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Episode 4 【ミラーリング】
#25
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敷地の境目から東北方面へひたすら歩き続けて九時間ほどが経過し、「今日はこの辺で休もうか」というルナの提案に二人は承諾する。
スピーダーを所持しているおかげで、瑠璃や黒斗と出会った場所よりも更に遠い場所へ辿り着く事が出来た。
ここには木々の下に沢山のキノコが生えている。
魔導簡易テントを余裕もって設置出来る場所が見当たらず、ルナは「仕方がない」とギリギリの広さがある空間にそれを設置した。
「ねぇ、ルナ。ここに生えてるキノコって食べられるのかな?」
瑠璃はしゃがみこんで興味津々にキノコを観察している。
木々の下には主に茶色いキノコが生えていた。
彼女の頭の中は《どう調理すれば美味しい料理が作れるだろうか》でいっぱいのようだ。
「あー……それは調べてみないとわかんないから触らないで! ……というかボクが専門書を持ってる時以外は植物とキノコは触るの禁止ね!」
自分が触れても何も起こらないからという理由でその手の情報はまだインプットしていないんだとルナは言う。
色々な知識を入れ始めてから二年ほど。
彼女の記憶スペースはパソコンのフォルダと同じ仕様の為、人より多くの知識がデータとして入っている。
それを説明できるのも、自身の事が書かれているファイルがあり、魔力感知能力とは別の形で視ているからだと分かりやすく二人に説明した。
「コアに魔力を宿してからは体内の何かが変わったんだよねぇ。上手く説明出来ないけどさ。」
ルナはそう言って笑う。
後日キノコと野草狩りに行こうかと軽い約束を交わし、全員テントの中へ入った。
瑠璃がキッチンに立ち、ネギ入りのシンプルな味噌汁とご飯が食卓に並ぶ。
碧にとっては数日振りのご飯だった。
「ふふっ、おいひー。」
碧は美味しそうに瑠璃の料理を食べている。
瑠璃の料理をたまに試食させてもらっているほど、食に興味を持っているようだった。
「そうだ、瑠璃。せっかくだからそろそろ皆にご飯を振る舞ってもいいんじゃない?」
「え、いいの?」
「ある程度の野菜は自足自給で補えるし、取引の分もあるでしょ? 明日か明後日にはもしかしたら仲間が増えるかもしれないしね。毎日練習してるのを見てるから勿体なく思うんだよねぇ。」
――仲間かぁ。
食事を取りながら瑠璃は想像を膨らませる。
今までは練習の為に一人分の料理を作っていた。
今後人数が増える可能性を考えると作るのが大変だろうなと思う反面、作りがいがあって楽しそうだという気持ちの方が上回っている。
魔石族が食事を取った場合、それらが魔力エネルギーに変換されコアに馴染んでいるように視えた事から、食事は積極的に取っていくべきではないかとルナから聞いていた。
碧は「私も料理を覚えたいから手伝いたい」と、ルナは皆で一つの空間に集まる日が楽しみで仕方がないと話していたのを思い出す。
話し合った末、今後はディナーの時間に瑠璃が料理を担当する事に決まったのだった。
食事を済ませ、三人はそれぞれ各々の時間を過ごしていた。
ルナは立体パズルに夢中になり、瑠璃はソファーに座り小説の続きを読んでいる。
碧はダイニングテーブル側にある窓から星を眺めていた。
窓から見えるものはすぐそこの景色である事に間違いはないのだが、何分外観はテントである為、窓を開く事が出来ない仕様になっている。
彼女は窓の前に椅子を置き、少し奥行のある窓枠に持たれかかりながら物思いにふけっていた。
持ってきたスケッチブックはテーブルの上に置いたままだ。
その様子に気付いたルナは椅子に座ったまま引き摺って移動し碧の隣りへ向かった。
「どしたの? ……あ、もしかして黒斗の事が気になるの?」
碧は話しかけられて驚き、そして真っ赤になりながら慌てて首を横に振っている。
「ホント、分かりやすいなー」とからかいながら、ルナも星空を見上げた。
「そういえばこの前、黒斗が天体望遠鏡があったら貸してほしいって言ってきてさ。最初は何なのかわからなかったんだけど、あれって星を見る道具なんだってね。」
