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Episode 3 【ツイステッド!!】
#17
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ルナが颯と会う約束をした翌日、昨夜から降り続いている雨で日課についての話は延期となってしまった。
基本小雨でない限りは雨の日は遠出しないでとルナに念を押されている為、今日みたいな日は特にする事がない。
「あー……。暇。」
黒斗は家事を一通り済ませた後、今日の修行も終え暇を持て余していた。
修行は何処でも出来るが、それを差し引いても結構な時間が余ってしまう。
自室と階段横の応接室の棚にあるのは白紙のノートだけで、現時点ではメモ書きをする程度でしか利用する事がなかった。
一階の物置部屋に置かれている物は掃除の際に一度動かしてはいるが、何かあった時の事を考えると怖くて触れずにいる。
地下はまだ掃除の途中だそうで降りた事がない。
――そういえば階段横の扉の中、確認してねぇな。
黒斗はふと思い立って一階へ向かった。
階段横の扉にも鍵がかかっており、どうやら一階と二階で鍵が分かれているようだ。
玄関扉と同じ鍵を使い扉を開けると、すぐ右側には二階と同じ作りのキッチン、トイレと洗面所、お風呂が備え付けられていた。
こちらは二階と違って湯船はなくシャワールームとなっている。
短い廊下を進んだ先は広いリビングルームとなっており、大人数用のダイニングテーブルと椅子、壁側には沢山の棚が置かれてあった。
過去に使用された形跡が残っている。
右奥にある扉にも鍵がかかっており、扉を開けると目の前に本館が見える。
道側にある事から、本来の玄関はこちらの扉が正しいようだ。
黒斗は部屋全体を確認した後、鍵を閉めいつもの階段前まで戻ってきた。
使う予定がないので掃除をする気分にはなれない。
――そういえば図書室があるんだっけ。本でも読んでみようかな……。
黒斗は靴を履き、靴箱横にある傘立てから傘を取って本館へと向かった。
「おはよう。……何してんの?」
黒斗が玄関の扉を開けるとルナ達がキッチン前で何かの準備をしていた。
三人とも三角巾とエプロンを身に付けており、瑠璃と碧はテーブルに広げたキッチン道具を持ち上げ、ルナは両手に泡立て器とヘラを持ちパンパンと叩いて遊んでいる。
「あ、黒斗くんおはよう。これからお菓子を作るところなの。ほら、明日颯くんと会うでしょ? 美味しい物を食べてもらおうと思って。」
昨日ルナから颯の話を聞いた時に、「向こうの食事が合わないみたいで関心があまりないように思えたから、食事の楽しさを知ってもらいたいんだよね」と話していたのを黒斗は思い出した。
もしかすると自分達と同じ食べ物が彼には合うのかもしれないと、明日の為に作る事になったようだ。
「女子の大事な時間なんだから黒斗は入って来んなよー。」
「は? つーかそこのキッチン、広さ的に三人が限界じゃね?」
「あー……うん。まぁそうなんだけどさぁ。」
ルナは黒斗をからかってはみたものの、真面目に返されたので拗ねた様子で「ブー」と頬を膨らませている。
「あ、本借りてっていい?」
「いいよー。読んだら元の場所に戻しといてね。」
黒斗はルナの承諾を得て地下へと続く階段を降りた。
扉を開け、想像以上の広さに呆然とする。
――今日中に読みたいやつ見つけられっかな……。
黒斗は少々不安になった。
一日かけても十分な暇つぶしにはなるが、収穫なしで帰るのは勿体ないように思えた。
読みたい本のジャンルの目星もない。
――とりあえず、右側の棚から見ていこう。
黒斗はゆっくりと右端の本棚へと向かうが想像以上に距離がある。
