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第2話 メイド、お屋敷へ向かう
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がたっ、がたっ、と馬車は勢いよく揺れる。
おまけに馬車はぎゅうぎゅう詰めで、息苦しいことこの上ない。
私の荷物は、小さな麻袋一つだけ。中に入っているのは着替えとわずかな化粧道具のみだ。
家を出てすぐ、私は馬車に乗せられた。しかし、想像していたような、優雅な馬車ではない。
個人で馬車を借りるのはかなり高価らしく、私は伯爵家近くまで行く相乗りの馬車に乗ったのだ。
こんなのもう、満員電車と同じじゃない……!
遠ざかっていくアリスの故郷には何も感じない。たいした時間を過ごしていないから当たり前である。
まあ、母親や祖母と離れられるっていうのは、それはそれでよかったのかもしれないな。
アリスとしての記憶がない以上、二人に全く怪しまれず、一緒に生活していくのは厳しい。
それを考えると、家を出られてよかった面もあるだろう。
でも、サリヴァン伯爵って、怖いって有名らしいのよね。
私の前にも何人もメイドとして働きに行った人がいたけれど、全員逃げ帰ってきたのだと母親は言っていた。
「逃げ帰ってもなあ……」
別にあの家が、安心できる実家ってわけじゃない。
けれど家も捨て、祖母の薬代のことも忘れて全く違うところへ行くのは気が引ける。
暗い気持ちになりそうなところで、私は自分の両頬を叩いた。
心配しなくても大丈夫よ。だって私、可愛いもん。
私は貧乏な平民の娘に転生してしまったけれど、顔は相変わらず可愛かった。
しかも17歳という若さを持っているようだ。
メイドカフェにだって、面倒なお客さんや変なお客さんはいっぱいきた。でも私は、そんなお客さんにも好きになってもらい、チェキを撮らせてきた。
だから、大丈夫だ。
◆
「嘘でしょ。この坂をのぼるの?」
馬車が止まったのは、村の前にある大きい道だった。
他の乗客は一斉に村の中へ入っていったし、私もとりあえず入ってみた。
だが私の目的地は村の奥深くにあり、かなり急な坂道をのぼらなければならないのだ。
間違いじゃないよね? と何度も地図を確認する。
けれど何度瞬きを繰り返しても、地図は変わってくれない。
「最悪……」
ぎゅうぎゅう詰めの馬車に乗って、その上、こんなに激しい坂をのぼらなければならないなんて。
おまけに、背中を突き刺すような日差しはかなりきつい。
「行くしかないけどさあ」
まあ、若くなった分、少しはきつくなくなっているはずだ、たぶん。
◆
驚いたことに、坂をのぼり終わっても、私の呼吸は一切乱れていなかった。
どうやらこのアリスという少女は、かなり体力があるようだ。
貧乏で、家族は病弱だもの。いろいろと動きまわっていたのかもしれないわね。
仕事の時以外は家の中で引きこもって過ごしていた私とは大違いである。
アリスの身体に感謝しつつ、私は屋敷の前に立った。
「……これが、伯爵家なの?」
坂の上に、屋敷は一つしかない。だから、目的の建物はこれに決まっている。
しかし、どう見ても伯爵家の屋敷ではないのだ。
ぼろいわけでも、汚いわけでもない。庭だって、きちんと整備されているのが分かる。
けれど、伯爵家の屋敷というには、あまりにも小さいのではないか。
ここへくる途中、村の中で同じくらいの大きさの屋敷を何軒か見た。
つまりこの伯爵家の屋敷は、裕福な平民の屋敷とさほど変わらないのだ。
私が混乱していると、屋敷の扉がゆっくりと開いた。
慌てて、背筋をピンと伸ばす。
「おお。貴女が、新しいメイドですね?」
見事なまでの白髪に、立派な顎髭。
年齢は70歳を越えているだろうが、たくましい肉体は健康そのものを表しているようだ。
まさかこの人が、伯爵様?
「はい。アリスと申します」
「きてくれてありがとうございます、アリスさん。きっと、坊ちゃんも喜ぶでしょう」
坊ちゃん?
じゃあ、この人が伯爵様ってわけじゃないのね。
「私はヴァレンティン。坊ちゃんが生まれた時からお傍でお仕えしている、ここの使用人です。何かあったら、すぐに私に聞いてください」
「ありがとうございます。えっと……」
おそらく、この人がここの使用人をとりまとめているのだろう。
「……他の、メイドとかって?」
屋敷から他の人が出てくる様子はない。それに、わざわざこの人が私を出迎えにきたというのも、少しだけ引っかかった。
「ああ。ここにいる使用人は、私だけなんです。今日で二人になって、よかったですよ」
私の目を見て、ヴァレンティンさんは穏やかに微笑んだ。あまりにも優しい微笑みに安心しそうになってしまう。
使用人が、たったの二人?
伯爵様のお屋敷なのに?
