸に少しずつ絡み合っていた。
もはや、私も他人ではないのだと実感した。
それから数週間が過ぎ。
「紡木さん、出場者の応募が予想以上に多いの!」
中村さんが嬉しそうに報告してくれる。私は内心でほっとした。
「ホントですか?それは良かった」
「うん!あ、それとね...」
中村さんが声を潜める。
「実は、私の息子のバンドも出場するのよ。高校生なんだけどね」
私は思わず息を呑んだ。まさか?
「へえ、それは楽しみですね」
「そうなのよー。前まで、ギターがいないって言ってたのに、丁度見つかったみたい」
「へぇー。偶然ってあるんですね」
平静を装いながら答える。中村さんの運命の糸に、知っている糸がやんわり絡んでいた。本当、人って何処で繋がるかわかったもんじゃない。
その夜、健太が珍しく興奮した様子で帰ってきた。
「姉ちゃん!田中、出場が決まったよ!」
私は思わず笑顔が溢れる。
「よかったね!」
健太の目が輝いている。こんな表情、久しぶりに見た。いつの間にか健太と田中くんは仲良くなっているようだ。
そしてイベント当日。会場は若者たちの熱気で溢れていた。ステージの袖には、緊張した面持ちの田中くんの姿があった。それと中村さんの…あまりギターが上手くない息子。
「頑張ってね」
心の中でそっと声をかけた。彼の目には、かすかな光を感じる。そして、彼らの番が来た。
出だしは少し硬さが残っていたが、徐々に音が溶け合っていく。田中くんのギターが、バンドを引っ張っていた。そして、中村さんの息子が想像以上に良い声だった。プロじゃん。
「ギターやらなくて良かったよ」
私の声は、客席からの大きな拍手に消された。
演奏が終わりステージを降りてきた彼らの顔は、充実感に満ちていた。
田中くんが、いつの間にか居た健太に話しかけている。本当に仲良くなったもんだ。一応、田中くんの運命の糸を見てみる。驚くほど強く輝いていた。彼は大物になるかもしれない。
イベント自体も大成功に終わって、私は家に帰りベッドに横たわる。今日の出来事を思い返した。
多少運命を動かしたけれど、結果は彼ら自身の力で掴み取ったのだ。私は、そのきっかけを作っただけ。
目を閉じると、金色の糸が見える。母親の糸、田中くんの糸、健太の糸、そして...僅かに中村さんの糸。それらが美しいハーモニーを奏でるように、しずしずと絡み合っていた。
「これで良かったのよね...」
そう呟きながら、私は眠りについた。
13
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ウラナイ -URANAI-
吉宗
ミステリー
ある日占いの館に行った女子高生のミキは、老占い師から奇妙な警告を受け、その日から不安な日々を過ごす。そして、占いとリンクするかのようにミキに危機が迫り、彼女は最大の危機を迎える───。
予想外の結末が待ち受ける短編ミステリーを、どうぞお楽しみください。
(※この物語は『小説家になろう』『ノベルデイズ』にも投稿しております)

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる