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Episode 6【碧-Ao-】
#47
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「ふぇ……今の、何……?」
少女は頭の整理がつかず呆然とした様子でいる。
ルナも変身が解けた事に驚いて自身の身体をあちこち見回していた。
ルナは魔力感知能力を発動させてもう一度少女の宝石を確認すると、魔力の穢れが無くなった事で霞が取れ、宝石がくっきりと視えるようになっていた。
「ボクの魔法……」
「ふぇ?」
「浄化魔法。キミの宝石を浄化したんだ。キミは人間じゃない。人間の姿に変化した宝石なんだ」
少女はキョトンとした顔で首を傾げる。
人間は機械であるルナから攻撃を直で受けて平気でいられないと説明する。
少女の体調を伺ってみると、心身共に少しだけ軽くなったと答えてくれた。
それでもぎこちない表情は変わらない。
「さっき、都会に居た時に何度も身体が光ったって言ってたよね? 具体的にどんな時だった?」
「確か……人が寄ってきて、怖いって思った時……だったかな……」
ルナは顎に手を置いて考える。
――アマゾナイト……希望の石……。
「もしかしたら、キミの魔法は願いを叶える魔法なのかも……? キミの魔法がキミ自身を守ったって事も考えられそう……」
「……でも、ずっと辛い事ばかりだったよ?」
「それはきっと都会にある瘴気のせいだねぇ……。人の住む場所って闇属性の魔力が生まれやすいって聞くから」
少女は目を見開き戦慄を覚えた様子を見せた。
静まり返っているこの森はあっという間に闇深くなり、ミシッという音が何処からか聞こえた。
より一層恐怖を上書きさせてしまったようだ。
――話題を変えた方が良さそうだなぁ……あ、そうだ!
「そういえば、キミの名前は? あ、ボクはルナって言うんだ」
「名前……? わかんない。何も、わかんない……かも……」
少女はしょぼんとした顔で俯いた。
ルナはふとソレイユが話していた事を思い出す。
ソレイユとクリスタが目覚めたばかりの頃は、今と変わらぬ姿ではあったが、言葉も交わせぬほど知識の無い赤ん坊同然の状態だったらしい。
その話と照らし合わせても、少女は多少の知識があるように伺える。
ソレイユに宿していた魔力の中に彼女の知識が混ざっていると考えても可笑しくないのかもしれない。
――もしこの仮説が合っているとしたら、本来のボクの人工知能と魔力感知能力を合わせたら、何かが視えるんじゃないか……?
「ねぇ、もう一度宝石を視てもいい? キミの名前に繋がるものがないか調べてみるよ」
「ふぇ? うん……いいよ」
ルナはもう一度右手を少女の宝石に翳し、魔力感知能力を発動させる。
――えっ……こ、これって……。
真っ先に目が行ったのは粗い亀裂が数本入ったクラックストーン。
ソレイユから名前だけ聞かされていたものだ。
それがどういう事を示すのかを少しだけ察してしまい、ルナは自分に嫌気がさした。
――今は目の前の事に集中しよう。……解析機能を起動させてみるか。
目を瞑り、魔力を通じて視る宝石全体を解析する。
ルナにはパソコンの画面のようなものがものが同時に視えており、画面の中の宝石の近くに文字が浮かび上がってくる。
その文字の一つはアマゾナイトと書かれていた。
――そうだなぁ。これをこうしたら……。
ルナの頭の内で色んな入力と情報が飛び交う事二分程、解析が終わり、ため息と同時にゆっくりと目を開いた。
少女は不安気な様子でルナを見つめている。
「……碧。キミの名前は『碧』だよ。キミの宝石と同じ碧色だ」
「碧……」
「これからよろしくね、碧」
「……こちらこそ。ありがとう、ルナ」
二人がぎこちなく笑い合ったその時だった。
少女の――碧の体内から優しい光が放出される。
それはベールのように柔らかそうな光だった。
光のベールは空中に何処までも広がっていく。
そしてある程度広がったそれは彼女の身体を繭のように包み込んでいった。
「何これ……どうなってるの……?」
ルナは理解するまで少し時間がかかった。
表情が怖ばってしまった碧を、彼女の魔法が包み込むこの事態。
アマゾナイト本来の効果と精神状態が両極端であるせいで、淡く光るこのベールは彼女の意思を無視して自身を覆い隠そうとしている。
希望をもたらす宝石は希望を導く存在であるべきだと。
つまり光属性の能力が暴走していると受け止めていいだろうとルナは結論付けた。
「そんな……こんなのってあんまりだよ……。ボク達、出会ったばっかじゃん……!!」
魔力を溜めた両手でベールを払おうとする。
ルナの魔力も光属性。
それは魔石として目覚めた頃、ソレイユから直接言われた事なので間違いない。
ルナはだんだん怖くなり、息を荒らして両手を動かす。
何度ベールに触れようとしても振り払う事さえ叶わなかった。
羽衣のような薄いベールは徐々に彼女を覆い隠して輝きを増していく。
――どうしよう、もう時間が無い!