「あ、借りたって話この前聞いたよ。月の表面がハッキリ見えて凄いって言ってた。」
「月の表面、かぁ……。それでね、実物を知らないから本を見せてもらって探したんだけどさ、別館の物置部屋にはなかったからメインの倉庫に行ったんだけど、そこクッソ広くて探すの大変でさぁ。二人で手分けして探したんだけど、見つけるのに時間がかかったんだよ。どんだけ収集してんだよあのクソババア……。」
「メインの倉庫って何処にあるの?」
「畑横にある真ん中の黄色い倉庫だよ! 実はあの倉庫、地下五階まであるんだよ。その上、地下の倉庫は外観よりひっろいの! 本館の図書室ぐらい。」
地下はもう少し増設出来るらしいとルナは話を続ける。
倉庫にある物は整理整頓されており、展示物のように置かれている。
壁のように設置されている棚に置かれている物は物の大きさで揃えられている為、ジャンルがバラバラで探すのに二日ほどかかったのだと。
もし一番下の階層に置かれていたとすれば一週間はかかっていただろうとルナは苦笑していた。
「……あのね、頻繁に出し入れする道具はその倉庫の地下一階の一部屋に置いてあるんだけど……。このテントとレジャーシートがそうなんだけどさ。その部屋に置いている物だけは何処に居ても取り出せる魔法がかけられているの。実はそこ、魔力操作を極めている者にしか開けられない仕様になってて、師匠が居ない今はボクしか入れないんだよ。」
「ふぇー……、そうなんだ。」
「……今度見せてあげるよ。皆と、特に師匠には内緒ね!」
ルナは小声でそう話すと、満面の笑みを碧に向け、座ったまま椅子を引き摺り移動をし元の位置へ戻って行った。
そうして更に時間が経ち、時計の針が二十二時を越えようとしていた。
碧と瑠璃は先に寝室に入っている。
普段、本館に居る女子達はこの時間に消灯しているのだ。
ルナは寝室に入る前に二人が身につけていたスピーダーをさざれ石が入った器に入れ窓枠に置き、暫しの間それを眺めていた。
窓から淡い月明かりが入り込んでいる。
その月明かりが魔晶石に当たるとスピーダー自身も淡く光った。
月光浴をさせる事で魔晶石を浄化し魔力をチャージするのだ。
これはルナの浄化魔法も同等の効果を得られるが、急用でない限り手間をかける必要はない。
明日は少し歩けば目的地に辿り着く。
――あとどれだけの魔力を見つけて浄化すればいいんだろう……。
ルナは少しだけ悲しくなった。
突然試練だと告げられ、目の前で消え去ったあの日を、彼女は今でも鮮明に覚えている。
手を差し伸べ、希望をくれた師匠に会いたい。
出る事の無い涙を必死で堪え、深く息を吸う。
――寝よう。
明日の為、ルナも寝室へ入って行った。
深夜三時。
ルナは夢を見ていた。
とても気分のいいものではないあの時の映像が、彼女の脳内を占領し続ける。
薄暗い部屋であの人と共に過ごした記憶から一変し、ずっと目を背けていたものが映像として流れ込んでくる。
視界が歪む。
回るような眩暈に襲われる。
助けたい。
助けられない。
助けて……。
あの人が目の前で泣き崩れている。
二度と思い出したくもない、
怖くて、
怖くて堪らない夢だ。
夢だと気付いたルナは呼吸を乱して飛び起きる。
その姿は大量の汗をかいているように視えた。
瑠璃は彼女の異変に気付き、身体を起こしてルナの背中を擦る。
「ルナ……大丈夫?」
瑠璃は心配そうに顔を覗き込んだ。
背中を触られたルナは過剰に震えた。
ゆっくりと振り向く彼女の表情は今までに見た事のない恐怖に苛まれた顔だった。
「や……こ、来ないで……来ないでぇぇぇ!!」
ルナは大声で叫びながら瑠璃を振り払い、一目散に魔導テントから飛び出して行く。
彼女の目に視えていたものは瑠璃ではない別の何かだ。
無我夢中に、犬の姿に変身する事もなく、慌てて逃げ去ってしまった。
「ど、どうしたの……?」
碧はルナの叫び声に驚いて飛び起き、寝ぼけ眼で瑠璃を見上げた。
部屋の照明を付ける為立ち上がっていた瑠璃は碧の前に座り経緯を説明する。
徐々に脳が覚醒していく碧の表情がだんだんと青ざめていった。
「すぐ、戻ってくるといいんだけど……。」
