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第21話 メイド、ご主人様の頑張りを見る
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「あとはもう、デザートだけです」
ヴァレンティンさんが、緊張しきった顔で頷く。
ワゴンにデザートの皿をのせながら、私は安堵の息を吐いた。
最初はどうなるかと思っていたけれど、ランスロット様は予想以上に頑張っている。
会話が多いとは言えないし、気まずそうな空気はずっと漂っているけれど。
「はい。運んできますね」
デザートは、ヴァレンティンさん特製のシフォンケーキだ。
ふわふわとしていて、見ているだけでよだれが出そうになる。
「では、行ってきます」
◆
「デザートをお持ちしました」
私が居間へ入ると、みんなが安心したのが空気で分かった。
そろそろパーティーが終わるという事実に、招待客も主催者も安心したのだろう。
「どうぞ」
ランスロット様の前に皿を置く時、私はそっと耳元で囁いた。
「ご主人様、あとちょっとですね」
招待客には聞こえないような小さい声だ。
驚いたように私を見たランスロット様が、軽く頷いて笑う。
他の客の前にも皿をおく。ランスロット様が食べ始めたのを見てから、みんなが一斉にフォークを手にとった。
「これ……っ!」
一口食べた瞬間、感心したように声を漏らしたのはサイモンさんだった。
瞳がきらきらと輝いている。
「これも、どこかお店で買ったわけではなく、ここの使用人……ヴァレンティンさんが作ったものなんですよね!?」
興奮のあまり、サイモンさんは椅子から立ち上がった。
それを見た父親のマティスさんが、慌てたようにサイモンさんの名前を呼ぶ。
「サイモン! 申し訳ありません、領主様。息子が失礼なことを」
「失礼? デザートを褒めただけだろう」
ランスロット様はそう言うと嬉しそうな表情を浮かべた。
当たり前だよね。
ヴァレンティンさんの料理を褒められて、ランスロット様が喜ばないわけないもん。
「はい。あの、本当に美味しくて。ヴァレンティンさんから料理が得意だという話は聞いていたので、とても楽しみにしていたのです。
もちろんどれも美味しかったんですが、このシフォンケーキは特に……!」
サイモンさんはうっとりとした表情でシフォンケーキを見つめた。
サイモンさんとヴァレンティンさん、面識があったのね。
お互い料理をするし、食材を買う時に世間話でもしたのかも。
「弟子入りしたいくらい、本当に完璧な味で感動しました」
「ヴァレンティンに伝えておこう」
「ありがとうございます!」
マティスさんだけは焦っているようだが、空気がかなりよくなった気がする。
そうだ! ここで私がもっと……!
「サイモンさんは、料理が趣味だと言っていましたもんね」
私が口を開くと、招待客はやや驚いたような顔をした。
メイドはあくまで給仕係。会話に入り込んでくるとは思わなかったのだろう。
出過ぎた真似かもしれない。
でもこれは、私なりに考えての行動なのだ。
「趣味といえば、ご主人様は絵を描くのがお好きなんです」
そう言って、私は壁に飾ってある風景画を指差した。
「これも、ご主人様が自ら描かれた作品なんですよ」
「「「これが!? 画家の作品ではなく!?」」」
招待客が一斉にそう騒ぎ出して、なんだか私が誇らしい気分になった。
「ねえ、ご主人様」
「……ああ。俺が描いた」
ランスロット様が恥ずかしそうに笑う。
偏屈な伯爵でも気難しい領主でもなく、絵を褒められて喜ぶ一人の青年として。
「領主様」
口を開いたのはマティスさんだった。
張り詰めた声からは緊張が窺えるが、ランスロット様を見つめる瞳は期待で満ちているような気がした。
きっとマティスさんも村長として、ランスロット様と交流を持ちたいと思っていたのだわ。
「もしかしてこれは、この村の風景を描いたものですか?」
「ああ。俺の部屋から見える景色を描いたものだ」
マティスさんは息を呑み、そして、しみじみとした声で言った。
「私たちの暮らす村がこのように美しいところだったのだと、改めて気づかされました」
他の人たちも、マティスさんの言葉に何度も頷く。
「ああ。ここは……俺たちの村は、美しいところだ」
俺たち、と言ったランスロット様の声は震えていた。
「……今日お前たちをここへ招いたのは、話がしたかったからだ。
今まで、領主として何もできずにいてすまない」
立ち上がると、ランスロット様は頭を下げた。
「領主様!? 何を……! 頭を上げてください!」
みんながそう言っても、ランスロット様はしばらくの間頭を下げ続けていた。
どれくらい経っただろうか。顔を上げたランスロット様は、力強い声で言った。
「これからは領主として、お前たちと力を合わせていきたいと思っている」
まさかランスロット様が、こんな風に振る舞うなんて。
仕事をしないで給料をもらえるなんてラッキーじゃないの? なんて思っていた自分が少し恥ずかしい。
でも、そんな風に思っていたのなら、私に言ってくれたらよかったのに。
領主っぽいことがしたいのかな? なんて、ちょっと馬鹿みたいなこと考えちゃったじゃん。
まあでも、私が提案したパーティーがきっかけで、ランスロット様は素直な気持ちを言えたんだよね。
私、かなりいい仕事したな。
「頼りない領主かもしれないが、よろしく頼む」
再び、ランスロット様が頭を下げた。