「碧……! 碧、聞いて! ボク達はもう友達だ! 今は無理でも、必ず救けに行く! 必ずキミを守るから……だから……だからっ……」
《どうか忘れないで。今日というこの日、ボクとキミが出会った特別な日を》
ルナが伝え終わったと同時に、碧の身体から放出されていた光は収まった。
ルナは息を切らしながら魔力感知能力を発動させる。
彼女の身体は先程より眩い光のベールでしっかりと覆われてしまい、宝石ですら視る事が叶わなくなってしまった。
自分はなんて無力なんだと、歯を食いしばり、拳に力が入る。
ルナはこれ以上にないくらい自分を責めた。
そう思ったのは今回で二度目だ。
「ルナ、ありがとう。私は大丈夫だよ」
そう言った碧の姿にルナは戦慄が走った。
先程の彼女と、表面上の彼女の姿が揺らいで視える。
その揺らぎは不定期で、それがないと閉じ込められた碧の姿を視る事が叶わない。
最初から何事も無かったかのように微笑む姿はまるで天使のようだ。
「ああああああああぁぁぁっ……!」
膝から崩れ落ち、両手で顔を隠して、咽び泣いた。
助けられたと思い込んでいた。
自分の行いに後悔と罪悪感か渦巻き、痛覚のない身体であるにも関わらず胸が痛い。
泣き崩れるルナを、碧は優しい眼差しを向けながら背中をさすっていた。
◆
あの日以来、悔しさを握り締めたまま今日までを過ごしている。
ルナは自分を落ち着かせる為に立ち上がると、窓の近くへ行き大きなため息を吐いた。
今出て行ってしまえば自分がどうなるかわからない。
何より自ら頼んだ事だ。
修理の危険性を含めて藍凛を放って出て行くわけにはいかない。
そして、起動中の室内にルナは入れない為、藍凛を呼ぶ事も叶わない。
魔力感知能力で様子を伺う事しか出来ないのだ。
――どうして……。
「どうして、ボクじゃないんだろう……」
ルナは内壁側に三角座りで俯いて、紛い物の呼吸を感じ取っていた。
◆
同時刻。
黒斗は上空の映像から目を逸らす事が出来ず、今も身体が動かせない現状に自ら驚いていた。
映像は碧を斜め前へ見下ろしている。
辺りを見渡した碧は頭を抱え、目を見開き、泣き叫んでいた。
音は聴こえない。ただただ映像が流れているだけだ。
彼女の意思がそれを拒絶しているかのように無音を貫いている。
大通りを歩いている人々が一斉に振り向いた。
向けられた視線はどれも迷惑だと言わんばかりに不快な表情を浮かべている。
離れた場所からでも十分見える程、碧の身体が震えていた。
人々の口が動いている。何を発しているのかを聴き取れてしまう程、突き放した言葉が視える。
ミシッという音が何処からか聴こえたような気がした。
逃げ出す彼女を映像越しに視る黒斗にもその辛さが伝わってくる。
ふらつきながら逃げ回る碧を、周りは冷ややかな目で睨みつける。
よそ見をしていると誰かとぶつかり、罵声を浴びていた。
声は聴こえないのに荒々しさが伝わってくる。
そんな場面が暫く続き、映像は暗い夜に変わった。
十階建て程の高いビルが街を輝かせており、夜空には星一つすらない。
同じ人間が暮らす場所なのに、黒斗が目覚めた港街とは別世界のようだった。
碧は暗い路地裏に身を潜めている。
虚ろな目を地面へ向けて疲弊しきっていた。
「え……」
黒斗は目を見開いたまま崩れ落ちる。
映像の中で、男に襲われそうになる光景が流れていた。
その度に碧の身体が眩い光を放ち、目が眩んだ隙に逃げる。
それが幾度も繰り返されている。
中には良心で声をかけたであろう人も映ってはいたが、あの状況で手を掴む勇気など出なかっただろう。
「…………」
野宿で仮眠を取ろうにも、闇が深まった時間帯でさえ人が動いている。
映像が進むにつれて碧の顔も窶れていった。
ミシッミシッという音がまた聴こえる。
――さっきから聴こえるこの音は何だ……?