「坊ちゃんはこちらです」
ヴァレンティンさんに従い、私は不安な気持ちになりながらも、屋敷の中へ足を踏み入れた。
おまけに馬車はぎゅうぎゅう詰めで、息苦しいことこの上ない。
私の荷物は、小さな麻袋一つだけ。中に入っているのは着替えとわずかな化粧道具のみだ。
家を出てすぐ、私は馬車に乗せられた。しかし、想像していたような、優雅な馬車ではない。
個人で馬車を借りるのはかなり高価らしく、私は伯爵家近くまで行く相乗りの馬車に乗ったのだ。
こんなのもう、満員電車と同じじゃない……!
遠ざかっていくアリスの故郷には何も感じない。たいした時間を過ごしていないから当たり前である。
まあ、母親や祖母と離れられるっていうのは、それはそれでよかったのかもしれないな。
アリスとしての記憶がない以上、二人に全く怪しまれず、一緒に生活していくのは厳しい。
それを考えると、家を出られてよかった面もあるだろう。
でも、サリヴァン伯爵って、怖いって有名らしいのよね。
私の前にも何人もメイドとして働きに行った人がいたけれど、全員逃げ帰ってきたのだと母親は言っていた。
「逃げ帰ってもなあ……」
別にあの家が、安心できる実家ってわけじゃない。
けれど家も捨て、祖母の薬代のことも忘れて全く違うところへ行くのは気が引ける。
暗い気持ちになりそうなところで、私は自分の両頬を叩いた。
心配しなくても大丈夫よ。だって私、可愛いもん。
私は貧乏な平民の娘に転生してしまったけれど、顔は相変わらず可愛かった。
しかも17歳という若さを持っているようだ。
メイドカフェにだって、面倒なお客さんや変なお客さんはいっぱいきた。でも私は、そんなお客さんにも好きになってもらい、チェキを撮らせてきた。
だから、大丈夫だ。
◆
「嘘でしょ。この坂をのぼるの?」
馬車が止まったのは、村の前にある大きい道だった。
他の乗客は一斉に村の中へ入っていったし、私もとりあえず入ってみた。
だが私の目的地は村の奥深くにあり、かなり急な坂道をのぼらなければならないのだ。
間違いじゃないよね? と何度も地図を確認する。
けれど何度瞬きを繰り返しても、地図は変わってくれない。
「最悪……」
ぎゅうぎゅう詰めの馬車に乗って、その上、こんなに激しい坂をのぼらなければならないなんて。
おまけに、背中を突き刺すような日差しはかなりきつい。
「行くしかないけどさあ」
まあ、若くなった分、少しはきつくなくなっているはずだ、たぶん。
◆
驚いたことに、坂をのぼり終わっても、私の呼吸は一切乱れていなかった。
どうやらこのアリスという少女は、かなり体力があるようだ。
貧乏で、家族は病弱だもの。いろいろと動きまわっていたのかもしれないわね。
仕事の時以外は家の中で引きこもって過ごしていた私とは大違いである。
アリスの身体に感謝しつつ、私は屋敷の前に立った。
「……これが、伯爵家なの?」
坂の上に、屋敷は一つしかない。だから、目的の建物はこれに決まっている。
しかし、どう見ても伯爵家の屋敷ではないのだ。
ぼろいわけでも、汚いわけでもない。庭だって、きちんと整備されているのが分かる。
けれど、伯爵家の屋敷というには、あまりにも小さいのではないか。
ここへくる途中、村の中で同じくらいの大きさの屋敷を何軒か見た。
つまりこの伯爵家の屋敷は、裕福な平民の屋敷とさほど変わらないのだ。
私が混乱していると、屋敷の扉がゆっくりと開いた。
慌てて、背筋をピンと伸ばす。
「おお。貴女が、新しいメイドですね?」
見事なまでの白髪に、立派な顎髭。
年齢は70歳を越えているだろうが、たくましい肉体は健康そのものを表しているようだ。
まさかこの人が、伯爵様?
「はい。アリスと申します」
「きてくれてありがとうございます、アリスさん。きっと、坊ちゃんも喜ぶでしょう」
坊ちゃん?
じゃあ、この人が伯爵様ってわけじゃないのね。
「私はヴァレンティン。坊ちゃんが生まれた時からお傍でお仕えしている、ここの使用人です。何かあったら、すぐに私に聞いてください」
「ありがとうございます。えっと……」
おそらく、この人がここの使用人をとりまとめているのだろう。
「……他の、メイドとかって?」
屋敷から他の人が出てくる様子はない。それに、わざわざこの人が私を出迎えにきたというのも、少しだけ引っかかった。
「ああ。ここにいる使用人は、私だけなんです。今日で二人になって、よかったですよ」
私の目を見て、ヴァレンティンさんは穏やかに微笑んだ。あまりにも優しい微笑みに安心しそうになってしまう。
使用人が、たったの二人?
伯爵様のお屋敷なのに?
「坊ちゃんはこちらです」
ヴァレンティンさんに従い、私は不安な気持ちになりながらも、屋敷の中へ足を踏み入れた。
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