偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません

八星 こはく

文字の大きさ
上 下
36 / 68

第36話 メイド、ご主人様の買い物に付き合う

しおりを挟む
「いやあ、やっぱり、可愛い服を着ると気分がいいですね!」

 店を出た瞬間から、周囲の目が変わった。
 主人と使用人を見る目ではなく、仲のいい恋人同士を見る目になったのである。

 まあ、私の気分が変わっただけかもしれないけど。

「お前は本当に分かりやすいな」
「そういうところが可愛いんですよね?」
「……ああ、そうだな」

 繋いだ手を、ランスロット様が軽く引っ張る。
 すると、私のすぐ横を馬車が通っていった。

「画材屋に行くぞ」
「ええ。素敵な絵具を買いましょう!」
「ああ」

 ランスロット様が慣れた足どりで進むため、私はただついていく。
 歩きながら、通り沿いの店の窓に映る自分を見つめては、ついにやにやしてしまう。

 今の私、最高に可愛いし、最高に楽しいわ!





「ここだ。種類が豊富で、画材はいつもここで買うことにしている」

 ランスロット様が入った店は、メインの通りからは少し外れた場所にあった。
 店も大きくはなく、看板も地味。
 しかし店内には、びっしりと商品が並んでいる。

 大小様々なサイズのあるキャンバス、いろんな形の絵筆、そして瓶に入った色とりどりの絵具。
 絵を描かない私ですら、わくわくしてしまうような店内だ。

「いらっしゃいませ」

 店主はレジ横に座っていて、客がきたというのに立ち上がろうともしない。
 白い髭をたくわえた気難しそうな男だ。

「お目当ての物は決まってるんですが?」
「ああ、大体はな。だが、せっかくだ。気に入った物があればいくつか買おうと思っている」

 ランスロット様は絵具コーナーへ行くと、真剣な眼差しで小瓶を吟味し始めた。
 似たような色味のものでも、少しずつ違っているみたいだ。

「ここの絵具は、どれも天然素材由来の物なんだ」
「へえ……じゃあ、お花とかから作ってるわけですか?」
「そうだ。だからどれも、全く同じわけじゃない。……いつもはヴァレンティンに買いに行かせているが、自分で選ぶのもいいな」

 ランスロット様の瞳はきらきらと輝いている。
 まるで、おもちゃを前にした子供みたいだ。

 ランスロット様は、本当に絵が好きだものね。

 黙って商品を選び始めたランスロット様から少し離れ、店内を見てまわる。
 どの商品もそれなりに値が張るのは、やはり画材の中でもいい品を取り扱っているからなのだろう。

 私にはこういう趣味はないから、やっぱりちょっと羨ましいな。

「アリス」
「あ、ご主人様。決まりました?」
「ああ」

 ランスロット様の手には、色とりどりの絵具が入った複数の小瓶がある。
 それだけじゃなくて、絵筆も何本かあった。

「これをもらおう」

 レジ前のカウンターに商品をおくと、店主は無言で頭を下げた。
 不愛想だが、なぜか嫌な感じはしない。

「……いつも、描いた絵はどうしていますか」

 購入商品を確認しつつ、店主は低い声でそう聞いてきた。

「家においたままだが」

 ランスロット様がそう答えると、なるほど、と店主は頷いた。

「これほど大量に購入していくのは、画家かよほどのお金持ちだけです」

 ランスロット様は何も言わない。

 まあ、自分でお金持ちです、なんて言うのもあれだもんね。

「私は画材屋の他に、画家と客の仲介も請け負っております。
 もし、絵を売りたくなった際は、話を聞きますよ」
「……なぜ? お前は、俺の絵を見ていないだろう」
「ここでの態度を見れば、ある程度の力量は察せますよ」

 自信たっぷりに笑った店主が、合計金額を告げる。ランスロット様は言われた通りの金を手渡した。

「分かった。その気になった時は、話を聞きにくるかもしれない」
「ええ、ぜひ」

 手を引かれ、二人で画材屋を出る。
 昼食を食べ、服屋と画材屋に行ったのだ。それなりに時間が経っていて、日が暮れ始めている。

「……自分で描いた絵を売る、なんて発想はなかったな」

 ぼそっとランスロット様が呟いた。

「でも、素敵な絵ですもん。売るかどうかはともかく、部屋の隅に置きっぱなしにするのはもったいないって、いつも言ってるじゃないですか」
「アリスはいつもそう言うな」
「だって私、ご主人様の絵が大好きですから」

 ランスロット様が描いた、っていう贔屓目がないとは言えない。
 でも、単純に絵だけを見たとしても、ランスロット様の絵が素晴らしいものであることは確かだ。

「仮に画家になったとしても、きっとご主人様なら大成功しますよ」
「画家に?」
「ええ!」
「やはりお前は、面白い発想をするやつだな」

 面白い? どこが?
 絵が上手いランスロット様が画家になるっていうのは、自然な話だと思うんだけど。

「考えてみてもいいかもしれないな」

 くすっとランスロット様は笑う。
 楽しそうな笑顔に、私まで嬉しくなる。

「ヴァレンティンに、なにか土産でも買って帰るか」
「ええ、そうしましょう。きっと待っていますよ」
「ああ。今度は、3人できてもいいかもしれないな」
「……なんていうか、それはちょっと、複雑ですけど」

 私の顔を見てランスロット様は派手に笑った。

「また、デートもしよう」
「絶対ですよ?」
「ああ。絶対だ」

 並んで歩きながら、ヴァレンティンさんへのお土産を二人で考える。
 デートが終わってしまうのは寂しいけれど、帰る家が同じなことは嬉しい。

 今日のデート、最高に楽しかったな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...