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第14話 メイド、村のイケメンと出会う
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「やってしまった……」
勢いで屋敷を出てきてしまった。
行く場所なんてないし、仕事中だというのに。
でも、逃げずに立っていることができなかった。
笑って謝って、いつもみたいに流すことができなかったのだ。
男に媚を売って、施しをもらった。確かに、ランスロット様が言った通りのことを私はしたのかもしれない。
「でも、あんな言い方、しなくてもいいじゃん」
木陰に座り、体育座りになってまるまる。考えれば考えるほど、悔しくなってきて泣きそうになる。
おまけをもらえて、タダで食べ物を手に入れられて、褒めてもらえるだろうと思っていたのだ。
滅多に仕事で役に立てない私でも、ランスロット様やヴァレンティンさんの役に立てたのだと。
しかし、褒められるどころか、あんなことを言われてしまった。
「昔もああいうこと、よく言われてたな」
大学生の時、メイドカフェで働いていることがバレると、同級生にいろいろと言われた。
嫌なことを言ってくる人よりも褒めてくれたり、興味を持ってくれる人の方がずっと多かったけれど、中にはそうじゃない人もいた。
要するに、おじさんに媚売って、お金もらってるわけでしょ?
馬鹿にするようにそう言われたことは、一度や二度じゃない。
わざわざメイドカフェ用のSNSアカウントを特定されて、笑い者にされたことだってあった。
そういうのもあって、どんどん、大学の子たちとは関わるのが嫌になっちゃったんだよね……。
卒業を機に就職したみんなと違って、私はメイドカフェに残った。
それもあって、大学時代の知り合いとは疎遠になっていったのだ。
私はメイドカフェで働いてよかったと思うし、人気になれたことを誇りに思っている。
誰にでもできることじゃない。可愛さも愛嬌も、全部私の武器だ。
「でも、ああ言われるときついな……」
私の過去や私のいいところまで否定されてしまったような気がして、表情を取り繕えなかった。
「どうしよう。勝手に出てきて、怒ってないかな」
それとも、男に媚を売るようなメイドには呆れてしまったのだろうか。
元々、嫌ならいつでも出て行っていい、と言われていた。今回のメイドも出て行っただけだ、なんて、そう思っているのかもしれない。
ちょっとは、距離が縮まったと思ってたんだけどな。
私なりに頑張って、仲良くなろうとして。最近は、笑顔を見せてくれるようになって。
「私のことずっと、男に媚を売ってる奴って思ってたのかな」
そう考えるとますます辛くなってしまい、気分がひたすら沈んでいく。
「……あの」
いきなり、聞き覚えのない声が聞こえた。
慌てて顔を上げると、一人の青年と目が合う。
「大丈夫ですか?」
金髪碧眼の、爽やかな顔立ち。
正統派イケメン、という言葉がこれほど似合う人もなかなかいないだろう。
「悲しそうな顔をしているから……何かあったんですか?」
青年はそう言って、私の隣に腰を下ろした。
でも、すぐ近くじゃない。気を遣ってくれたのか、一人分スペースを空けてくれている。
「僕はサイモンです。マティス……この村の村長の息子の」
「サイモンさん……」
「貴女は?」
「……私はアリスです。サリヴァン伯爵のお屋敷で働いていて」
「ああ、伯爵の」
納得したようにサイモンさんは頷いた。見ない顔だと思っていたのだろう。
「伯爵様に、怒られてしまったんですか?」
どうやら、ランスロット様が怖いという話は村人にも広がっているようだ。
曖昧に頷くと、サイモンさんは大変でしたね、と優しい声で言ってくれた。
「元気がない時は甘い物、ですよ」
サイモンさんは笑顔でそう言うと、手に持っていた袋からカップケーキを一つ取り出した。
胡桃やレーズンが入っていて、美味しそうだ。
「これ、僕が作ったんです」
「貴方が?」
「ええ。実は僕、料理が趣味で。よかったら、食べてみてください」
知らない人からもらった物を食べてはいけない。
幼い子供でも知っていることだ。でもなぜか、サイモンさんを疑う気にはなれない。
彼が纏っている、穏やかで優しい雰囲気のおかげだろうか。
「ありがとう」
カップケーキの包装をとき、手で持ってみる。バターの甘い匂いに食欲が刺激されて、お腹が鳴ってしまった。
がぶっ、と勢いよく一口目を食べる。
濃厚なバターの味と、レーズンや胡桃がよく合う。
ヴァレンティンさんの料理も、もちろん美味しいけど、ちょっと健康志向なのよね。
こんなにバターをたっぷり使ったお菓子なんて、この世界にきてから初めて食べたわ。
あまりにも美味しくて、私は夢中になってカップケーキを食べてしまった。
「美味しかった!」
サイモンさんは私の言葉に、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「え、お礼を言うのは私ですよ!」
「いえ。美味しそうに自分が作った物を食べてもらえるのが、僕は一番嬉しいんです」
サイモンさんはにっこり笑った。
ランスロット様とは顔の系統が全然違うけど、この人もかなりのイケメンね。
それに、愛想の良さは比べるのも失礼なくらいだ。
「それに、アリスさんも笑ってくれて、よかったです」
あ……本当だ。
あんなに落ち込んでいたのに、いつの間にか笑っている。
食べ物の力って、偉大ね。
「あと少しだけ、ここで話しませんか」
いつも以上に、人の優しさが心に染みる。
私が頷くと、サイモンさんは明るい声で話し始めた。
勢いで屋敷を出てきてしまった。
行く場所なんてないし、仕事中だというのに。
でも、逃げずに立っていることができなかった。
笑って謝って、いつもみたいに流すことができなかったのだ。
男に媚を売って、施しをもらった。確かに、ランスロット様が言った通りのことを私はしたのかもしれない。
「でも、あんな言い方、しなくてもいいじゃん」
木陰に座り、体育座りになってまるまる。考えれば考えるほど、悔しくなってきて泣きそうになる。
おまけをもらえて、タダで食べ物を手に入れられて、褒めてもらえるだろうと思っていたのだ。
滅多に仕事で役に立てない私でも、ランスロット様やヴァレンティンさんの役に立てたのだと。
しかし、褒められるどころか、あんなことを言われてしまった。
「昔もああいうこと、よく言われてたな」
大学生の時、メイドカフェで働いていることがバレると、同級生にいろいろと言われた。
嫌なことを言ってくる人よりも褒めてくれたり、興味を持ってくれる人の方がずっと多かったけれど、中にはそうじゃない人もいた。
要するに、おじさんに媚売って、お金もらってるわけでしょ?