その広さは一階よりも広く見えた。
黒斗は本棚を眺めながら奥まで歩いていると、とある棚の列の前を通ろうとした時に何かを感じ取る。
――ん? ……ちょっと見てみるか。
不思議に思いながらも奥から七列目にある本棚を一つずつ確認していった。
この列の本棚は主に地質学や生物等について書かれている本が置かれている。
家主であるルナの師匠達がどれほど世界を知る為の努力をしてきたのかが垣間見えた。
自分達の事を知る為にも鉱物関連の本は読んでもいいかもしれない、と考えながら更に奥へと進んでいくと、突然左側の棚が気になり足を止める。
本棚の上には《天文学》と書かれていた。
よくわからないけれど難しそうだな、と思いながら黒斗は流し目で本のタイトルを見ていく。
上から順番に本の背表紙にあるタイトルを見ていくと、目線より少し下の段にふと気になる本を見つけた。
「天体観測……? って何だろ……。」
益々気になった黒斗はパラパラとページを捲り本の内容を確認していく。
その本は星空の写真と共に天体について分かりやすく説明書きされている初心者向けのものだった。
――そういえば、逃げ回ってたあの時に見た星空、綺麗だったな……。
明かりのない波止場で野宿していたあの夜、不安と恐怖と心細さに苛まれていた黒斗の心を唯一癒してくれたもの。
月明かりに照らされ、空一面に広がっていた星達に目を奪われていたのを思い出していた。
本を閉じ、軽い足取りで一階へと戻る。
キッチンではお菓子作りが始まっており、三人が和気あいあいと楽しんでいる姿があった。
気にする様子もなく黒斗はテレビ前のソファーへ向かい座ると、そのまま本を読み始めたのだった。
それから一時間も満たない頃、お菓子作りに励んでいた三人の作業が一段落ついていた。
型どったクッキーを順番にオーブンで焼き上げている。
「どうする? 時間はまだまだあるしもう一品作ってみる?」
瑠璃は徐ろにカウンター横に置いていたレシピ本を開き、魔獣である颯が食べやすそうなお菓子を探している。
ルナと碧は両端からレシピ本を覗き込みお菓子の写真を眺めていた。
「ねぇねぇ! ボク、コレ作りたい!!」
ルナが興味津々に指を差したのはシンプルなパウンドケーキ。
これなら食べやすく手軽に作れそうだと瑠璃と碧も賛同し、少し休憩を取ってから作る事になった。
調理スペースと流し台を一旦掃除してから休憩しようとルナと瑠璃が片付け始める。
サボろうとしているルナを瑠璃が何度も引き止め叱っている光景があった。
そんな中、碧はコンロでお湯を沸かし、耐熱ガラス製のティーポットに紅茶の茶葉と共に注いで蒸らしている。
ダイニングテーブルにティーカップを並べ終わると、一つ一つに紅茶を注いでいき、内一つをトレーに乗せ黒斗がいるソファー前のローテーブルの上に置いた。
「へっ!?」
ティーカップをテーブルに置かれる音に驚き黒斗は思わず小声で叫んだ。
読書に夢中で気付かなかったのだ。
トレーを持った碧が「どうぞ」と差し出してくれる。
「……あっ、なんかごめん。気を遣わせちゃって……。」
「ううん、私がそうしたかっただけだから。」
碧は微笑ながらそう言うと、黒斗の耳元へと顔を近付け小声で話を続ける。
「さっき焼いたクッキーもそこに置いてるから、一緒に食べると美味しいよ。」
二人には内緒ね、と碧は右手人差し指を自身の口元に当てていた。
机に置いてあるティーカップをよく見てみると、キッチン側からは見えないように三枚のクッキーがソーサーの上に添えられている。
「……ありがとう。頂くよ。」
黒斗は向こうの二人に気付かれないようにお礼を言うと、砂糖の有無を聞かれたので少し貰う事にする。
