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第1話
しおりを挟む今日も私の平凡な一日が始まった。弟を学校に送り出して、いつもの様に人間観察をしながら会社に向かう。
人の運命を覗くという意味ではなく、今日は純粋な人間観察。
普段から人の運命がついつい見えてしまうので、ここ最近は意識的に見ない日を作っている。
会社に着くと、何やら騒がしい雰囲気が漂っていた。
「ねえねえ、聞いた?中村さんが大変なことになったんだって」
「えー、またやらかしたの?」
同僚たちの噂し声が耳に入る。
中村?ああ、経理部の。目を凝らすと、オフィスの隅で項垂れている女性の姿が見えた。
「どうしたのかしら」
気になって仕方がない私は、さりげなく中村さんの近くを通り過ぎてみる。
「はぁ...どうしよう...」
小さなすすり泣きが聞こえた。思わず立ち止まりそうになったけど、ぐっと我慢。彼女は30代後半、弟と同じくらいの子供もいるらしいので。私みたいな若い子なんかに気を遣われるのは、きっと嫌だろう。
午前中の仕事を終え、昼休憩。いつもは一人で弁当を食べるけど、今日は珍しく社員食堂で食べた。
「中村さん、大口の取引先との見積もりを間違えてたんだって」
「えー、それやばくない?会社に損害与えちゃうじゃん」
「しかも、気づいたの遅くて。もう取り返しがつかないんだって。赤字確定らしい」
ああ、そういうことか。私は黙って箸を進めながら、考えを巡らせる。午後の仕事中、私は何度か中村さんの方をチラ見した。
彼女の周りには、暗く重たいオーラが漂っている。このままじゃ、きっと彼女は潰れてしまうだろう。
ほんの少し、彼女の運命の糸に触れようと私は手を伸ばす。しかし思い留まった。
「ダメよ、詩織」自分に言い聞かせる。自分の所に少し寄せてみようと思ったが、関わったら余計な口を挟んでしまいそうだ。
夕方、仕事を終えてオフィスを出る。でも、今日はバイトがあるから、直ぐに家には帰らない。私の、バイトは駅前の小さな占い店「月光堂」。
そこでの占い師のバイトをしてる。ちなみにバイト代は結構高め。高校生の弟を養うには、お金がいる。
店に入ると、店主が不機嫌そうな顔で迎える。
「おう、来たか。今日も適当に占ってりゃいいからな。どうせ客は何も分かっちゃいねえんだ」
私は静かに頷く。ここでの私は、ただの怪しげな占い師。てか、詐欺師みたいなもんだ。適当な事言ってお金を稼ぐ。それが成り立ってしまうのが、オカルト業界らしい。
そのお陰でバイト代は良いのだけれど。でも私は詐欺じゃなく、相手の運命が見える。だから嘘をついてるわけではない。さりげなくアドバイスもしているし。
さっそく店の入り口で、鈴の音が鳴った。
「あの...占いをお願いしたいんですが...」
聞き覚えのある声。ゆっくりと顔を上げると、そこには──「中村...さん?」
思わず名前で呼びそうになり、慌てて飲み込む。目の前には憔悴しきった様子の中村さんが立っていた。
「どうぞ、こちらにお座りください」
声を変え、姿勢を正す私。ベールで私の顔は見えないので、中村さんは気づいていない。私が、あの冴えない同僚の紡木詩織だということに。
中村さんがおずおずと席に着く。近くで見ると、目の下にクマができていて、顔色も悪い。きっと昨夜はろくに眠れなかったのだろう。
「あの...私、最近大きな失敗をしてしまって...」
中村さんの声が震えている。私は静かに頷きながら、彼女の手相を覗き込む。
「なるほど...仕事関係のようですね」
私の目に、中村さんの周りを漂う金色の糸が見える。それらは複雑に絡み合い、どこかギクシャクとしている。まあ、見るまでもなく知っていたのだけれど。
中村さんは、一瞬驚いた顔をした。その後、直ぐにため息をつく。
「はい...仕事のミスです。上司からの信頼も失ってしまったし。どうしたらいいか、まったく分からなくて...」
私は中村さんの手相を丁寧に見ていく〝フリ〟をする。
「あなたの前には、確かに大きな壁があります」
中村さんの表情が曇った。こんな言葉でも落ち込むのか。でも、まだ続きがあるから待って!
「しかし、その壁を乗り越える力も、あなたの中にあるのが見えます」
「え...?」と、中村さんが驚いたように顔を上げた。
「あなたの誠実さと努力は、必ず道を開くでしょう。ただし、それには勇気が必要です」
「勇気...ですか?」
「はい。自分の過ちを認め、それを正す勇気です。具体的には...明日、あなたの上司に正直に状況を説明することをお勧めします。後悔しても時間は戻りません。
それより、どうすれば起きた問題を少しでも軽減できるか、あなたなりの案を提示してみてはいかがですか?」
中村さんが黙って頷く。その表情に、少しだけ希望が見えた気がした。
「確かに。私は失敗を悔いるばかりでした。ありがとうございます...」
お礼を言って立ち上がる中村さん。代金を支払って店を出る彼女を見つめながら、私は小さくため息をつく。誰にでも言える、当たり前のアドバイスで人は救われるのだ。
月光堂での仕事を終え、夜遅くに帰宅する私。
小さなアパートの部屋に入ると、リビングのテーブルに置かれたメモが目に入った。
「姉ちゃん、夜食作っておいたよ。遅くまでお疲れさま。健太」
思わず微笑む。健太、いつの間にかこんなに気が利くようになったのね。
「ただいま」
寝室から弟の寝息が聞こえてくる。返事はないけれど、この温もりが私の存在証明になっている。
冷蔵庫から夜食を取り出し、黙々と口に運ぶ。健太のためにも頑張らなきゃね。こうして今日も一日を終えた。
明日は中村さん、少しは元気になってるだろうか?
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