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第3章 変身レッスン

第11話 こんなに難しいなんて!

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「ももさん。ちょっとその笑顔、ぎこちないよ」

 綺麗な顔で私を見つめた蓮さんがそう言った。厳しい指摘だけど、自覚はある。

「だよね。もも、反省した。気をつけるね!」

 いつもより少し高い声で返事をすると、今度は雪さんが口を開いた。

「一人称を自分の名前にするの、恥ずかしいならやめていいと思う。別に、私、でも違和感ないから」
「……はい」

 思わず敬語が出てしまった。
 昨日、私は生まれ変わった。天野望結じゃなくて、天使ももっていう、もう一人の私に出会えた。
 だけど。
 自分じゃない自分になるのって、難しすぎる……!
 見た目はともかく、性格とか振る舞いを急に変えるのって、こんなに難しいんだ。

「雪さん。ももさんはまだ入部したてなんだから、もうちょっと優しく言いなよ」

 そう言った蓮さんは、完璧な王子様スマイルを浮かべている。
 如月さんの姿からは想像もつかない笑顔だ。
 言葉遣いとか表情だけじゃなくて、蓮さんはちょっとした動作も王子様みたいなんだよね。歩き方とか、物を拾う時の角度でさえ。
 私だって笑顔の練習はした。いつもより動作を大きくして、可愛く見えるように振る舞っているつもり……ではある。
 でもやっぱり、なかなか上手くいかない。

「ももさんは、一人称はもも、でいきたいんでしょ?」
「……うん。私、じゃいつもと変わらないもん」

 もん、なんて語尾も、普段の私は滅多に使わない。だからだろうか。口にしただけで、少し恥ずかしくなってしまう。

「だったら、変える必要なんてないよ。好きな自分になるのが、ここでは一番大事なことだからね」
「蓮さん……!」
「大丈夫。時間が経てば、ちゃんと慣れるよ。ももさんなら」
「ありがとう。私、頑張るよ!」





「って、言ったけど……」

 湯船につかって、ゆっくりと息を吐く。一日の疲れが身体から出ていくような気がするから、お風呂に入るのは好きだ。
 浴槽に入ったまま、曇った鏡に手を伸ばす。雑に手で鏡を拭くと、少し赤くなった私の顔が映った。
 今の私は、真面目な委員長の天野望結でもなければ、可愛く変身した天使ももでもない。

「どうしたらいいと思う?」

 鏡が答えてくれるはずもないのに、そんなことを聞いてしまう。
 
「はあ……」

 変身部の活動は楽しい。だけど私はまだ、上手く変身できずにいる。
 見た目を変えるのには、かなり慣れた。メイクはかなり上達したし、ウィッグのセットだって上手になった。
 問題は、中身だ。
 性格を変えるというのは、思っている以上に難しい。

「脚本があるわけじゃないし」

 決まった台詞を言うわけじゃなくて、普通の会話をするのだ。意識しているつもりでも、つい、いつもの私が出てしまう。
 ちゃんと、理想の女の子になりたいのに。




『変身のコツ?』

 お風呂上がりにいきなり電話をかけたのに、如月さんはすぐに出てくれた。

「うん。なかなか上達しないから、なにかあれば、教えてほしくて」

 変身部で過ごす時間、私にアドバイスをくれるのは蓮さんだ。だから私はまだ、如月さんからアドバイスをもらったことはない。

『うーん……』
「なんでもいいの。些細なことでも。ほら、如月さんは最初の頃、どんな風にしてたかとか」
『えーっと……』
「……もしかして如月さんは、最初から上手くやれたとか?」
『そ、そんなことないよっ。最初は全然ちゃんとできなくて、毎日一人で反省会してたもん』

 如月さんの言葉にほっとした。蓮さんだって、最初から完璧な王子様だったわけじゃないんだ。

『……い、委員長がよかったらだけど、昼休みも練習、する?』
「え、いいの?」
『うん。見た目は変えられないけど、だからこそ、性格を変えるのに集中できるし』
「ありがとう、如月さん!」
『……あんまり期待しないでね。上手に教えられるか分からないから』

 如月さんは焦ったようにそう言ったけれど、そんなことより、如月さんが練習を提案してくれたことが嬉しかった。
 それに、昼休みも如月さんと過ごせる。そう思うと、勝手に頬が緩んでしまう。

「明日からお願いしてもいいかな?」

 うん、という如月さんの返事が嬉しそうだったのは、きっと気のせいじゃないはずだ。
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