砂糖を入れ終わると碧は二人の元へと戻っていった。
黒斗はアトリエに来る前の魔導テントで過ごした日以来食事を取っていない。
ここに来た時に麦茶や紅茶を飲む程度だ。
――一緒に食べると美味しいって言ってたな。
黒斗はクッキーを口の中に入れ味を噛み締める。
表面のサクサク感と程よい甘さが口いっぱいに広がったところで紅茶を飲んでみた。
「旨っ。」
この組み合わせは砂糖なしでもいけるかもしれない、と黒斗は読書を再開するのだった。
瑠璃と碧が紅茶を飲みながら休憩していると、自室へ戻っていたルナがバタバタと階段を降りてくる。
大きな桃色のキャンディーを右手に持ちご機嫌な様子で碧の隣りに座った。
「それって、この前言ってたキャンディー?」
「うん! 師匠が作ってくれたキャンディー! でんきあめって言うんだ!」
ルナは無邪気にでんきあめを二人に見せながら説明する。
毎度師匠の食事を取る姿をじっと見ていると、いたたまれない気持ちになるからと創ってくれたのだそうだ。
こちらもハリセン同様ルナ専用のアイテムとなっており、口に含むとパチパチと小さな音を立て、微量の雷魔法がルナの人工知能を刺激し何かを食べたような気分にさせてくれる仕様になっている。
ルナがでんきあめを口に含むとパチパチという音が小さく鳴り響いていた。
「確か、人間が口に入れると感電するって師匠が言ってた! ボクはともかく、皆が口に入れたらどうなるんだろう?」
そう言ってルナは堪能していたでんきあめを出して眺めた後、ふと思い立って黒斗に声をかける。
「ねー黒斗、ちょっとコレ食べてみてよ!!」
「はぁ!? やだよ!! 今感電がどうのって言ってたヤツだろ!?」
本を読みながら話を流し聞きしていた黒斗は耳を疑い不信感を抱いた。
人ではないと言われたとはいえ、「感電する可能性のあるものを口に入れて」と頼まれ恐怖を抱かない者など居ない。
そもそも誰かが口に入れたものを口の中に入れたくない。
ルナの無神経な発言に彼は少々怒っている。
碧が慌てて止めに入ると、ルナは素直に謝りでんきあめを口に入れ直して少し大人しくなっていた。
――俺、コイツに弟子入りして本当に良かったのかな……。
黒斗は大きなため息をつき、不機嫌ながらも読書を再開するのだった。
少し時間が経ち、オーブンからクッキーが焼き上がる音が聞こえた。
碧はそれを取り出すと一旦調理台に置き、クッキングペーパーごと大きなお皿に移し替えている。
熱くなっている天板を邪魔にならないであろうコンロの上に置くと、パウンドケーキを作る為にお皿をダイニングテーブルまで運んだ。
その間、瑠璃はパウンドケーキを作る為の準備を行っていた。
洗って間もない調理道具を取り出し、バターと卵が常温になっているかを確認しようとした時だった。
耐熱性のガラスボウルに入れておいたバターの横に黄色と黄緑色の何かが見えないように入れられている。
「……ルナ、これは何かな?」
瑠璃は笑顔でルナの元へと向かい優しく尋ねた。
左手にはハリセンを持っている。
「げっ! ハリセン!! 捨てたハズなのになんで!?」
「ルナ? これは何かな?」
「ヒィ!! ナ、ナンノコトカナー?」
「……ねぇ、これ、どうするの? 食べ物で遊んじゃダメって前に言ったよね?」
瑠璃は笑顔のまま少しずつルナに近付いていく。
――めちゃくちゃ怒ってる……。
ルナは冷や汗をかいたような表情でゆっくりと後ずさりした。
助けを求めるかのように周りをキョロキョロ見渡しているが、黒斗も碧も無視している。
「く、黒斗が食べてくれるから大丈夫だよ! ボクの弟子だもん!!」
「おい、俺を何だと思ってんだ。」
「み、身代わり……?」
「……瑠璃、俺の分も殴っといて。」