異変に気付いた時の音とも違う聴こえ方がする。
黒斗の胸が更にざわついた。
そうして数日が経った頃だろう。
映像は都会から抜け出し、森の中を宛もなくとぼとぼと歩き回っている場面に切り替わった。
――!?
湖の奥へ向かって進んでいく姿があり、黒斗は思わず息を飲んだ。
鼓動が重くのしかかると同時に彼女が何をしようとしているのかを察してしまった。
一歩、一歩、ゆっくりと前へ進む彼女を、犬の姿になったルナが後ろから勢いよくぶつかり、その小さな身体で碧を陸へ連れて行く。
その後はおそらく、ルナに経緯を話し、浄化され、名前を視てもらったのだろう。
声が聴こえなくても会話の内容は大体把握出来た。
そして映像は事の発端となったであろう場面に移る。
ルナが切羽詰まった顔でもがき、泣き崩れている姿を初めて目の当たりにし、黒斗の心にもその悔しさが届いた。
「ごめん、ルナ……。私、もう無理かもしれない……」
涙声で呟く碧の声が聞こえる。
その声は紛れもない、目の前で座り込んでいる碧の声だ。
彼女は先程よりも息苦しそうにしている。
――助けに行かないと……。
そう解ってはいても身体が言う事を聞かない。
そして身体が動いたとしても、救う方法が見つからない。
『……希望なんて言葉は大嫌いだ』
何処からか碧の声が聴こえる。
今度は目の前の彼女ではない、少し響いた声だ。
周囲を見回したがこれと言った変化はない。
おそらく、映像の中の碧の声だろう。
映像は見覚えのある景色――黒斗がルナ達と初めて出会った場所を映し出していた。
酷く窶れた顔をした自分が情けないと、映像を視ながら黒斗は苦笑する。
映像は慌てて逃げ出す黒斗を、碧が必死で追いかけているシーンへ移った。
道中、彼女の身体が淡く光っていた。
『あの時、どうして追いかけたのかはわからない。だけど、私と似ている気がした彼を、独りにさせちゃいけないと思ったんだ……』
少女は頭の整理がつかず呆然とした様子でいる。
ルナも変身が解けた事に驚いて自身の身体をあちこち見回していた。
ルナは魔力感知能力を発動させてもう一度少女の宝石を確認すると、魔力の穢れが無くなった事で霞が取れ、宝石がくっきりと視えるようになっていた。
「ボクの魔法……」
「ふぇ?」
「浄化魔法。キミの宝石を浄化したんだ。キミは人間じゃない。人間の姿に変化した宝石なんだ」
少女はキョトンとした顔で首を傾げる。
人間は機械であるルナから攻撃を直で受けて平気でいられないと説明する。
少女の体調を伺ってみると、心身共に少しだけ軽くなったと答えてくれた。
それでもぎこちない表情は変わらない。
「さっき、都会に居た時に何度も身体が光ったって言ってたよね? 具体的にどんな時だった?」
「確か……人が寄ってきて、怖いって思った時……だったかな……」
ルナは顎に手を置いて考える。
――アマゾナイト……希望の石……。
「もしかしたら、キミの魔法は願いを叶える魔法なのかも……? キミの魔法がキミ自身を守ったって事も考えられそう……」
「……でも、ずっと辛い事ばかりだったよ?」
「それはきっと都会にある瘴気のせいだねぇ……。人の住む場所って闇属性の魔力が生まれやすいって聞くから」
少女は目を見開き戦慄を覚えた様子を見せた。
静まり返っているこの森はあっという間に闇深くなり、ミシッという音が何処からか聞こえた。
より一層恐怖を上書きさせてしまったようだ。
――話題を変えた方が良さそうだなぁ……あ、そうだ!
「そういえば、キミの名前は? あ、ボクはルナって言うんだ」
「名前……? わかんない。何も、わかんない……かも……」
少女はしょぼんとした顔で俯いた。
ルナはふとソレイユが話していた事を思い出す。
ソレイユとクリスタが目覚めたばかりの頃は、今と変わらぬ姿ではあったが、言葉も交わせぬほど知識の無い赤ん坊同然の状態だったらしい。
その話と照らし合わせても、少女は多少の知識があるように伺える。
ソレイユに宿していた魔力の中に彼女の知識が混ざっていると考えても可笑しくないのかもしれない。
――もしこの仮説が合っているとしたら、本来のボクの人工知能と魔力感知能力を合わせたら、何かが視えるんじゃないか……?
