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Episode 3 【ツイステッド!!】

#20

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 持ってきたお菓子も食べ終わり、はやてが中心の他愛のない会話が繰り出される中、黒斗だけは輪の中に入れずにいた。
 まともに交流しようにも相手が拒んでいるのだ。
 その癖対抗心を燃やしているかのように挑発した表情で時折黒斗を見ている始末。
 フラストレーションが蓄積されていくばかりだった。


はやての身体ってふわふわしてるように見えるけど、本当にふわふわしてるの?」

「さぁ……? 自分では触らねぇと言うか、触れねぇしなぁ……。何なら触ってみる?」


 はやてはそう言いルナの元へ数歩前へ出てしゃがみ直すと「どうぞ」と言わんばかりに視線を彼女に向けた。
 ルナが背中をポンと軽く叩くと「もふっ」という擬音が響いたかのような柔らかさが目でわかるほど、彼の体毛は長くフサフサしている。


「ルナちゃんってそういう感触わかんの?」


 疑問に思ったはやては首を傾げて質問を投げる。


「うん、何となくは。百パーセントではないと思うけど、お布団とかキミのふわふわとかはわかるよ。……見たまんまでフサフサしてるんだね。」

「へぇ! ねぇ、わたしも触ってみてもいいかな?」

「おう! いいよ!」


 今度は瑠璃がはやての背中を触る。
 気持ち良さそうにしているその姿を黒斗はドン引きした眼差しで眺めていた。


あおちゃんも良かったら触ってみてよ!」

「ふぇ!? う、うん……。」


 あおは恐る恐るはやてに触れると、想像以上に柔らかい触り心地に幸福感を覚えていた。
 触られている本人は尻尾を振りご満悦な様子だ。
 黒斗はその光景を目の当たりにし、思わずムッとしてしまう。
 そんな彼を、はやては見逃さなかった。


「なんだよオマエ、もしかして妬いてんの?」

「……は?」


 はやては企んだ顔で黒斗を煽ると重たい空気へとガラリと変わり、ルナ達女子三人は思わず息を呑んだ。
 二人はガンを飛ばしながらゆっくりと立ち上がっていく。
 ――初対面で喧嘩はマズイな……。ボクなら止められるけど、その後のが……。
 ルナは警戒体制を取り二人の様子を伺う事にした。


あおちゃんの時だけ明らか反応が違うかったよなァ?」

「……さっきから何なんだよお前。露骨な態度ばっか取りやがって、こっちは何もしてねぇだろ。」

「なんだよ、やるってのか? いいぜ、勝負事は大好物だからな! なんなら、あおちゃんとのデートを賭けて勝負してもいいんだぜ? 」

「なっ……!!」


 この場にいる全員の表情が変わるほど、先程以上に険悪なムードが漂っていた。
 様子を見ていた三人もゆっくりと立ち上がり、瑠璃はあおの肩を抱き、ルナは瑠璃達の前に出る。
 はやての挑発に、黒斗はキレた。
 一度大きく深呼吸はしたものの、怒りのあまり拳に力が入り身体が震えている。


「やだね。本人の意思を無視した賭けなんてやらねぇよ。そもそも賭け事は嫌いだ。」

「なんだよオマエ、怖気付いたのか?」

「ちげーよ。お前のせいであおが怖がってんだろ。先に謝れ。」


 逃げてんじゃねぇよ、と煽りながらはやてあおを見上げると、困惑した表情ではやてを見つめていた。
 隣りに居る瑠璃からも「流石にそれは違うと思う」と釘を刺される。
 少しの間俯いたまま黙り込むと、再度あおを見上げ謝罪したのだった。


「賭けのない勝負だったら相手してやる。」


 黒斗は上着の袖を捲り上げるとはやてを睨みつけ圧をかける。
 はやても同じように睨み返し彼の提案を承諾したのだった。


「……じゃあ何で勝負するよ? 殴り合いか?」


 はやてが好戦的な姿勢で準備運動をしている中、口を開いたのは今まで黙っていたルナだった。


「じゃあ競走なんてどう? 黒斗も足が速いしさ。」

「コイツが?」

「ボクでも追いつけないくらい速いんだよ。ねー?」


 そう言うとルナは笑顔で黒斗を見て返事を待っている。
 ――ちょっと待て。どう考えても不利だろ……。
 人型と魔獣。出会った時の走る姿からもはやてはとても速かった。
 勝敗は明らかなのだ。