瑠璃は「わかった。」というとルナに向かって容赦なくハリセンを叩きつける。
パァン!! という大きな音と共にルナの叫び声がアトリエ中に響き渡るのであった。
基本小雨でない限りは雨の日は遠出しないでとルナに念を押されている為、今日みたいな日は特にする事がない。
「あー……。暇。」
黒斗は家事を一通り済ませた後、今日の修行も終え暇を持て余していた。
修行は何処でも出来るが、それを差し引いても結構な時間が余ってしまう。
自室と階段横の応接室の棚にあるのは白紙のノートだけで、現時点ではメモ書きをする程度でしか利用する事がなかった。
一階の物置部屋に置かれている物は掃除の際に一度動かしてはいるが、何かあった時の事を考えると怖くて触れずにいる。
地下はまだ掃除の途中だそうで降りた事がない。
――そういえば階段横の扉の中、確認してねぇな。
黒斗はふと思い立って一階へ向かった。
階段横の扉にも鍵がかかっており、どうやら一階と二階で鍵が分かれているようだ。
玄関扉と同じ鍵を使い扉を開けると、すぐ右側には二階と同じ作りのキッチン、トイレと洗面所、お風呂が備え付けられていた。
こちらは二階と違って湯船はなくシャワールームとなっている。
短い廊下を進んだ先は広いリビングルームとなっており、大人数用のダイニングテーブルと椅子、壁側には沢山の棚が置かれてあった。
過去に使用された形跡が残っている。
右奥にある扉にも鍵がかかっており、扉を開けると目の前に本館が見える。
道側にある事から、本来の玄関はこちらの扉が正しいようだ。
黒斗は部屋全体を確認した後、鍵を閉めいつもの階段前まで戻ってきた。
使う予定がないので掃除をする気分にはなれない。
――そういえば図書室があるんだっけ。本でも読んでみようかな……。
黒斗は靴を履き、靴箱横にある傘立てから傘を取って本館へと向かった。
「おはよう。……何してんの?」
黒斗が玄関の扉を開けるとルナ達がキッチン前で何かの準備をしていた。
三人とも三角巾とエプロンを身に付けており、瑠璃と碧はテーブルに広げたキッチン道具を持ち上げ、ルナは両手に泡立て器とヘラを持ちパンパンと叩いて遊んでいる。
「あ、黒斗くんおはよう。これからお菓子を作るところなの。ほら、明日颯くんと会うでしょ? 美味しい物を食べてもらおうと思って。」
昨日ルナから颯の話を聞いた時に、「向こうの食事が合わないみたいで関心があまりないように思えたから、食事の楽しさを知ってもらいたいんだよね」と話していたのを黒斗は思い出した。
もしかすると自分達と同じ食べ物が彼には合うのかもしれないと、明日の為に作る事になったようだ。
「女子の大事な時間なんだから黒斗は入って来んなよー。」
「は? つーかそこのキッチン、広さ的に三人が限界じゃね?」
「あー……うん。まぁそうなんだけどさぁ。」
ルナは黒斗をからかってはみたものの、真面目に返されたので拗ねた様子で「ブー」と頬を膨らませている。
「あ、本借りてっていい?」
「いいよー。読んだら元の場所に戻しといてね。」
黒斗はルナの承諾を得て地下へと続く階段を降りた。
扉を開け、想像以上の広さに呆然とする。
――今日中に読みたいやつ見つけられっかな……。
黒斗は少々不安になった。
一日かけても十分な暇つぶしにはなるが、収穫なしで帰るのは勿体ないように思えた。
読みたい本のジャンルの目星もない。
――とりあえず、右側の棚から見ていこう。
黒斗はゆっくりと右端の本棚へと向かうが想像以上に距離がある。
その広さは一階よりも広く見えた。
黒斗は本棚を眺めながら奥まで歩いていると、とある棚の列の前を通ろうとした時に何かを感じ取る。
――ん? ……ちょっと見てみるか。
不思議に思いながらも奥から七列目にある本棚を一つずつ確認していった。
