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第31話 メイド、みんなをぽかんとさせる
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「ご主人様、私、そろそろ給仕の準備をしないといけません」
窓から差し込む夕日が室内を茜色に染めている。
もうすぐ夕食の……パーティーの時間だ。
一日中モデルをしていろ、とは言われたものの、さすがにパーティーの給仕の仕事を投げ出すわけにはいかない。
ランスロット様もそれは分かっているだろう。
「……ああ。そろそろだな」
絵を描く手を止め、ランスロット様も立ち上がった。
「俺も、客人を迎える用意をする。……アリス」
「はい?」
「あまり、他の男に近づきすぎるなよ」
何気ない風を装って、ランスロット様はそう言った。しかしちらちらと私を窺う視線から、気にしているのがバレバレだ。
「どうしてですか?」
「……お前にそのつもりはなくても、向こうがどう思うかは分からないだろう」
「確かにそうですね。私、可愛いですし」
ねえ、と笑いかければ、ランスロット様は曖昧に頷く。
まあ実際、サイモンさんも私のことを好きになっちゃったっぽいしね。
正直好かれるのは気分がいいけど、トラブルにもなるから大変だわ。
メイドカフェ時代、ガチ恋客にはかなり手を焼いた記憶がある。
あくまで仕事として愛想よくしていただけなのに、本気で好きだの、付き合いたいだのと言ってきた客もいたのだ。
言うだけならまだいいものの、待ち伏せてついてこようとしたり、なんとかして家を特定しようとされたのは不快を通り越して恐怖だった。
サイモンさんはそういう人じゃないと思うけど、だからこそ、気を持たせるようなことは控えなくちゃ。
とはいえ、立場上愛想よく振る舞う必要はあるし、友達としては仲良くしたいんだよね。
「アリス? 分かったのか?」
「分かりましたよ。ご主人様には、いっぱい近づいていいんですよね?」
「……好きにしろ」
「はーい」
手を上げてあざとく返事をしてみると、ランスロット様は満足そうに笑った。
早く告白してほしいけど、付き合う前のこういう時間が楽しいって意見も分かるな……。
「じゃあ、行ってきますね」
「ああ」
◆
「いらっしゃいませ!」
前と同じく、招待客はまとまって屋敷にやってきた。
しかし前回と比べて、その表情は柔らかい。
「美味しいご飯が待っていますよ。なにせ今日は、サイモンさんも手伝ってくれたんですから」
私がそう言うと、みんながサイモンさんの父であるマティスさんを見てにやついた。
恥ずかしそうな表情を浮かべているが、サイモンさんも嬉しそうだ。
「息子は、領主様に迷惑はかけてないだろうか?」
「ええ。屋敷が賑やかになって、ご主人様も喜んでいますよ」
本当はめちゃくちゃ嫉妬してましたけど……とは言えない。
「よかった。ヴァレンティンさんにも、後で私から直接礼を言わせてくれ。息子の頼みを聞いてくれてありがとうと」
「はい。ヴァレンティンさんも喜びますわ」
気難しそうな顔をしているけれど、マティスさんは息子想いの優しい父親だ。
まあ、こうした交流を通じて領主との関係をよくできたら……という下心も、ちょっとはあるのかもしれないけれど。
「こちらへどうぞ」
前と同じ居間に案内する。
あれから、居間にはランスロット様の絵を飾ったままだ。
ランスロット様は片付けろ、なんて言っていたけど、私とヴァレンティンさんで反対したのよね。
あんなに綺麗な絵を部屋の中にしまっているだけなんてもったいないもん。
ランスロット様は今まで描いた大量の絵を、全て自室にしまい込んでいる。
それも、どこか飾る場所があればいいのに、とは常々思っていることだ。
「お客様がいらっしゃいました」
居間の扉を開くと、中にいたランスロット様が立ち上がった。
「よくきてくれた。好きな席に座ってくれ」
穏やかな雰囲気のまま、招待客が着席する。
マティスさんがランスロット様になにか話しかけ、ランスロット様が微笑んだ。
なんだか、すごくいい雰囲気だわ!