「まぁまぁ。黒斗なら大丈夫だからさ!! いいよね?」


 ルナは少々企んだ顔で二人を交互に見ながら同意を求めてくる。
 ここで負ければ恥を晒すだけ。
 そしてこの空気は、逃げられない。
 黒斗は渋々承諾する羽目になった。

 二人が競走するのは丘を半分に割った位置で、木々の数十歩ほど手前にスタート地点とゴール地点を直線で走るコースだ。
 話し合いの結果、スタート地点に瑠璃、ゴール地点にあおが立つこととなった。
 あおは不安そうにゴール地点へ向かっていく。


「……ねぇルナ、本当に大丈夫なの? 」

「大丈夫。策は立ててあるから。」

「……?」

「さぁさぁ、瑠璃も位置について!」


 ルナは瑠璃の背中を軽く叩くとこの場を後に去ってしまった。
 ――痛い……。
 軽く叩かれたハズなのに結構痛いと瑠璃は泣きそうになっていた。

 瑠璃が正位置に着いて少し経過した頃、ゴール地点に着いたあおがこちらを向いて手を振って合図を送っている。
 準備運動をしている二人に声をかけ、スタートライン……と言っても芝生なので線は引けないが、そこに立ってもらう。


「それじゃあ行くよ! よーい、ドン!!」


 瑠璃が左手を上げると二人は一斉に走り出した。
 先陣を切って走っているのははやて魔狼族まろうぞくの姿をしているというのもありとてつもなく速い。
 だんだんと黒斗は距離を離されていく。
 ――こんなん、どうやっても無理だって。つーか俺そんなに速くねぇし!!
 少々泣きそうになりながら無我夢中で走る。今は走り続けるしかないのだ。
 遠くから応援の声が聞こえる。
 二人の声が、今の唯一の支えだった。


「黒斗ー! いいモノを連れてきたよー!!」


 後ろから聞こえるルナの声に反射的に顔を向けると、そこには見覚えのあるものがあった。
 否、正確には見覚えのある魔獣だ。
 二時間ほど前にルナが蹴飛ばした、グレイッシュレッドの体毛を持っただ。
 ルナがくまくまベアーと呼ぶその魔獣の背中に乗り、全速力で向かってくるのだ。
 心做しか魔獣は泣いているようにも見える。


「さぁ、くまくま! 走れ走れー!!」

「なんつーもんを連れて来てんだよ、馬鹿!!」


 ルナが魔獣を連れてきたおかげでが変わった。
 勢いよく向かってくる魔獣から黒斗はただひたすらに
 大声で泣き叫びながら走るそのスピードははやてを超え、あっという間に彼を追い抜いていく。
 そのままゴールへ到着はするものの、逃げる事に精一杯な彼は止まることなく森の奥へと入ってしまった。
 ルナはゴールを確認すると走る魔獣から飛び降り盛大に森の奥へと蹴り飛ばす。
「作戦成功!」と叫ぶと犬の姿に変身し、瑠璃の元へ走って行った。
 ――ルナちゃんを敵に回すのは止めよう。
 驚愕していたはやてはそう心に誓いながらゴールまで走り続ける。
 数秒遅れで到着した彼をゴール役のあおが出迎えていた。


「……驚いた。アイツってあんな速ぇの?」


 はやては黒斗が去って行った方向を茫然と見つめながら立ち尽くしていると、彼は逃げ足が速いのだと教えられる。
 暫くすると森の奥から彼が歩いて戻ってくる姿を確認出来た。
 あおは大きくため息をついて安心している。


「……ったく、魔獣相手に泣き叫ぶなんて情けねぇな。」

「黒斗はビビりさんだから、ちょっとした事でも怖がって驚いちゃうんだよ。」

「……へぇ。……それはそうとあおちゃん、さっきは本当にゴメンな。あおちゃんの気持ち、何も考えずに言っちまって……。」


 あおは無言で首を横に振るとはやてに微笑みかけていた。
 二人が笑いあっている姿を森の奥から見ていた黒斗の心にもう一度苛立ちが込み上げる。
 先程、はやてに言われた言葉が脳裏を過ぎり、今までの自分自身を振り返っていた。
 ――確かに、なんでこんなにイラついてるんだろ……。
 はやてと出会った時から抱いている不快感は、確かに彼の態度が原因だった。
 だが、理由はそれだけではないハズだ。
 怒りが混ざった色んな感情が頭の中をぐるぐる廻っていく。
 それは考える事すら放棄したくなる程に。


