放課後の秘密~放課後変身部の活動記録~

八星 こはく

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第7章 日常の魔法

第35話 特別な日

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「えっ? 魔法?」
「目、閉じて」

 戸惑いながらも、如月さんは目を閉じてくれた。
 鞄からメイクポーチを取り出して、じっと如月さんの顔を見つめる。
 如月さんは今、メイクはしていない。日焼け止めくらいは塗っているかもしれないけれど、完全なすっぴんだ。
 部活の時みたいに、別人にはなれない。ウィッグだってかぶれないし、カラコンだって入れられない。派手なメイクだって禁止されている。
 でも、少しだけなら、変わることはできる。
 いつもより地味な色を選んで、丁寧にメイクをしていく。瞼に重ねるのは落ち着いた色味のベージュで、目尻にいくにつれ、色を濃くしてみた。
 如月さんの目は切れ長で綺麗だから、それがより映えるような、ボーイッシュなメイクがいいよね。
 男装とまではいかないけど、ちょっとだけ蓮さんを意識した感じ。

「……うん。いいんじゃないかな」

 別人になるためのメイクじゃない。長所を活かした、勇気を得るためのメイク。

「目、開けてみて」

 ゆっくり、如月さんが目を開いた。

「見てみて」

 如月さんに手鏡を渡す。如月さんは無言で、じっと鏡を見つめた。
 普段の如月さんと別人ってわけじゃない。でもやっぱり、いつもとは雰囲気が違う。
 切れ長の瞳を強調するようなアイシャドウ。睫毛はビューラーでは上げなかったけれど、長さを出したくて下睫毛にもマスカラを塗ってみた。
 そして、シェーディングを使ってシュッとした鼻筋を作った。
 華やかで優雅で、御伽噺の世界から飛び出してきたみたいな王子様じゃない。だけど、クールでボーイッシュな、綺麗な女の子だ。

「これだって十分、変身じゃない?」
「委員長……」
「私は、蓮さんに出逢って、魔法を教えてもらったって思ってる。放課後の間だけ使える、特別な魔法」

 蓮さんに会っていなかったら、変身してみよう! なんて、絶対に思いつかなかった。
 今だってきっと、使えないコスメを見て、毎晩溜息を吐いてたはずだ。

「そのおかげで、普段の私も変われたんだ。だから今度は、私が如月さんに魔法をかけたいって、そう思った」

 そっと如月さんの手を握る。すぐに振りほどけるような弱い力だ。でも如月さんは、ぎゅっと握り返してくれた。

「ありのままの姿で教室へ行くのは怖いかもしれないから、ちょっとだけでも、勇気づけられたらなって」
「……ありがとう、委員長。……ううん、望結」

 私の目を見て、如月さんはにっこりと笑ってくれた。
 それに。
 初めて、名前で呼んでくれた……!
 そのことが嬉しくて、胸の奥が急に熱くなる。なんだか泣きそうになったけど、必死に瞬きをして我慢した。

「魔法、かけられちゃったかも」
「如月さん……!」
「私ね、初めて望結が保健室にきてくれた時も、本当はすごく嬉しかったの。先生に言われたからだって分かってたけど、ちゃんと会いにきてくれて、話をしてくれた子は望結だけだから」

 如月さんが、私の頬にそっと触れた。

「蓮の姿を見られて、すぐに私だってバレた時も、焦ったけど……本当はちょっと、嬉しかった。私のこと、ちゃんと見ててくれたんだなって」

 遠くで、チャイムが鳴った。たぶん、一時間目の開始を告げるチャイムだ。
 今頃、私がいないことに気づいた先生が、家に電話をかけているかもしれない。
 でもそんなの、今はどうだっていい。

「教室に行かなきゃって、ずっと思ってた。……でも、勇気が出なくて、どうしようって、毎日悩んでばっかりで……」

 如月さんがゆっくりと椅子から立ち上がった。慌てて、私も立ち上がる。

「望結と仲良くなってからは、行かなきゃ、じゃなくて、行きたいって思うようになった。同じ高校に行きたいし、本当は、修学旅行だって一緒に行きたかった」

 すう、と如月さんが大きく深呼吸をした。
 そして、そっと手を差し出される。おいで、という蓮さんの声が聞こえた気がした。
 そうだよね。蓮さんと如月さんは別人だけど、如月さんの中に蓮さんがいる。二人は、全く別の存在ってわけじゃない。
 きっと蓮さんの存在が、如月さんに勇気を与えてくれてるんだ。

「ねえ、望結。一緒に今日を、特別な日にしてくれる?」
「もちろん!」

 勢いよく返事をして、如月さんの手をぎゅっと掴む。如月さんが、泣きそうな顔で笑った。

「望結と一緒だったら、ちゃんと教室に行ける気がする」
「……如月さん、ううん、姫乃」

 初めて名前を呼んで、見つめ合う。お互いに照れているのが分かった。

「一緒に今日を、特別な日にしよう」
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