瑠璃は寝室を出て玄関の扉を確認する。
小さな扉が少し開いたままになっていた。
四つん這いで上半身だけ外に出して周辺を確認する。
誰も居ない。
灯りもなく真っ暗で近辺の木々しか見えない。
風が靡く森林の音が響いており、瑠璃は怖くなってテントの中に入った。
鍵は開けたまま碧の元へ戻る。
二人は寝室で一時間ほど待ったが、ルナが帰ってくる気配がない。
「明日の捜索もあるし、今は少しでも身体を休めておこうか。」
そう言って布団の中へ入るがなかなか寝付く事が出来ずにいた。
翌朝。
八時を過ぎた頃。いつの間にか眠りについていた碧が目を覚ます。
部屋には誰も居ない。
碧が寝室の扉を開くと瑠璃がソファー側のダイニングチェアに座っていた。
「碧、おはよう。……ルナ、まだ帰って来ないんだ。」
瑠璃はそう言うととりあえず座るように促し向かいの席を指さした。
そうして、今後の事を話し合う。
「やっぱり、探しに行った方がいいよね……?」
「だよね……。あ、でも……黒斗と出会った時は『動き回ると危ないからここに居た方がいい』って話になって……。」
「あー……、そうだよね。そもそもわたし達、ここが何処なのかわからないよ……。」
二人はルナの後ろをついて来ただけ。
代わり映えのない景色の中で闇雲に動き回ると魔導テントにすら戻れなくなる。
更には魔導コンパスを持ってきていないので自力で帰る事すらも出来ない。
つまりは、ルナが居なければここに閉じ込められたも同然なのだ。
「「ど、どうしよう……。」」
身動きが取れない事に気付き二人はただただ呆然としていた。
ルナが居なければ何も出来ない現実を二人は痛感する。
早く戻って来て欲しい。
無事であって欲しい。
今はただ、ルナの安否を祈ることしか出来ずにいた。
「……そうだ、祈ろう! 今のわたし達に出来る事って、それぐらいしかないよ。」
瑠璃はそう言うと両手を胸の前で組み、ルナに幸運が届くように祈った。
彼女の身体から淡い光が溢れ、それが勢いよくルナが居る方向であろう玄関側へと飛んで行く。
「……どうか、無事でありますように。」
碧も胸の前で両手を組みルナの無事を祈ると、瑠璃と同じように身体が光る。
その光も玄関側へと飛んでいったのだった。
スピーダーを所持しているおかげで、瑠璃や黒斗と出会った場所よりも更に遠い場所へ辿り着く事が出来た。
ここには木々の下に沢山のキノコが生えている。
魔導簡易テントを余裕もって設置出来る場所が見当たらず、ルナは「仕方がない」とギリギリの広さがある空間にそれを設置した。
「ねぇ、ルナ。ここに生えてるキノコって食べられるのかな?」
瑠璃はしゃがみこんで興味津々にキノコを観察している。
木々の下には主に茶色いキノコが生えていた。
彼女の頭の中は《どう調理すれば美味しい料理が作れるだろうか》でいっぱいのようだ。
「あー……それは調べてみないとわかんないから触らないで! ……というかボクが専門書を持ってる時以外は植物とキノコは触るの禁止ね!」
自分が触れても何も起こらないからという理由でその手の情報はまだインプットしていないんだとルナは言う。
色々な知識を入れ始めてから二年ほど。
彼女の記憶スペースはパソコンのフォルダと同じ仕様の為、人より多くの知識がデータとして入っている。
それを説明できるのも、自身の事が書かれているファイルがあり、魔力感知能力とは別の形で視ているからだと分かりやすく二人に説明した。
「コアに魔力を宿してからは体内の何かが変わったんだよねぇ。上手く説明出来ないけどさ。」
ルナはそう言って笑う。
後日キノコと野草狩りに行こうかと軽い約束を交わし、全員テントの中へ入った。
瑠璃がキッチンに立ち、ネギ入りのシンプルな味噌汁とご飯が食卓に並ぶ。
碧にとっては数日振りのご飯だった。
「ふふっ、おいひー。」
碧は美味しそうに瑠璃の料理を食べている。
瑠璃の料理をたまに試食させてもらっているほど、食に興味を持っているようだった。
「そうだ、瑠璃。せっかくだからそろそろ皆にご飯を振る舞ってもいいんじゃない?」
「え、いいの?」