「ねぇ、もう一度宝石を視てもいい? キミの名前に繋がるものがないか調べてみるよ」
「ふぇ? うん……いいよ」
ルナはもう一度右手を少女の宝石に翳し、魔力感知能力を発動させる。
――えっ……こ、これって……。
真っ先に目が行ったのは粗い亀裂が数本入ったクラックストーン。
ソレイユから名前だけ聞かされていたものだ。
それがどういう事を示すのかを少しだけ察してしまい、ルナは自分に嫌気がさした。
――今は目の前の事に集中しよう。……解析機能を起動させてみるか。
目を瞑り、魔力を通じて視る宝石全体を解析する。
ルナにはパソコンの画面のようなものがものが同時に視えており、画面の中の宝石の近くに文字が浮かび上がってくる。
その文字の一つはアマゾナイトと書かれていた。
――そうだなぁ。これをこうしたら……。
ルナの頭の内で色んな入力と情報が飛び交う事二分程、解析が終わり、ため息と同時にゆっくりと目を開いた。
少女は不安気な様子でルナを見つめている。
「……碧。キミの名前は『碧』だよ。キミの宝石と同じ碧色だ」
「碧……」
「これからよろしくね、碧」
「……こちらこそ。ありがとう、ルナ」
二人がぎこちなく笑い合ったその時だった。
少女の――碧の体内から優しい光が放出される。
それはベールのように柔らかそうな光だった。
光のベールは空中に何処までも広がっていく。
そしてある程度広がったそれは彼女の身体を繭のように包み込んでいった。
「何これ……どうなってるの……?」
ルナは理解するまで少し時間がかかった。
表情が怖ばってしまった碧を、彼女の魔法が包み込むこの事態。
アマゾナイト本来の効果と精神状態が両極端であるせいで、淡く光るこのベールは彼女の意思を無視して自身を覆い隠そうとしている。
希望をもたらす宝石は希望を導く存在であるべきだと。
つまり光属性の能力が暴走していると受け止めていいだろうとルナは結論付けた。
「そんな……こんなのってあんまりだよ……。ボク達、出会ったばっかじゃん……!!」
魔力を溜めた両手でベールを払おうとする。
ルナの魔力も光属性。
それは魔石として目覚めた頃、ソレイユから直接言われた事なので間違いない。
ルナはだんだん怖くなり、息を荒らして両手を動かす。
何度ベールに触れようとしても振り払う事さえ叶わなかった。
羽衣のような薄いベールは徐々に彼女を覆い隠して輝きを増していく。
――どうしよう、もう時間が無い!
「碧……! 碧、聞いて! ボク達はもう友達だ! 今は無理でも、必ず救けに行く! 必ずキミを守るから……だから……だからっ……」
《どうか忘れないで。今日というこの日、ボクとキミが出会った特別な日を》
ルナが伝え終わったと同時に、碧の身体から放出されていた光は収まった。
ルナは息を切らしながら魔力感知能力を発動させる。
彼女の身体は先程より眩い光のベールでしっかりと覆われてしまい、宝石ですら視る事が叶わなくなってしまった。
自分はなんて無力なんだと、歯を食いしばり、拳に力が入る。
ルナはこれ以上にないくらい自分を責めた。
そう思ったのは今回で二度目だ。
「ルナ、ありがとう。私は大丈夫だよ」
そう言った碧の姿にルナは戦慄が走った。
先程の彼女と、表面上の彼女の姿が揺らいで視える。
その揺らぎは不定期で、それがないと閉じ込められた碧の姿を視る事が叶わない。
最初から何事も無かったかのように微笑む姿はまるで天使のようだ。
「ああああああああぁぁぁっ……!」
膝から崩れ落ち、両手で顔を隠して、咽び泣いた。
助けられたと思い込んでいた。
自分の行いに後悔と罪悪感か渦巻き、痛覚のない身体であるにも関わらず胸が痛い。
泣き崩れるルナを、碧は優しい眼差しを向けながら背中をさすっていた。
◆
あの日以来、悔しさを握り締めたまま今日までを過ごしている。
ルナは自分を落ち着かせる為に立ち上がると、窓の近くへ行き大きなため息を吐いた。
今出て行ってしまえば自分がどうなるかわからない。
何より自ら頼んだ事だ。
修理の危険性を含めて藍凛を放って出て行くわけにはいかない。
そして、起動中の室内にルナは入れない為、藍凛を呼ぶ事も叶わない。
魔力感知能力で様子を伺う事しか出来ないのだ。
――どうして……。
「どうして、ボクじゃないんだろう……」
ルナは内壁側に三角座りで俯いて、紛い物の呼吸を感じ取っていた。
◆
同時刻。
黒斗は上空の映像から目を逸らす事が出来ず、今も身体が動かせない現状に自ら驚いていた。
映像は碧を斜め前へ見下ろしている。
辺りを見渡した碧は頭を抱え、目を見開き、泣き叫んでいた。