今度は誰も、頭を上げてくださいなんて言わない。
代わりに、盛大な拍手がランスロット様を包んだ。
ヴァレンティンさんが、緊張しきった顔で頷く。
ワゴンにデザートの皿をのせながら、私は安堵の息を吐いた。
最初はどうなるかと思っていたけれど、ランスロット様は予想以上に頑張っている。
会話が多いとは言えないし、気まずそうな空気はずっと漂っているけれど。
「はい。運んできますね」
デザートは、ヴァレンティンさん特製のシフォンケーキだ。
ふわふわとしていて、見ているだけでよだれが出そうになる。
「では、行ってきます」
◆
「デザートをお持ちしました」
私が居間へ入ると、みんなが安心したのが空気で分かった。
そろそろパーティーが終わるという事実に、招待客も主催者も安心したのだろう。
「どうぞ」
ランスロット様の前に皿を置く時、私はそっと耳元で囁いた。
「ご主人様、あとちょっとですね」
招待客には聞こえないような小さい声だ。
驚いたように私を見たランスロット様が、軽く頷いて笑う。
他の客の前にも皿をおく。ランスロット様が食べ始めたのを見てから、みんなが一斉にフォークを手にとった。
「これ……っ!」
一口食べた瞬間、感心したように声を漏らしたのはサイモンさんだった。
瞳がきらきらと輝いている。
「これも、どこかお店で買ったわけではなく、ここの使用人……ヴァレンティンさんが作ったものなんですよね!?」
興奮のあまり、サイモンさんは椅子から立ち上がった。
それを見た父親のマティスさんが、慌てたようにサイモンさんの名前を呼ぶ。
「サイモン! 申し訳ありません、領主様。息子が失礼なことを」
「失礼? デザートを褒めただけだろう」
ランスロット様はそう言うと嬉しそうな表情を浮かべた。
当たり前だよね。
ヴァレンティンさんの料理を褒められて、ランスロット様が喜ばないわけないもん。
「はい。あの、本当に美味しくて。ヴァレンティンさんから料理が得意だという話は聞いていたので、とても楽しみにしていたのです。
もちろんどれも美味しかったんですが、このシフォンケーキは特に……!」
サイモンさんはうっとりとした表情でシフォンケーキを見つめた。
サイモンさんとヴァレンティンさん、面識があったのね。
お互い料理をするし、食材を買う時に世間話でもしたのかも。
「弟子入りしたいくらい、本当に完璧な味で感動しました」
「ヴァレンティンに伝えておこう」
「ありがとうございます!」
マティスさんだけは焦っているようだが、空気がかなりよくなった気がする。
そうだ! ここで私がもっと……!
「サイモンさんは、料理が趣味だと言っていましたもんね」
私が口を開くと、招待客はやや驚いたような顔をした。
メイドはあくまで給仕係。会話に入り込んでくるとは思わなかったのだろう。
出過ぎた真似かもしれない。
でもこれは、私なりに考えての行動なのだ。
「趣味といえば、ご主人様は絵を描くのがお好きなんです」
そう言って、私は壁に飾ってある風景画を指差した。
「これも、ご主人様が自ら描かれた作品なんですよ」
「「「これが!? 画家の作品ではなく!?」」」
招待客が一斉にそう騒ぎ出して、なんだか私が誇らしい気分になった。
「ねえ、ご主人様」
「……ああ。俺が描いた」
ランスロット様が恥ずかしそうに笑う。
偏屈な伯爵でも気難しい領主でもなく、絵を褒められて喜ぶ一人の青年として。
「領主様」
口を開いたのはマティスさんだった。
張り詰めた声からは緊張が窺えるが、ランスロット様を見つめる瞳は期待で満ちているような気がした。
きっとマティスさんも村長として、ランスロット様と交流を持ちたいと思っていたのだわ。
「もしかしてこれは、この村の風景を描いたものですか?」
「ああ。俺の部屋から見える景色を描いたものだ」
マティスさんは息を呑み、そして、しみじみとした声で言った。
「私たちの暮らす村がこのように美しいところだったのだと、改めて気づかされました」
他の人たちも、マティスさんの言葉に何度も頷く。
「ああ。ここは……俺たちの村は、美しいところだ」
俺たち、と言ったランスロット様の声は震えていた。
「……今日お前たちをここへ招いたのは、話がしたかったからだ。
今まで、領主として何もできずにいてすまない」
立ち上がると、ランスロット様は頭を下げた。
「領主様!? 何を……! 頭を上げてください!」
みんながそう言っても、ランスロット様はしばらくの間頭を下げ続けていた。
どれくらい経っただろうか。顔を上げたランスロット様は、力強い声で言った。
「これからは領主として、お前たちと力を合わせていきたいと思っている」
まさかランスロット様が、こんな風に振る舞うなんて。
仕事をしないで給料をもらえるなんてラッキーじゃないの? なんて思っていた自分が少し恥ずかしい。
でも、そんな風に思っていたのなら、私に言ってくれたらよかったのに。
領主っぽいことがしたいのかな? なんて、ちょっと馬鹿みたいなこと考えちゃったじゃん。
まあでも、私が提案したパーティーがきっかけで、ランスロット様は素直な気持ちを言えたんだよね。
私、かなりいい仕事したな。
「頼りない領主かもしれないが、よろしく頼む」
再び、ランスロット様が頭を下げた。
今度は誰も、頭を上げてくださいなんて言わない。
代わりに、盛大な拍手がランスロット様を包んだ。
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