「では、料理を持ってまいりますね」
◆
食事を終えた後、今回はすぐに招待客を帰さず、ワインを楽しむ時間をもうけた。
後片付けを終えてからサイモンさんも合流し、末席でワインを飲んでいる。
食器洗いなら私の仕事なのに、サイモンさんも真面目よね。
弟子として皿洗いは自分がやります! なんて言ったんだもん。
しかも、サイモンさんは食器洗いまで上手かった。
「うちの息子がお世話になっております」
ワインを飲んで、マティスさんがランスロット様に頭を下げる。
ランスロット様は笑顔で頷いた。
「かなり腕がいいと、ヴァレンティンから聞いている」
「そうなんですね。いや、確かにうちの息子は料理上手ですが……」
息子を褒められて、マティスさんも嬉しそうにしている。
「弟子入りの件、認めていただいてありがとうございます。
こんな田舎では、料理を学べる場もないですから」
マティスさんがそう言うと、離れた位置に座るサイモンさんも頷いた。
確かにここには、料理学校なんてものはないわね。
それどころか、飲食店すらほとんどないし……。
「息子はいつか、自分の店を持つのが夢だそうで。親としては応援したいんですが、しかし、ここから離れてしまうのは……」
「父さん!」
サイモンさんがやや慌てたようにそう言う。
顔にはあまり出ていないが、マティスさんはかなり酔っているのだろう。
居間に、微妙な空気が流れてしまう。
そりゃあそうよね。
次期村長と思われているサイモンさんが、自分の店を持ちたいだなんて。
「夢があるのはいいことだ」
ランスロット様がそう言って、場の空気が元に戻った。
マティスさんも安心したように息を吐く。
「ありがとうございます。でも僕、この村のことが好きで、だから、悩んでいるんです」
サイモンさんが苦しげな表情でそう言った。
「……じゃあ、ここでお店を開けばいいんじゃないですか?」
つい、私はそう言ってしまった。
みんなにとっては予想外の発言だったのか、全員の視線が集まってしまう。
「アリス、この村には飲食店なんてほとんどないんだぞ」
「だからこそ、作るのもいいと思いますけど」
この場にいる全員が、ぽかんとした顔を浮かべる。
え? 私、そんなに変なこと言っちゃった?
窓から差し込む夕日が室内を茜色に染めている。
もうすぐ夕食の……パーティーの時間だ。
一日中モデルをしていろ、とは言われたものの、さすがにパーティーの給仕の仕事を投げ出すわけにはいかない。
ランスロット様もそれは分かっているだろう。
「……ああ。そろそろだな」
絵を描く手を止め、ランスロット様も立ち上がった。
「俺も、客人を迎える用意をする。……アリス」
「はい?」
「あまり、他の男に近づきすぎるなよ」
何気ない風を装って、ランスロット様はそう言った。しかしちらちらと私を窺う視線から、気にしているのがバレバレだ。
「どうしてですか?」
「……お前にそのつもりはなくても、向こうがどう思うかは分からないだろう」
「確かにそうですね。私、可愛いですし」
ねえ、と笑いかければ、ランスロット様は曖昧に頷く。
まあ実際、サイモンさんも私のことを好きになっちゃったっぽいしね。
正直好かれるのは気分がいいけど、トラブルにもなるから大変だわ。
メイドカフェ時代、ガチ恋客にはかなり手を焼いた記憶がある。
あくまで仕事として愛想よくしていただけなのに、本気で好きだの、付き合いたいだのと言ってきた客もいたのだ。
言うだけならまだいいものの、待ち伏せてついてこようとしたり、なんとかして家を特定しようとされたのは不快を通り越して恐怖だった。
サイモンさんはそういう人じゃないと思うけど、だからこそ、気を持たせるようなことは控えなくちゃ。
とはいえ、立場上愛想よく振る舞う必要はあるし、友達としては仲良くしたいんだよね。
「アリス? 分かったのか?」
「分かりましたよ。ご主人様には、いっぱい近づいていいんですよね?」
「……好きにしろ」
「はーい」
手を上げてあざとく返事をしてみると、ランスロット様は満足そうに笑った。
早く告白してほしいけど、付き合う前のこういう時間が楽しいって意見も分かるな……。
「じゃあ、行ってきますね」
「ああ」
