偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません

八星 こはく

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第47話 メイド、ご主人様を抱き締める

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 深呼吸をしてから、ゆっくりと空き部屋の扉を開ける。
 男爵たちの食事が終わるまで、ランスロット様はここで待機するのだ。

 椅子に座ったランスロット様が顔を上げ、私を見てわずかに微笑んだ。

「アリス、男爵たちはどうだ?」
「……美味しいお食事を、楽しんでくれています」
「そうか。ならよかった」

 ランスロット様は笑っているけれど、生気が感じられない。

 こういう表情も素敵だけど、でも、こんな顔のランスロット様は見たくないわ。

「あの……」

 ランスロット様の近くまできたものの、なにを言ったらいいのかが分からない。

 ランスロット様は今、どんな気持ちなのかしら。

 みんながランスロット様と仲良くしたがってるわけだから、ランスロット様にとって嫌な話じゃないわよね。
 それにお母さんだって、やっぱりランスロット様を大切に思っていたみたいだし。

「アリス。なんとなく分かっているだろうが、スカーレットというのは俺の母の名だ」
「……はい」
「どうやら俺の母は、捨てた息子のために怒るほど、美しい心の持ち主らしいな」

 皮肉っぽく笑うと、すまない、とランスロット様は軽く頭を下げた。

「今、少し頭が混乱してるんだ」
「ご主人様……」
「あいつは、俺のことをどう思っているんだろうな」

 あいつ、という言葉が母親を示しているのは明らかだ。

 きっと、お母さん、なんて言いたくないのね。

「……王家の血を侮辱されて怒っただけだと思うか?」
「私は……私は、スカーレット様が、ご主人様のことを大切に思っているのではないかと思っています。
 だからこそ、手紙や贈り物もくださるのかと」

 ランスロット様は複雑そうな表情で頷いた。

「……嬉しくは、ないんですか?」
「あの女に大切に思われているかもしれないことが、か?」

 ランスロット様が溜息を吐く。

「仮にあいつが俺を大事に思っていたとして、それはどうしてだ?
 俺はあいつに育てられた覚えも、愛された覚えもない」

 ずっと離れて暮らしている母が、息子を愛している理由。

 やっぱり、自分のお腹を痛めて産んだから?
 それとも、愛する相手との子供だから?

 望まぬ結婚をさせられたのだとしたら、スカーレット様にとって、ランスロット様だけが愛する人との子供だ。
 会えなくても、ずっと大事に思っている可能性はある。

「自分で産んだ、愛する人との子供だから?」
「だろうな。好きな相手との子だからで、俺だからじゃない」

 ランスロット様は両手で頭を抱えた。

「ランスロット様」

 ご主人様、ではなく、あえて名前を呼んだ。
 そして、ランスロット様をぎゅっと抱き締める。

「ランスロット様には、私がいるじゃないですか」
「……アリス」
「私だけじゃなくて、ヴァレンティンさんだっています」

 ランスロット様の気持ちを想像することなんてできない。
 恨んでいた母が実は自分を大事に思っているかもしれないなんてこと、急に受け止められないに決まっている。

「言っておきますけど、私はランスロット様の親が誰だろうが、ランスロット様が貴族じゃなかろうが、気にしません」

 私がランスロット様に出会えたのは、私が貧乏な少女に転生し、ランスロット様が使用人を募集中の貴族だったから。
 でも、今はそんなこと関係ない。

「もしランスロット様が貧乏になっても、私はずっと一緒にいます。
 もし顔を怪我して、ランスロット様の顔が変わっても、私はずっと一緒にいます」

 ランスロット様の腰にまわした腕にぎゅっと力を込める。

「私は、ランスロット様がランスロット様だから、こうして一緒にいたいんです」

 もうこれ、ほとんど告白みたいなものよね。
 でも、伝えなきゃって思ったの。

 にっこりと笑って、私はランスロット様から離れた。

「そろそろ行きますね。私、デザートを運ばなきゃいけないので」
「……ああ」

 ランスロット様は笑って、私の頭をそっと撫でた。
 きちんとセットした髪の毛が崩れてしまわないように、優しく。

「アリス、ありがとう」

 名残惜しそうに、ランスロット様が私の手を撫でる。

「デザートが終わったら、俺もちゃんと男爵のところへ行く。
 今度は、笑顔で楽しく話そう」
「はい、それがいいですよ。エヴァンズ男爵もきっと、ご主人様とたくさん話したいでしょうし」
「……ランスロット」
「え?」

 どういうこと? とランスロット様の顔を見ると、白い頬がわずかに赤く染まっていた。

「今度からは、名前で呼んでくれ」

 ご主人様じゃなくて、ランスロット様って呼んでほしいってこと?
 なにそれ、可愛い……!

「はい、ランスロット様! 今後は一生、名前でお呼びしますね!」
「そうだな。一生、俺の名前を呼んでいてくれ」

 くすっと笑うと、ランスロット様が部屋の扉を開けてくれた。

「では、行ってきます、ランスロット様!」
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