偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません

八星 こはく

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第52話 メイド、プチ家出をする

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 なぜか、いつもよりやたらと早く目が覚めた。
 二度寝をする気にもなれず、ベッドを下りて窓の外を眺める。

 まだ外は薄暗い。でも、ほんの少しだけ太陽が顔を覗かせている。

 きっとランスロット様なら、この景色も美しく描くに違いない。

「……どうしよう」

 仕事を始めるには早い。おそらく、まだヴァレンティンさんだって起きていないだろう。

「散歩でもしようかな」

 普段なら、こんな早朝に外へ行こうなんて思わない。
 でも今日は、いつもと違うことがしたい。

 クローゼットを開ける。ランスロット様が服をプレゼントしてくれたおかげで、かなり充実した。
 そんなクローゼットの中から、私はぼろい麻のワンピースを取り出した。

 アリスの実家から持ってきたものだ。

「これ一枚じゃ、きっと寒いわよね」

 クローゼットの中には、温かい外套も入っている。寒くなってきたからと、ランスロット様がくれたものだ。
 これを羽織れば、この時間に外へ出ても大丈夫だろう。

「……でも、なんか、そんな気分じゃないな」

 ランスロット様からもらった物に身を包んで、楽しく散歩できるような気分じゃない。
 結局私は、寒いと分かっていながら、麻のワンピース一枚で外へ出ることにした。





「あり得ないくらい寒いんだけどっ……!?」

 風が吹くたびに、こんな格好で家を出てきたことを後悔しそうになる。
 というかそもそも、散歩なんてせず、温かいベッドで二度寝を楽しめばよかったのだ。

 でも、今さら屋敷へ帰る気にはなれない。

 気づくと私は、サイモンさんと初めて出会った木陰にきていた。

「あの時は、ランスロット様が迎えにきてくれたのよね」

 木に背を預けて座り、ぎゅっと膝を抱え込む。
 寂しくて、涙が出てきそうだ。

 こんなところにくるなんて、結局、ランスロット様に気づいてほしいだけなのかもしれない。
 傷ついていることに気づいてほしくて、甘い言葉で助けてほしいだけなのかもしれない。

 面倒くさい上に、狡い女だと自分でも思う。
 でも、どうしようもない。

「……少ししたら、帰ろ」

 仕事が始まる前に、ちゃんと屋敷へ戻ろう。
 そして、いつも通り笑顔で仕事をする。

 だから今だけは、悲しみに浸ることを許してほしい。

 溜息を吐いて、私は膝に顔をうずめた。





「あの、あの……っ!」

 肩を揺さぶられ、慌てて顔を上げる。
 どうやら、私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「アリスさん、大丈夫ですか!?」
「サイモンさん……?」
「こんな時間にこんなところで寝てるなんて、なにがあったんですか?」

 言いながら、サイモンさんは自分が着ていた外套を脱いで、そっと私の肩にかけてくれた。

「それと、またここで会いましたね」

 サイモンさんが私の隣に腰を下ろす。
 なんとなく顔を見ることができなくて、私は俯いたまま頷いた。

「領主様じゃなくて、がっかりしましたか?」
「えっ?」

 予想外の言葉に顔を上げると、サイモンさんに笑われてしまった。

「領主様に迎えにきてほしいから、ここにきたんでしょう?
 僕としては、僕に会いたかったから……だと嬉しいんですけどね」

 冗談っぽくサイモンさんは言ったが、眼差しは真剣だ。
 だからこそ、なにも言えなくなってしまう。

 もし、私がサイモンさんを好きになれば、きっと悩むことなんてなかったわよね。
 サイモンさんは次期村長ではあるけど、私と同じ平民なわけだし。

 そんなことを考え、考えてしまった自分に嫌気がさす。

 サイモンさんは本当に私のことが好きなのに、こんなことを考えてしまうなんて失礼だわ。

「また、領主様に怒られちゃいました? それとも、喧嘩したとか?」
「……どっちでもないんです。私がただ、いろいろ考えちゃってるだけで」

 見合いをする、とランスロット様から直接言われたわけじゃない。
 聞くのが怖い私が、一人でうじうじと悩んでいるだけだ。

「思ってること、全部言っちゃえばいいのに」
「え?」
「正直、アリスさんがそんなに遠慮するなんて、意外ですよ」
「意外って……私、どういう風に見えてるんですか?」

 こんな時ですら、わざとらしく頬を膨らませてしまう。
 体に染みついた癖みたいなものだ。

 私だって、いろいろ考えたりするんだから。
 明るくて可愛いだけじゃないの。そのキャラだって、いろいろ考えた上で作ったんだもん。

 まあ、ランスロット様は、遠慮しなくていい、って言ってくれたけど。

「すいません。でも、領主様だってきっと、アリスさんに遠慮してほしいなんて思ってませんよ」
「それは……そうかもしれません、けど」
「だって領主様は、店にアリスさんのあだ名をつけるほど、アリスさんを大事にしてるんでしょう?」

 サイモンさんの言う通りだ。
 ランスロット様は私を大事にしてくれている。それだけじゃなくて、きっと私のことが好きだと思う。

 分かっている。分かっているけれど、ランスロット様のことを考えると悩んでしまうのだ。

 私が正直になることが、ランスロット様にとってもいいことなのかな。

「ほら、アリスさん」

 サイモンさんが、私の肩をとんとん、と軽く叩いた。

「アリスさんが大事だから、領主様が迎えにきたんじゃないですか?」

 慌てて後ろを向く。

「アリス!」

 そう叫んで、ランスロット様が駆け寄ってくれた。
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