「ある程度の野菜は自足自給で補えるし、取引の分もあるでしょ? 明日か明後日にはもしかしたら仲間が増えるかもしれないしね。毎日練習してるのを見てるから勿体なく思うんだよねぇ。」
――仲間かぁ。
食事を取りながら瑠璃は想像を膨らませる。
今までは練習の為に一人分の料理を作っていた。
今後人数が増える可能性を考えると作るのが大変だろうなと思う反面、作りがいがあって楽しそうだという気持ちの方が上回っている。
魔石族が食事を取った場合、それらが魔力エネルギーに変換されコアに馴染んでいるように視えた事から、食事は積極的に取っていくべきではないかとルナから聞いていた。
碧は「私も料理を覚えたいから手伝いたい」と、ルナは皆で一つの空間に集まる日が楽しみで仕方がないと話していたのを思い出す。
話し合った末、今後はディナーの時間に瑠璃が料理を担当する事に決まったのだった。
食事を済ませ、三人はそれぞれ各々の時間を過ごしていた。
ルナは立体パズルに夢中になり、瑠璃はソファーに座り小説の続きを読んでいる。
碧はダイニングテーブル側にある窓から星を眺めていた。
窓から見えるものはすぐそこの景色である事に間違いはないのだが、何分外観はテントである為、窓を開く事が出来ない仕様になっている。
彼女は窓の前に椅子を置き、少し奥行のある窓枠に持たれかかりながら物思いにふけっていた。
持ってきたスケッチブックはテーブルの上に置いたままだ。
その様子に気付いたルナは椅子に座ったまま引き摺って移動し碧の隣りへ向かった。
「どしたの? ……あ、もしかして黒斗の事が気になるの?」
碧は話しかけられて驚き、そして真っ赤になりながら慌てて首を横に振っている。
「ホント、分かりやすいなー」とからかいながら、ルナも星空を見上げた。
「そういえばこの前、黒斗が天体望遠鏡があったら貸してほしいって言ってきてさ。最初は何なのかわからなかったんだけど、あれって星を見る道具なんだってね。」
「あ、借りたって話この前聞いたよ。月の表面がハッキリ見えて凄いって言ってた。」
「月の表面、かぁ……。それでね、実物を知らないから本を見せてもらって探したんだけどさ、別館の物置部屋にはなかったからメインの倉庫に行ったんだけど、そこクッソ広くて探すの大変でさぁ。二人で手分けして探したんだけど、見つけるのに時間がかかったんだよ。どんだけ収集してんだよあのクソババア……。」
「メインの倉庫って何処にあるの?」
「畑横にある真ん中の黄色い倉庫だよ! 実はあの倉庫、地下五階まであるんだよ。その上、地下の倉庫は外観よりひっろいの! 本館の図書室ぐらい。」
地下はもう少し増設出来るらしいとルナは話を続ける。
倉庫にある物は整理整頓されており、展示物のように置かれている。
壁のように設置されている棚に置かれている物は物の大きさで揃えられている為、ジャンルがバラバラで探すのに二日ほどかかったのだと。
もし一番下の階層に置かれていたとすれば一週間はかかっていただろうとルナは苦笑していた。
「……あのね、頻繁に出し入れする道具はその倉庫の地下一階の一部屋に置いてあるんだけど……。このテントとレジャーシートがそうなんだけどさ。その部屋に置いている物だけは何処に居ても取り出せる魔法がかけられているの。実はそこ、魔力操作を極めている者にしか開けられない仕様になってて、師匠が居ない今はボクしか入れないんだよ。」
「ふぇー……、そうなんだ。」
「……今度見せてあげるよ。皆と、特に師匠には内緒ね!」
ルナは小声でそう話すと、満面の笑みを碧に向け、座ったまま椅子を引き摺り移動をし元の位置へ戻って行った。
そうして更に時間が経ち、時計の針が二十二時を越えようとしていた。
碧と瑠璃は先に寝室に入っている。
普段、本館に居る女子達はこの時間に消灯しているのだ。
ルナは寝室に入る前に二人が身につけていたスピーダーをさざれ石が入った器に入れ窓枠に置き、暫しの間それを眺めていた。
窓から淡い月明かりが入り込んでいる。
その月明かりが魔晶石に当たるとスピーダー自身も淡く光った。
月光浴をさせる事で魔晶石を浄化し魔力をチャージするのだ。
これはルナの浄化魔法も同等の効果を得られるが、急用でない限り手間をかける必要はない。
明日は少し歩けば目的地に辿り着く。