馬鹿にするようにそう言われたことは、一度や二度じゃない。
わざわざメイドカフェ用のSNSアカウントを特定されて、笑い者にされたことだってあった。
そういうのもあって、どんどん、大学の子たちとは関わるのが嫌になっちゃったんだよね……。
卒業を機に就職したみんなと違って、私はメイドカフェに残った。
それもあって、大学時代の知り合いとは疎遠になっていったのだ。
私はメイドカフェで働いてよかったと思うし、人気になれたことを誇りに思っている。
誰にでもできることじゃない。可愛さも愛嬌も、全部私の武器だ。
「でも、ああ言われるときついな……」
私の過去や私のいいところまで否定されてしまったような気がして、表情を取り繕えなかった。
「どうしよう。勝手に出てきて、怒ってないかな」
それとも、男に媚を売るようなメイドには呆れてしまったのだろうか。
元々、嫌ならいつでも出て行っていい、と言われていた。今回のメイドも出て行っただけだ、なんて、そう思っているのかもしれない。
ちょっとは、距離が縮まったと思ってたんだけどな。
私なりに頑張って、仲良くなろうとして。最近は、笑顔を見せてくれるようになって。
「私のことずっと、男に媚を売ってる奴って思ってたのかな」
そう考えるとますます辛くなってしまい、気分がひたすら沈んでいく。
「……あの」
いきなり、聞き覚えのない声が聞こえた。
慌てて顔を上げると、一人の青年と目が合う。
「大丈夫ですか?」
金髪碧眼の、爽やかな顔立ち。
正統派イケメン、という言葉がこれほど似合う人もなかなかいないだろう。
「悲しそうな顔をしているから……何かあったんですか?」
青年はそう言って、私の隣に腰を下ろした。
でも、すぐ近くじゃない。気を遣ってくれたのか、一人分スペースを空けてくれている。
「僕はサイモンです。マティス……この村の村長の息子の」
「サイモンさん……」
「貴女は?」
「……私はアリスです。サリヴァン伯爵のお屋敷で働いていて」
「ああ、伯爵の」
納得したようにサイモンさんは頷いた。見ない顔だと思っていたのだろう。
「伯爵様に、怒られてしまったんですか?」
どうやら、ランスロット様が怖いという話は村人にも広がっているようだ。
曖昧に頷くと、サイモンさんは大変でしたね、と優しい声で言ってくれた。
「元気がない時は甘い物、ですよ」
サイモンさんは笑顔でそう言うと、手に持っていた袋からカップケーキを一つ取り出した。
胡桃やレーズンが入っていて、美味しそうだ。
「これ、僕が作ったんです」
「貴方が?」
「ええ。実は僕、料理が趣味で。よかったら、食べてみてください」
知らない人からもらった物を食べてはいけない。
幼い子供でも知っていることだ。でもなぜか、サイモンさんを疑う気にはなれない。
彼が纏っている、穏やかで優しい雰囲気のおかげだろうか。
「ありがとう」
カップケーキの包装をとき、手で持ってみる。バターの甘い匂いに食欲が刺激されて、お腹が鳴ってしまった。
がぶっ、と勢いよく一口目を食べる。
濃厚なバターの味と、レーズンや胡桃がよく合う。
ヴァレンティンさんの料理も、もちろん美味しいけど、ちょっと健康志向なのよね。
こんなにバターをたっぷり使ったお菓子なんて、この世界にきてから初めて食べたわ。
あまりにも美味しくて、私は夢中になってカップケーキを食べてしまった。
「美味しかった!」
サイモンさんは私の言葉に、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「え、お礼を言うのは私ですよ!」
「いえ。美味しそうに自分が作った物を食べてもらえるのが、僕は一番嬉しいんです」
サイモンさんはにっこり笑った。
ランスロット様とは顔の系統が全然違うけど、この人もかなりのイケメンね。
それに、愛想の良さは比べるのも失礼なくらいだ。
「それに、アリスさんも笑ってくれて、よかったです」
あ……本当だ。
あんなに落ち込んでいたのに、いつの間にか笑っている。
食べ物の力って、偉大ね。
「あと少しだけ、ここで話しませんか」
いつも以上に、人の優しさが心に染みる。
私が頷くと、サイモンさんは明るい声で話し始めた。
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