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第62話 メイド、ご主人様の出生の秘密を知る
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スカーレット様は立ち上がり、私を強く見つめた。
「あの子の父親を守るために、秘密は守らなくてはならないわ。
あの人がわたくしと愛し合っているなんてことが知られたら、大変なことになるもの」
そう言ったスカーレット様の眼差しがあまりにも艶っぽくて、ぞわっとしてしまった。
彼女の声も瞳も、雄弁に、あの人、と呼んだ人への愛を語っている。そしてそれは、狂気じみているようにも感じられた。
「ねえ、貴女」
「は、はい」
「あの子の父親、誰だと思う?」
「……私は、社交界のことなんて少しも分かりませんので、予想すらできません」
ふうん、と呟いたスカーレット様はどこかつまらなそうだった。
しかし気を取り直したのか、再び座って私を見つめる。
どういうことなの? スカーレット様は、ランスロット様の父親をずっと隠してきたわけでしょ?
なのになんで、私にこんな話をするの?
頭が混乱する。
今私は、どう振る舞うのが正解なのだろう。
「貴女、口は堅いかしら」
「……状況に応じて、変化するかと」
「ふふ、面白い子ね」
どうしよう。先程の令嬢たちと違って、スカーレット様はややこしそうだわ。
笑顔で愛想よくすればオッケー! なんて、簡単な相手じゃない。
「わたくしずっと、誰かに、本当のことを話したかったの」
「隠しておきたいのではなかったのですか」
「ええ、そうよ。隠さなければならないわ。けれど、わたくしとあの人が愛し合っていたことを、誰かに知っていてほしいの」
愛し合っていたことを、誰かに知ってほしい……切なくて、寂しい願いだと思う。
愛する人のために秘密にしたいと願う反面、自分たちの愛が真実だと誰かに伝えたいのね。
おそらくランスロット様の父親は、他の女性と婚姻関係を結んでいるのだろう。
子供だっているのかもしれない。
秘密を秘密のままにしておけない気持ちも、分かる気がする。
とはいえ、重大な秘密を打ち明ける相手として選ばれても困っちゃうんだけど……!
ああでも、ランスロット様の父親が誰なのか、やっぱり気にはなっちゃうわ。
「聞いてくれる、アリス?」
「……どうして、私なんです?」
「理由は二つあるわ」
スカーレット様は立ち上がり、私の横に移動してきた。
ふわりと香るのは、濃厚な薔薇の匂いだ。
「一つ目は、平民の貴女の言葉に、それほど説得力がないこと」
残酷だが、その通りだろう。
私が真実を騒いでも、虚言女と簡単に罰することができるはずだ。
「二つ目は、貴女が本当にランスロットを愛しているということ」
サリヴァン伯爵、ではなく、ランスロット、とスカーレット様は口にした。
「貴女は、あの子を本当に愛しているのでしょう? 目を見れば分かるわ」
「はい、そうです。私は、ランスロット様を心底愛しています」
ランスロット様の父親が誰であろうと、その気持ちが揺らぐことはない。
「そうよね。だからよ。あの子の不利益になるような話を、わざわざ広めたりしないでしょう。それに、あの子を傷つけたいとも思わないはずだわ」
あの子……ランスロット様を、傷つける?
父親の正体を知れば、ランスロット様は傷ついてしまうのだろうか。
ランスロット様の父親って、いったい誰なの?
「貴女にだけ、教えてあげるわ」
スカーレット様が私の耳元で囁く。
「あの子の父親、それは……陛下よ」
とびきり綺麗に、妖しく、スカーレット様は笑った。
恍惚とした表情に、身体が震えてしまう。
陛下……陛下って、国王陛下のことよね?
公式的にランスロット様の父親だとされていて、そして……。
スカーレット様の、実の兄だ。
「驚いたかしら」
国王陛下の顔を思い出す。
ランスロット様とそっくりで、年をとればランスロット様も陛下のようになるのだろうと思った。
でも、まさか、陛下がランスロット様の実の父親だなんて、想像すらしていなかった。
ランスロット様は国王の庶子である、というのは、嘘ではなかったのだ。
ただ、母親は妓女ではなく、実の妹・スカーレット様だったのである。
国王陛下が実の妹と愛し合っていて、子まで作っているなんて、こんな秘密、バレたら大変なことになるわ。
知ってしまった秘密の重さに眩暈がする。
興味本位で踏み込むような問題ではなかった。
ランスロット様にだって言えないわよ。
「ねえ、アリス。これでわたくしと貴女は、秘密を共有した友達よ」
「友達、なんて……」
「わたくしもアリスも、ランスロットを大切に思っている。その気持ちは一緒でしょう?」
確かに、それはそうだわ。
スカーレット様がランスロット様を大切に思っているというのは、間違いないみたいだし。
「友達として、貴女に頼みたいことがあるわ」
「……なんでしょう?」
「結婚式には、わたくしを招待してほしいの」
ああ、なんだ。
いろいろ言っているけれど、スカーレット様は、結局ランスロット様が大事で、仲良くしたいだけなのかもしれないわ。
スカーレット様が一番愛しているのは、ランスロット様ではなく国王陛下だ。
けれど、それを悪いことだとは思えない。
「分かりました、スカーレット様。私から、ランスロット様にお話ししてみます」
「ありがとう、アリス」
スカーレット様は、少女のように純粋な笑顔で笑った。
「あの子の父親を守るために、秘密は守らなくてはならないわ。
あの人がわたくしと愛し合っているなんてことが知られたら、大変なことになるもの」
そう言ったスカーレット様の眼差しがあまりにも艶っぽくて、ぞわっとしてしまった。
彼女の声も瞳も、雄弁に、あの人、と呼んだ人への愛を語っている。そしてそれは、狂気じみているようにも感じられた。
「ねえ、貴女」
「は、はい」
「あの子の父親、誰だと思う?」
「……私は、社交界のことなんて少しも分かりませんので、予想すらできません」
ふうん、と呟いたスカーレット様はどこかつまらなそうだった。
しかし気を取り直したのか、再び座って私を見つめる。
どういうことなの? スカーレット様は、ランスロット様の父親をずっと隠してきたわけでしょ?