この列の本棚は主に地質学や生物等について書かれている本が置かれている。
家主であるルナの師匠達がどれほど世界を知る為の努力をしてきたのかが垣間見えた。
自分達の事を知る為にも鉱物関連の本は読んでもいいかもしれない、と考えながら更に奥へと進んでいくと、突然左側の棚が気になり足を止める。
本棚の上には《天文学》と書かれていた。
よくわからないけれど難しそうだな、と思いながら黒斗は流し目で本のタイトルを見ていく。
上から順番に本の背表紙にあるタイトルを見ていくと、目線より少し下の段にふと気になる本を見つけた。
「天体観測……? って何だろ……。」
益々気になった黒斗はパラパラとページを捲り本の内容を確認していく。
その本は星空の写真と共に天体について分かりやすく説明書きされている初心者向けのものだった。
――そういえば、逃げ回ってたあの時に見た星空、綺麗だったな……。
明かりのない波止場で野宿していたあの夜、不安と恐怖と心細さに苛まれていた黒斗の心を唯一癒してくれたもの。
月明かりに照らされ、空一面に広がっていた星達に目を奪われていたのを思い出していた。
本を閉じ、軽い足取りで一階へと戻る。
キッチンではお菓子作りが始まっており、三人が和気あいあいと楽しんでいる姿があった。
気にする様子もなく黒斗はテレビ前のソファーへ向かい座ると、そのまま本を読み始めたのだった。
それから一時間も満たない頃、お菓子作りに励んでいた三人の作業が一段落ついていた。
型どったクッキーを順番にオーブンで焼き上げている。
「どうする? 時間はまだまだあるしもう一品作ってみる?」
瑠璃は徐ろにカウンター横に置いていたレシピ本を開き、魔獣である颯が食べやすそうなお菓子を探している。
ルナと碧は両端からレシピ本を覗き込みお菓子の写真を眺めていた。
「ねぇねぇ! ボク、コレ作りたい!!」
ルナが興味津々に指を差したのはシンプルなパウンドケーキ。
これなら食べやすく手軽に作れそうだと瑠璃と碧も賛同し、少し休憩を取ってから作る事になった。
調理スペースと流し台を一旦掃除してから休憩しようとルナと瑠璃が片付け始める。
サボろうとしているルナを瑠璃が何度も引き止め叱っている光景があった。
そんな中、碧はコンロでお湯を沸かし、耐熱ガラス製のティーポットに紅茶の茶葉と共に注いで蒸らしている。
ダイニングテーブルにティーカップを並べ終わると、一つ一つに紅茶を注いでいき、内一つをトレーに乗せ黒斗がいるソファー前のローテーブルの上に置いた。
「へっ!?」
ティーカップをテーブルに置かれる音に驚き黒斗は思わず小声で叫んだ。
読書に夢中で気付かなかったのだ。
トレーを持った碧が「どうぞ」と差し出してくれる。
「……あっ、なんかごめん。気を遣わせちゃって……。」
「ううん、私がそうしたかっただけだから。」
碧は微笑ながらそう言うと、黒斗の耳元へと顔を近付け小声で話を続ける。
「さっき焼いたクッキーもそこに置いてるから、一緒に食べると美味しいよ。」
二人には内緒ね、と碧は右手人差し指を自身の口元に当てていた。
机に置いてあるティーカップをよく見てみると、キッチン側からは見えないように三枚のクッキーがソーサーの上に添えられている。
「……ありがとう。頂くよ。」
黒斗は向こうの二人に気付かれないようにお礼を言うと、砂糖の有無を聞かれたので少し貰う事にする。
砂糖を入れ終わると碧は二人の元へと戻っていった。
黒斗はアトリエに来る前の魔導テントで過ごした日以来食事を取っていない。
ここに来た時に麦茶や紅茶を飲む程度だ。
――一緒に食べると美味しいって言ってたな。
黒斗はクッキーを口の中に入れ味を噛み締める。