――あとどれだけの魔力を見つけて浄化すればいいんだろう……。
ルナは少しだけ悲しくなった。
突然試練だと告げられ、目の前で消え去ったあの日を、彼女は今でも鮮明に覚えている。
手を差し伸べ、希望をくれた師匠に会いたい。
出る事の無い涙を必死で堪え、深く息を吸う。
――寝よう。
明日の為、ルナも寝室へ入って行った。
深夜三時。
ルナは夢を見ていた。
とても気分のいいものではないあの時の映像が、彼女の脳内を占領し続ける。
薄暗い部屋であの人と共に過ごした記憶から一変し、ずっと目を背けていたものが映像として流れ込んでくる。
視界が歪む。
回るような眩暈に襲われる。
助けたい。
助けられない。
助けて……。
あの人が目の前で泣き崩れている。
二度と思い出したくもない、
怖くて、
怖くて堪らない夢だ。
夢だと気付いたルナは呼吸を乱して飛び起きる。
その姿は大量の汗をかいているように視えた。
瑠璃は彼女の異変に気付き、身体を起こしてルナの背中を擦る。
「ルナ……大丈夫?」
瑠璃は心配そうに顔を覗き込んだ。
背中を触られたルナは過剰に震えた。
ゆっくりと振り向く彼女の表情は今までに見た事のない恐怖に苛まれた顔だった。
「や……こ、来ないで……来ないでぇぇぇ!!」
ルナは大声で叫びながら瑠璃を振り払い、一目散に魔導テントから飛び出して行く。
彼女の目に視えていたものは瑠璃ではない別の何かだ。
無我夢中に、犬の姿に変身する事もなく、慌てて逃げ去ってしまった。
「ど、どうしたの……?」
碧はルナの叫び声に驚いて飛び起き、寝ぼけ眼で瑠璃を見上げた。
部屋の照明を付ける為立ち上がっていた瑠璃は碧の前に座り経緯を説明する。
徐々に脳が覚醒していく碧の表情がだんだんと青ざめていった。
「すぐ、戻ってくるといいんだけど……。」
瑠璃は寝室を出て玄関の扉を確認する。
小さな扉が少し開いたままになっていた。
四つん這いで上半身だけ外に出して周辺を確認する。
誰も居ない。
灯りもなく真っ暗で近辺の木々しか見えない。
風が靡く森林の音が響いており、瑠璃は怖くなってテントの中に入った。
鍵は開けたまま碧の元へ戻る。
二人は寝室で一時間ほど待ったが、ルナが帰ってくる気配がない。
「明日の捜索もあるし、今は少しでも身体を休めておこうか。」
そう言って布団の中へ入るがなかなか寝付く事が出来ずにいた。
翌朝。
八時を過ぎた頃。いつの間にか眠りについていた碧が目を覚ます。
部屋には誰も居ない。
碧が寝室の扉を開くと瑠璃がソファー側のダイニングチェアに座っていた。
「碧、おはよう。……ルナ、まだ帰って来ないんだ。」
瑠璃はそう言うととりあえず座るように促し向かいの席を指さした。
そうして、今後の事を話し合う。
「やっぱり、探しに行った方がいいよね……?」
「だよね……。あ、でも……黒斗と出会った時は『動き回ると危ないからここに居た方がいい』って話になって……。」
「あー……、そうだよね。そもそもわたし達、ここが何処なのかわからないよ……。」
二人はルナの後ろをついて来ただけ。
代わり映えのない景色の中で闇雲に動き回ると魔導テントにすら戻れなくなる。
更には魔導コンパスを持ってきていないので自力で帰る事すらも出来ない。
つまりは、ルナが居なければここに閉じ込められたも同然なのだ。
「「ど、どうしよう……。」」
身動きが取れない事に気付き二人はただただ呆然としていた。
ルナが居なければ何も出来ない現実を二人は痛感する。
早く戻って来て欲しい。
無事であって欲しい。
今はただ、ルナの安否を祈ることしか出来ずにいた。
「……そうだ、祈ろう! 今のわたし達に出来る事って、それぐらいしかないよ。」
瑠璃はそう言うと両手を胸の前で組み、ルナに幸運が届くように祈った。
彼女の身体から淡い光が溢れ、それが勢いよくルナが居る方向であろう玄関側へと飛んで行く。
「……どうか、無事でありますように。」
碧も胸の前で両手を組みルナの無事を祈ると、瑠璃と同じように身体が光る。
その光も玄関側へと飛んでいったのだった。
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