偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません

八星 こはく

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第12話 メイド、ご主人様と話をする

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「ご主人様、失礼します」

 部屋の扉を数回ノックし、返事を確認してから、ゆっくりとランスロット様の部屋の扉を開ける。
 ランスロット様は絵を描いているところだった。

「どうかしたのか」
「その、ハーブティーをお持ちしました」

 用意したハーブティーをテーブルの上に置く。
 ありがとう、とランスロット様は言ってくれたけれど、視線はキャンバスへ向けられたままだ。

 話し相手になってほしいって、ヴァレンティンさんは言っていたけれど……。

 きっと、ランスロット様は話し相手を求めてなんていない。
 親から捨てられ、辺境に追いやられたと思っている彼は、心を閉ざしてしまったのかもしれない。

 今までここへきた子たちも、この話を聞いたのかな。
 それとも聞く前に、ここから逃げ出した?

「あの、ご主人様」
「なんだ?」
「えーっと……そうだ! アリスとお話、しません?」

 笑顔を作り、ランスロット様に近づいてみる。
 ランスロット様は呆れたように溜息を吐いた。

「ヴァレンティンが何か言ったのか?」
「そうじゃなくて、私がご主人様とお話ししたいんです。もっと仲良くなりたくて!」
「俺なんかと仲良くなってどうする?」

 ランスロット様は筆をおいて、じっと私を見つめた。

「俺はもっといい働き先を紹介してやることも、いい縁談を見つけてやることもできないぞ」
「……私、そんなこと、頼んでませんけど」

 そうか、とだけ言って、ランスロット様は目を逸らしてしまった。

 この世界のメイドは普通、そういうことを要求するのかしら?

「じゃあ、給料を上げてほしいのか。金の管理なら、俺じゃなくヴァレンティンに言え」
「違います」

 いや、まあ、給料は上げてくれるなら、上げてほしいけど。

「ならなんだ? 俺が哀れになったか? どうせ、ヴァレンティンに話を聞いたんだろう」

 確かに、話を聞いて大変だっただろうとは思った。
 母親に見捨てられ、厄介者として辺境へ送られてしまうなんて。
 でも……。

「哀れだなんて思いません。だって、ご主人様にはこの屋敷があるし、ヴァレンティンさんがいるじゃないですか」
「……は?」
「確かに辛い想いをしたんだろうとは思いましたけど。でも、伯爵様でお金には困らないし、好きなことをして一日過ごせるんですよ?」

 この世界の大半の人間はそうじゃないはずだ。
 私が生まれ変わったアリスだって、金のためにこうして家を離れ、住み込みで働いているわけだし。

「結構、幸せじゃないですか?」

 幸いなことに、ランスロット様はヴァレンティンさんという理解者もいる。
 親との関係はさておき、今の彼が不幸だなんて思えない。

 いきなり、ランスロット様が大笑いし始めた。

 え? なに? 私、変なこと言った?
 平民で貧乏で働きに出ている私が、伯爵様を可哀想だと思う方がおかしくない?

「やっぱりお前は、面白い奴だな」
「え?」
「確かに、お前の言う通りかもしれない」

 ランスロット様は笑顔で私を見つめた。
 甘い、とろけるような笑顔だ。

 どうしよう、やっぱりめちゃくちゃ格好いい。

「俺は、幸せかもしれないな」
「き、きっとそうですよ。ほら、今は私みたいな、最高に可愛いメイドもいるわけですし?」

 いつもならこんな台詞、作り物の笑顔で簡単に言えるはずだ。
 なのになぜか、今は顔が熱い。

「そうだな」

 否定もせず、ランスロット様は頷いた。

「お前は可愛い」

 少しかがんで、わざわざ私に目線を合わせて、ランスロット様はそう言った。
 あまりの破壊力に、立っていられなくなりそうだ。

「なんだ。お前、褒められ慣れてないのか?」
「い、いや、そんなわけないじゃないですか! こんなに可愛いのに!」
「そうか。顔が赤いぞ」

 口元に手を当て、ランスロット様はくすっと笑った。

 おかしい。こんなの、いつもの私じゃない。
 可愛いなんて言葉は、挨拶よりも多く聞いてきた。
 メイドカフェで働いていた時なんて、何をしても可愛い可愛いとお客さんに褒めてもらっていたのだから。

 なのにどうして、ランスロット様の言葉に、こうも心が乱されてしまうのだろう。

「わ、私、仕事がありますので……!」
「話をするんじゃなかったのか?」

 笑いながら言ってくるランスロット様に背を向けて、私は早足で部屋を出た。
 扉を閉めた瞬間、その場に座り込んでしまう。

「……だめじゃん、私」

 好みのイケメンに……ランスロット様に溺愛されるために頑張る、と決めていたのに。

「ただただ、私が好きになっちゃいそうなんだけど」

 心を落ち着かせるために、座ったまま深呼吸を繰り返す。
 心臓の音がうるさくて、私はなかなか立ち上がることができなかった。
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