◆
「いらっしゃいませ!」
前と同じく、招待客はまとまって屋敷にやってきた。
しかし前回と比べて、その表情は柔らかい。
「美味しいご飯が待っていますよ。なにせ今日は、サイモンさんも手伝ってくれたんですから」
私がそう言うと、みんながサイモンさんの父であるマティスさんを見てにやついた。
恥ずかしそうな表情を浮かべているが、サイモンさんも嬉しそうだ。
「息子は、領主様に迷惑はかけてないだろうか?」
「ええ。屋敷が賑やかになって、ご主人様も喜んでいますよ」
本当はめちゃくちゃ嫉妬してましたけど……とは言えない。
「よかった。ヴァレンティンさんにも、後で私から直接礼を言わせてくれ。息子の頼みを聞いてくれてありがとうと」
「はい。ヴァレンティンさんも喜びますわ」
気難しそうな顔をしているけれど、マティスさんは息子想いの優しい父親だ。
まあ、こうした交流を通じて領主との関係をよくできたら……という下心も、ちょっとはあるのかもしれないけれど。
「こちらへどうぞ」
前と同じ居間に案内する。
あれから、居間にはランスロット様の絵を飾ったままだ。
ランスロット様は片付けろ、なんて言っていたけど、私とヴァレンティンさんで反対したのよね。
あんなに綺麗な絵を部屋の中にしまっているだけなんてもったいないもん。
ランスロット様は今まで描いた大量の絵を、全て自室にしまい込んでいる。
それも、どこか飾る場所があればいいのに、とは常々思っていることだ。
「お客様がいらっしゃいました」
居間の扉を開くと、中にいたランスロット様が立ち上がった。
「よくきてくれた。好きな席に座ってくれ」
穏やかな雰囲気のまま、招待客が着席する。
マティスさんがランスロット様になにか話しかけ、ランスロット様が微笑んだ。
なんだか、すごくいい雰囲気だわ!
「では、料理を持ってまいりますね」
◆
食事を終えた後、今回はすぐに招待客を帰さず、ワインを楽しむ時間をもうけた。
後片付けを終えてからサイモンさんも合流し、末席でワインを飲んでいる。
食器洗いなら私の仕事なのに、サイモンさんも真面目よね。
弟子として皿洗いは自分がやります! なんて言ったんだもん。
しかも、サイモンさんは食器洗いまで上手かった。
「うちの息子がお世話になっております」
ワインを飲んで、マティスさんがランスロット様に頭を下げる。
ランスロット様は笑顔で頷いた。
「かなり腕がいいと、ヴァレンティンから聞いている」
「そうなんですね。いや、確かにうちの息子は料理上手ですが……」
息子を褒められて、マティスさんも嬉しそうにしている。
「弟子入りの件、認めていただいてありがとうございます。
こんな田舎では、料理を学べる場もないですから」
マティスさんがそう言うと、離れた位置に座るサイモンさんも頷いた。
確かにここには、料理学校なんてものはないわね。
それどころか、飲食店すらほとんどないし……。
「息子はいつか、自分の店を持つのが夢だそうで。親としては応援したいんですが、しかし、ここから離れてしまうのは……」
「父さん!」
サイモンさんがやや慌てたようにそう言う。
顔にはあまり出ていないが、マティスさんはかなり酔っているのだろう。
居間に、微妙な空気が流れてしまう。
そりゃあそうよね。
次期村長と思われているサイモンさんが、自分の店を持ちたいだなんて。
「夢があるのはいいことだ」
ランスロット様がそう言って、場の空気が元に戻った。
マティスさんも安心したように息を吐く。
「ありがとうございます。でも僕、この村のことが好きで、だから、悩んでいるんです」
サイモンさんが苦しげな表情でそう言った。
「……じゃあ、ここでお店を開けばいいんじゃないですか?」
つい、私はそう言ってしまった。
みんなにとっては予想外の発言だったのか、全員の視線が集まってしまう。
「アリス、この村には飲食店なんてほとんどないんだぞ」
「だからこそ、作るのもいいと思いますけど」
この場にいる全員が、ぽかんとした顔を浮かべる。
え? 私、そんなに変なこと言っちゃった?
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