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第6章 化学反応

第28話 もしかして

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 すっかり暗くなってしまった道を、如月さんと二入で歩く。
 方向が真逆だからと、早瀬くんとは店を出てすぐに別れたのだ。

「……ねえ、委員長。早瀬くん、すごかったね……」
「うん。なんていうか……本当に、すごい」

 もう、すごい、としか言いようがない。
 早瀬くんは雪さんが好きそうなもの、嫌いそうなものを私たちから根掘り葉掘り聞き出し、それらを全てメモしていた。
 そして、振られた直後であるにも関わらず、絶対に好きになってもらう、と笑顔で宣言していた。

「……あんなに真っ直ぐ行動できるのって、やっぱり、自分に自信があるからなのかな」

 如月さんがぼそっと呟く。その横顔は、ちょっぴり切なそうに見えた。

「……確かに、そうかもね」

 そもそも、自信がなければすぐに告白なんてできなかったはずだ。
 それに、振られてすぐ、好みの男になって好きになってもらう! なんて前を向けないはずだ。
 早瀬くんって、眩しいな。

「わ、私は全然、自信なんてなくて。自分ってだめだなって、いつも、悲しくなってばかりで……」

 如月さんの横顔があまりにも寂しそうで、心がざわつく。
 なにか言ってあげたいのに、ぴったりな言葉が思いつかない。

「私も、自分に自信を持てたら、こんな風にはならなかったのかな……」
「如月さん……」

 如月さんは、本当はどうなりたいの?
 本当は……教室に、きたいの?
 聞きたいのに、聞けない。どこまで踏み込んでも許されるのかが、分からないから。
 だって、怖い。
 せっかく仲良くなれたのに、如月さんに近づけたのに、拒まれてしまうのが怖い。
 無遠慮に心の深い部分に立ち入ろうとして、如月さんを傷つけてしまうのも怖い。

「ごめんね、委員長。暗い話しちゃって」
「……ううん」

 むしろもっと、暗い話もしてほしい。本音をたくさん、私には話してほしい。
 そう思っているのに、臆病な私は、何も言えなかった。





「ねえ。なんで二人とも、やたらと入口の方ばっかり見てるの?」

 じろり、と雪さんに睨みつけられ、私と蓮さんは慌てて入口から目を逸らした。
 今日は、早瀬くんが変身部の部室にやってくることになっている。いつもの姿ではなく、新しい姿で。
 そのことをまだ、雪さん……優斗くんには、伝えられていない。

「なんでもないよ。気にしすぎじゃないかな?」

 甘い笑顔で蓮さんが言ったけれど、優雅な微笑みはぎこちない。

「そ、そうだよ。気のせいだって! もものこと疑うの?」

 私も精一杯可愛らしく言ってみたけれど、雪さんの冷たい目は変わらなかった。

「目が泳いでるからね、二人とも」

 どうしよう。もう、いっそのこと、早瀬くんが早くきますように……!
 私の祈りが通じたのか、部室の扉が開いた。

「初めまして」

 中に入ってきたのは、見覚えのない男子。
 黒髪のウィッグは綺麗にセットされたウルフヘア。右の瞳は赤、左の瞳は青のオッドアイ。加えて、左目の下には泣きボクロ。
 普段の爽やかな早瀬くんとは雰囲気がまるで違う、気怠そうな雰囲気が色っぽい美少年。

西園寺怜音さいおんじれおん。新入部員だよ」

 唇の端だけを上げて、早瀬くん……いや、怜音くんは笑った。きっとこの笑顔だって、鏡の前で何度も練習したのだろう。
 す、すごい、早瀬くん。かなり仕上げてきてる……!

「……いや、えっと……早瀬、だよね……?」

 雪さんが立ち上がり、一歩後ろへ下がってそう尋ねる。

「うん。本名は早瀬葵、二年一組。文化祭の時以外ほとんど活動してないけど、軽音部でボーカルやってて、一応ギターも弾ける。勉強は得意じゃないけど、社会はちょっと得意。家族構成は両親と姉が……」
「そんなにべらべら喋らなくていいから!」

 大声で制止し、雪さんは私たちに視線を向けた。
 知ってたよな? と眼差しで確認され、私たちはそっと視線を逸らす。
 ごめん、優斗くん……!
 でも私たち、こうするしかなかったの!

「どうして? 俺、もっと雪ちゃんに自分のこと知ってほしいんだ。今の俺のことも、普段の俺のことも」

 そう言って、怜音くんはそっと雪さんの手を握った。
 どうなるんだろう? とじっと雪さんをみていると、どんどん雪さんの顔が赤くなっていく。

「振られちゃったけど、俺、雪ちゃんのこと諦められない。だから二人に頼んで、変身部に入れてもらった。頼んだのは俺だから、二人のことは責めないで」

 相変わらず、真っ直ぐで直球な言葉だ。こんな風にこられたら、適当にあしらうことなんてできない。

「……私の、いつもの姿も知らないのに?」
「どんな姿でも、雪ちゃんは雪ちゃんでしょ。一目見た瞬間に、俺は運命を感じたんだ」
「運命って……」
「好きになってもらえるように頑張る。雪ちゃんが嫌がることはしない。だから……雪ちゃんの近くにいても、いいかな?」

 すごい……! まるで、少女漫画みたいな甘い台詞。
 しかもきっと、全部本気だ。
 雪さんは一度、天井を見上げた。そのまま数秒間固まって、ゆっくり視線を怜音くんへ向ける。

「……勝手にすれば」

 そう言った雪さんの横顔は可愛くて、頬は真っ赤に染まっていて。
 ……あれ?
 もしかして優斗くんって、結構ちょろかったりする……?
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