「……なんだよ! そんなズルでオレに勝ったと思うなよ!!」

「……もういい。」

「えっ?」


 戻ってきた黒斗を再度煽るはやては予想外の反応に戸惑った。
 先ほどとは違い思い詰めた表情で睨む彼は精神的に疲弊仕切っている。


「……話聞いて、もしかしたら友達になれるかもって思ってたのに。もういい。……もう、疲れた。話しかけて来んな。」


 黒斗はそのまま荷物のある場所まで重い足取りでとぼとぼ歩いていく。
 新しい仲間が男であるとルナから聞いたあの時、彼は純粋な気持ちで喜んでいたのだ。
 居心地がいいとはいえ男は自分一人、心細いと思う部分もあった。
 だからこそ友達が出来ればと、黒斗は期待していたのだ。
 はやてが呆気に取られている中、あおは黒斗を追いかけていく。
 そんな様子を少し遠くから見守っている瑠璃とルナが心配そうな顔つきで話し合っていた。


「……ねぇ、ルナ。もしかしてはやてって、本当は黒斗くんと仲良くしたいんじゃないかな?」

「えー……? そんな風には見えないけど……。」

「わたしも初めはそう思ったんだけど……。」

「うーん……。瑠璃の勘は能力も相まってよく当たるからなぁ。もしそうだとしたら相当な捻くれ者だな。」


 ハァ、とルナは大きなため息をつく。
 黒斗がでなければ、危うく最悪の事態を招いてしまうところだった。
 いくら男であるとはいえ彼は根が真面目で優しい性格の持ち主だ。
 例え誰かを殴ったとしても本気で殴る事は出来ないだろう。
 なにより少しの事で怖がって逃げてしまうのであれば尚更戦いには向いていない。
 自分達が同じ種族とはいえ魔狼族まろうぞくの身なりをしているはやてと戦ってしまうものなら、最悪宝石コアが壊れ、可能性だって十分にあった。
 魔石は頑丈ではない。
 それを踏まえた上でルナは競走を提案したのだ。
 重い空気になってしまったとはいえ、何とか喧嘩を終わらせられた事に安堵していたのだった。


「黒斗……、待って!」


 黒斗は上着の後身頃をあおに掴まれ反射的に叫び振り返ると、彼女と目が合い顔を逸らしてしまう。
 怒りに振り回され一人になりたいと願う負の感情と、彼女が来てくれた事で口元が緩んでしまった複雑な心境に頭が追いつかず、どうすればいいのかわからず立ち止まってしまった。


「あの……さっきはありがとう。」

「……え?」

「怒ってくれたの、凄く嬉しかった。」

「……当たり前の事をしただけだよ。」


 少しの間だけ、無言の時間が流れる。
 何をどう話せばいいのかわからないのだ。
 あおは上着を掴んだまま、再度話を続ける。


「……あのね、私も同じだなって思っちゃったの。」

「えっ?」

「……あの時の私、黒斗の気持ちを無視して勝手についてって。嫌な思いさせてたんじゃないかなって……。」


 ――あの時。
 それが修行の為に森の中に行った時の事であると理解するのに少しだけ時間がかかった。
 黒斗は頭を整理しながら思い返す。
 答えを見つけるのに必死だったあの時、驚きはしたが嫌だと思った事は一度もなかった。


「……嫌だと思った事はねぇよ。寧ろ……」


 そう言うと身体を後ろに向け、あおと目を合わせる。


「お前の絵、毎回楽しみにしてんだから……その……また見せてよ。」

「……うん!」


 気恥しそうに微笑み合うと、二人はそのまま荷物のある場所まで歩いて行く。
 ルナと瑠璃は安堵し、一人佇むはやての元へと向かった。
 落ち込んだ様子の彼に声をかける事も出来ず、ただただ時間ばかりが過ぎていった。

 ……その時。丘全体に突風が吹いた。
 それは人が立っていられないほどのとてつもない強風で、ルナ以外の全員が地面に叩きつけられる。
 風が収まり再度立ち上がったはやては今までにない怯えた表情をしていた。


「マズい……アイツだ。が……来る……!!」
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