音は聴こえない。ただただ映像が流れているだけだ。
彼女の意思がそれを拒絶しているかのように無音を貫いている。
大通りを歩いている人々が一斉に振り向いた。
向けられた視線はどれも迷惑だと言わんばかりに不快な表情を浮かべている。
離れた場所からでも十分見える程、碧の身体が震えていた。
人々の口が動いている。何を発しているのかを聴き取れてしまう程、突き放した言葉が視える。
ミシッという音が何処からか聴こえたような気がした。
逃げ出す彼女を映像越しに視る黒斗にもその辛さが伝わってくる。
ふらつきながら逃げ回る碧を、周りは冷ややかな目で睨みつける。
よそ見をしていると誰かとぶつかり、罵声を浴びていた。
声は聴こえないのに荒々しさが伝わってくる。
そんな場面が暫く続き、映像は暗い夜に変わった。
十階建て程の高いビルが街を輝かせており、夜空には星一つすらない。
同じ人間が暮らす場所なのに、黒斗が目覚めた港街とは別世界のようだった。
碧は暗い路地裏に身を潜めている。
虚ろな目を地面へ向けて疲弊しきっていた。
「え……」
黒斗は目を見開いたまま崩れ落ちる。
映像の中で、男に襲われそうになる光景が流れていた。
その度に碧の身体が眩い光を放ち、目が眩んだ隙に逃げる。
それが幾度も繰り返されている。
中には良心で声をかけたであろう人も映ってはいたが、あの状況で手を掴む勇気など出なかっただろう。
「…………」
野宿で仮眠を取ろうにも、闇が深まった時間帯でさえ人が動いている。
映像が進むにつれて碧の顔も窶れていった。
ミシッミシッという音がまた聴こえる。
――さっきから聴こえるこの音は何だ……?
異変に気付いた時の音とも違う聴こえ方がする。
黒斗の胸が更にざわついた。
そうして数日が経った頃だろう。
映像は都会から抜け出し、森の中を宛もなくとぼとぼと歩き回っている場面に切り替わった。
――!?
湖の奥へ向かって進んでいく姿があり、黒斗は思わず息を飲んだ。
鼓動が重くのしかかると同時に彼女が何をしようとしているのかを察してしまった。
一歩、一歩、ゆっくりと前へ進む彼女を、犬の姿になったルナが後ろから勢いよくぶつかり、その小さな身体で碧を陸へ連れて行く。
その後はおそらく、ルナに経緯を話し、浄化され、名前を視てもらったのだろう。
声が聴こえなくても会話の内容は大体把握出来た。
そして映像は事の発端となったであろう場面に移る。
ルナが切羽詰まった顔でもがき、泣き崩れている姿を初めて目の当たりにし、黒斗の心にもその悔しさが届いた。
「ごめん、ルナ……。私、もう無理かもしれない……」
涙声で呟く碧の声が聞こえる。
その声は紛れもない、目の前で座り込んでいる碧の声だ。
彼女は先程よりも息苦しそうにしている。
――助けに行かないと……。
そう解ってはいても身体が言う事を聞かない。
そして身体が動いたとしても、救う方法が見つからない。
『……希望なんて言葉は大嫌いだ』
何処からか碧の声が聴こえる。
今度は目の前の彼女ではない、少し響いた声だ。
周囲を見回したがこれと言った変化はない。
おそらく、映像の中の碧の声だろう。
映像は見覚えのある景色――黒斗がルナ達と初めて出会った場所を映し出していた。
酷く窶れた顔をした自分が情けないと、映像を視ながら黒斗は苦笑する。
映像は慌てて逃げ出す黒斗を、碧が必死で追いかけているシーンへ移った。
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長編小説を主軸にした一次創作活動(小説・絵・作詞作曲・歌等)を行っております。
現在連載中の「機械少女と霞んだ宝石達」のイメージソングをYouTubeに投稿中。後日再投稿予定。
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*綿飴ルナの創作物について*
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即ち創作物が上記以外の場所(Xやインスタ、ブルースカイ等)で投稿されている場合、それらはわたしが投稿しているものではございません。
無断転載(再配布)に該当すると判断致しますので、見かけた場合は反応しないようご協力お願いします。
創作物は個人使用のみOK、オリジナル作品に関しましては現時点でファンアート以外の二次創作(歌ってみたやカバーも含む)は禁止とさせていただいております。
よろしくお願いします。
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