なのになんで、私にこんな話をするの?
頭が混乱する。
今私は、どう振る舞うのが正解なのだろう。
「貴女、口は堅いかしら」
「……状況に応じて、変化するかと」
「ふふ、面白い子ね」
どうしよう。先程の令嬢たちと違って、スカーレット様はややこしそうだわ。
笑顔で愛想よくすればオッケー! なんて、簡単な相手じゃない。
「わたくしずっと、誰かに、本当のことを話したかったの」
「隠しておきたいのではなかったのですか」
「ええ、そうよ。隠さなければならないわ。けれど、わたくしとあの人が愛し合っていたことを、誰かに知っていてほしいの」
愛し合っていたことを、誰かに知ってほしい……切なくて、寂しい願いだと思う。
愛する人のために秘密にしたいと願う反面、自分たちの愛が真実だと誰かに伝えたいのね。
おそらくランスロット様の父親は、他の女性と婚姻関係を結んでいるのだろう。
子供だっているのかもしれない。
秘密を秘密のままにしておけない気持ちも、分かる気がする。
とはいえ、重大な秘密を打ち明ける相手として選ばれても困っちゃうんだけど……!
ああでも、ランスロット様の父親が誰なのか、やっぱり気にはなっちゃうわ。
「聞いてくれる、アリス?」
「……どうして、私なんです?」
「理由は二つあるわ」
スカーレット様は立ち上がり、私の横に移動してきた。
ふわりと香るのは、濃厚な薔薇の匂いだ。
「一つ目は、平民の貴女の言葉に、それほど説得力がないこと」
残酷だが、その通りだろう。
私が真実を騒いでも、虚言女と簡単に罰することができるはずだ。
「二つ目は、貴女が本当にランスロットを愛しているということ」
サリヴァン伯爵、ではなく、ランスロット、とスカーレット様は口にした。
「貴女は、あの子を本当に愛しているのでしょう? 目を見れば分かるわ」
「はい、そうです。私は、ランスロット様を心底愛しています」
ランスロット様の父親が誰であろうと、その気持ちが揺らぐことはない。
「そうよね。だからよ。あの子の不利益になるような話を、わざわざ広めたりしないでしょう。それに、あの子を傷つけたいとも思わないはずだわ」
あの子……ランスロット様を、傷つける?
父親の正体を知れば、ランスロット様は傷ついてしまうのだろうか。
ランスロット様の父親って、いったい誰なの?
「貴女にだけ、教えてあげるわ」
スカーレット様が私の耳元で囁く。
「あの子の父親、それは……陛下よ」
とびきり綺麗に、妖しく、スカーレット様は笑った。
恍惚とした表情に、身体が震えてしまう。
陛下……陛下って、国王陛下のことよね?
公式的にランスロット様の父親だとされていて、そして……。
スカーレット様の、実の兄だ。
「驚いたかしら」
国王陛下の顔を思い出す。
ランスロット様とそっくりで、年をとればランスロット様も陛下のようになるのだろうと思った。
でも、まさか、陛下がランスロット様の実の父親だなんて、想像すらしていなかった。
ランスロット様は国王の庶子である、というのは、嘘ではなかったのだ。
ただ、母親は妓女ではなく、実の妹・スカーレット様だったのである。
国王陛下が実の妹と愛し合っていて、子まで作っているなんて、こんな秘密、バレたら大変なことになるわ。
知ってしまった秘密の重さに眩暈がする。
興味本位で踏み込むような問題ではなかった。
ランスロット様にだって言えないわよ。
「ねえ、アリス。これでわたくしと貴女は、秘密を共有した友達よ」
「友達、なんて……」
「わたくしもアリスも、ランスロットを大切に思っている。その気持ちは一緒でしょう?」
確かに、それはそうだわ。
スカーレット様がランスロット様を大切に思っているというのは、間違いないみたいだし。
「友達として、貴女に頼みたいことがあるわ」
「……なんでしょう?」
「結婚式には、わたくしを招待してほしいの」
ああ、なんだ。
いろいろ言っているけれど、スカーレット様は、結局ランスロット様が大事で、仲良くしたいだけなのかもしれないわ。
スカーレット様が一番愛しているのは、ランスロット様ではなく国王陛下だ。
けれど、それを悪いことだとは思えない。
「分かりました、スカーレット様。私から、ランスロット様にお話ししてみます」
「ありがとう、アリス」
スカーレット様は、少女のように純粋な笑顔で笑った。
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