表面のサクサク感と程よい甘さが口いっぱいに広がったところで紅茶を飲んでみた。
「旨っ。」
この組み合わせは砂糖なしでもいけるかもしれない、と黒斗は読書を再開するのだった。
瑠璃と碧が紅茶を飲みながら休憩していると、自室へ戻っていたルナがバタバタと階段を降りてくる。
大きな桃色のキャンディーを右手に持ちご機嫌な様子で碧の隣りに座った。
「それって、この前言ってたキャンディー?」
「うん! 師匠が作ってくれたキャンディー! でんきあめって言うんだ!」
ルナは無邪気にでんきあめを二人に見せながら説明する。
毎度師匠の食事を取る姿をじっと見ていると、いたたまれない気持ちになるからと創ってくれたのだそうだ。
こちらもハリセン同様ルナ専用のアイテムとなっており、口に含むとパチパチと小さな音を立て、微量の雷魔法がルナの人工知能を刺激し何かを食べたような気分にさせてくれる仕様になっている。
ルナがでんきあめを口に含むとパチパチという音が小さく鳴り響いていた。
「確か、人間が口に入れると感電するって師匠が言ってた! ボクはともかく、皆が口に入れたらどうなるんだろう?」
そう言ってルナは堪能していたでんきあめを出して眺めた後、ふと思い立って黒斗に声をかける。
「ねー黒斗、ちょっとコレ食べてみてよ!!」
「はぁ!? やだよ!! 今感電がどうのって言ってたヤツだろ!?」
本を読みながら話を流し聞きしていた黒斗は耳を疑い不信感を抱いた。
人ではないと言われたとはいえ、「感電する可能性のあるものを口に入れて」と頼まれ恐怖を抱かない者など居ない。
そもそも誰かが口に入れたものを口の中に入れたくない。
ルナの無神経な発言に彼は少々怒っている。
碧が慌てて止めに入ると、ルナは素直に謝りでんきあめを口に入れ直して少し大人しくなっていた。
――俺、コイツに弟子入りして本当に良かったのかな……。
黒斗は大きなため息をつき、不機嫌ながらも読書を再開するのだった。
少し時間が経ち、オーブンからクッキーが焼き上がる音が聞こえた。
碧はそれを取り出すと一旦調理台に置き、クッキングペーパーごと大きなお皿に移し替えている。
熱くなっている天板を邪魔にならないであろうコンロの上に置くと、パウンドケーキを作る為にお皿をダイニングテーブルまで運んだ。
その間、瑠璃はパウンドケーキを作る為の準備を行っていた。
洗って間もない調理道具を取り出し、バターと卵が常温になっているかを確認しようとした時だった。
耐熱性のガラスボウルに入れておいたバターの横に黄色と黄緑色の何かが見えないように入れられている。
「……ルナ、これは何かな?」
瑠璃は笑顔でルナの元へと向かい優しく尋ねた。
左手にはハリセンを持っている。
「げっ! ハリセン!! 捨てたハズなのになんで!?」
「ルナ? これは何かな?」
「ヒィ!! ナ、ナンノコトカナー?」
「……ねぇ、これ、どうするの? 食べ物で遊んじゃダメって前に言ったよね?」
瑠璃は笑顔のまま少しずつルナに近付いていく。
――めちゃくちゃ怒ってる……。
ルナは冷や汗をかいたような表情でゆっくりと後ずさりした。
助けを求めるかのように周りをキョロキョロ見渡しているが、黒斗も碧も無視している。
「く、黒斗が食べてくれるから大丈夫だよ! ボクの弟子だもん!!」
「おい、俺を何だと思ってんだ。」
「み、身代わり……?」
「……瑠璃、俺の分も殴っといて。」
瑠璃は「わかった。」というとルナに向かって容赦なくハリセンを叩きつける。
パァン!! という大きな音と共にルナの叫び声がアトリエ中に響き渡るのであった。
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