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Episode 3 【ツイステッド!!】
#15
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「おはよー! ……あれ? 碧は?」
ルナが帰宅してから二週間程経った朝。
一階へ降りてきたルナは碧の姿が見当たらない事に気付いた。
ダイニングテーブルの椅子に座って本を読んでいる瑠璃に尋ねてみる。
「ルナ、おはよう。碧ならさっき荷物を持って出かけたよ。」
瑠璃は読書を止め微笑みながらルナに言った。
――もー、あんま遠くに行ってなきゃいいけど……。
そう呟きながら魔力感知を発動させる。
ルナには全員の魔力を視る事が出来る。
浄化してからはよりくっきり視えるようになっているようで、師匠の魔力は宝石の効能によって各々の身体に馴染んでいる様子が視えていた。
「……ま、大丈夫そうならいっか。」
碧の居場所を確認した後、瑠璃の右隣に座る。
瑠璃は読書に夢中だ。
熱心に読んでいるその本は今まで読んでいた料理本ではない。
邪魔しちゃ悪いと眺めていると、視線に気付いた瑠璃が読書を中断し「小説を読んでいるところなの。」と教えてくれた。
誰かの物語を追体験しているようで読むのが楽しくて仕方がないらしく、読書にハマりつつある彼女をルナは嬉しそうに見ていた。
「あのね、だいぶ生活にも慣れてきただろうから、来週あたりからボクと師匠がやってる日課を皆にやってもらおうと思うんだ。」
「日課……? どんな事をするの?」
「ボク達みたいに魔力を宿す者は大地の魔力を借りて生きているって話は前にしたよね? 魔力ある大地に感謝を込めてお返しをするんだ。所謂等価交換ってやつだね。人間も行っている地道な事なんだけど、詳しい話は来週するね!」
用件を伝えたルナはご機嫌な様子でアトリエを出て行ってしまった。
――もしかして毎日どこかへ出かけているのはその日課をしに……?
帰ってきたら聞いてみよう、と瑠璃は小説の続きを読み始めたのだった。
時は同じ頃、黒斗は修行を兼ねて森の中を歩いていた。
アトリエから西側を数十分ほど歩いた所に横たわった太めの木があり、その上に座る。
断面を見ると刺さりそうなくらい尖っている。
何かがぶつかり折れて倒れたであろう可能性が高い。
想像すると怖くなるので、考えるのをやめ地図を確認する。
敷地の境界線までは結構な距離がありそうだ。
――敷地の全てを一日で歩いて周るのは厳しいだろうな。
思わずため息が零れた。
ここに来てまだ日は浅いが今も大地を知るとはどういう意味なのかわからない。
こればかりは自力で見つけるのが課題のような気がしていた。
自分を知る事はルナから貰った瞑想の本でなんとなくは理解している。
未だ瞑想する時間は短いとはいえ、徐々に増やして積み重ねていくしかないのだろう。
――今はやるしかねぇよなぁ……。
黒斗は自分と向き合う為に瞑想を始めようとする。
自室で行うより外で行う方が何故だか捗るのだ。
一呼吸して目を閉じようとした時だった。
「あ、あの……!」
聞き覚えのある声に話しかけられ叫ぶ黒斗に少女も驚く。
黒斗が振り向いた先には碧が立っていた。
誰かが来るとは予測していなかった彼の心臓部分は大きく響いている。
「び、びっくりした……。ど、どうした?」
「えっと……たまたま見かけたから何処行くんだろって気になって……ついてきちゃった……。」
碧は自信なさげにモジモジしながら黒斗の様子を伺っている。
興味本位でついてきたのはいいが帰れなくなったようだ。
「……お前、後先考えずに行動するタイプだろ。」
「ふぇ!? そ、そんなことない……もん。」
「そりゃあいつもルナが心配する訳だ。」と呆れて言う黒斗の反応に碧は少し怯えている。
勝手についてきて怒っているのではないかと怖がっているようにも見えた。
「俺、これから修行するからすぐには帰らねぇけど、碧は何か予定あんの?」
「な、ないよ。」
「そっか。なら終わるまで待っててくんね? 帰るにしても疲れたから休みてぇし……。」
「う、うん……わかった……。」
碧が同じ木の上にちょこんと座るのを確認すると黒斗は前を向きため息をつく。
少し気まずい空気が流れていた。
――ちょっ、待って……! 女の子と、何話せばいいんだ!?
普段通りに接してはいたものの内心はかなり動揺していた。
修行が終わるまで待ってと言ったのはいいが、ただ待たせてしまうのは気が引ける。
素っ気ない態度を取ってしまった事を少し後悔しながら暇を持て余しているであろう彼女の方へ顔を向けた。
「……何してんの?」
碧は暇を持て余すどころか鉛筆を右手で立てて持ちながら腕を伸ばして片目で何かを観察している。
「絵を描こうと思って」と左手に持っていた白紙のスケッチブックを見せてくれた。
どうやら魔導図書室で風景画の画集を見つけて以来絵画に興味を持ったようだ。
元々は絵を描く為に外出したと話している。
――なんだ、気にしなくて良さそうだな。
黒斗は安心して姿勢を正し瞑想を始めるのだった。
あれから時間が経ち、「そろそろいいか」と黒斗は目を開けて瞑想を終える。
上着ポケットに入れている懐中時計を確認し黒斗は驚く。
――え、もう一時間……? そんなに時間経ってたんだ……。
今までは長くて二十分、集中力がなかったのかどうも飽きてしまい続かなかったのだ。
左隣に座っている碧を見ると絵を描くのに夢中になっている。
眺めながら暫く待っていると、視線に気付いた碧が手を止めて黒斗に顔を向けた。
「終わったの? お疲れ様。」
碧は微笑みながらそう言うと「もうちょっと待ってて」とお絵描きに集中する。
三分くらい待っていると「出来たー!」と両手でスケッチブックを高々と上げていた。
「何描いてたの? 見せてよ。」
黒斗は興味本位でスケッチブックを覗こうとするも見えないようにページを捲りながら隠されてしまった。
見られたくなかったのかと申し訳ない気持ちになるがそうではないようで、彼女は恥ずかしそうにしながら「何枚か描いたんだ。」と順番に見せてくれようとしている。
「最初にこれを描いたんだけど、上手く描けなくて断念しちゃったの……。どうしたら描けるようになるんだろ……。」
そう言ってスケッチブックを開いて見せてもらった絵は全体的なバランスと形が上手く取れないまま中断された風景画だった。
彼女は少々落ち込んだ様子でいる。
少しの間絵を眺めていた黒斗は頭の中で言葉を選びながら口を開いていく。
「これ、最初は何か一つに絞って描き始めるのがいいんじゃね? 描き始めたばっかだろ?」
「う、うん……。」
「いきなり全部を描くのはムズいと思う。俺だって修行始めたばっかの頃は三分ぐらいしか出来なかったし……。」
「え……? そうなの?」
碧は意外だと驚いていた。
「実は今回のが最長記録なんだよな。」と黒斗は苦笑しながら話している。
「お互い初心者なんだから出来なくて当たり前だって。……たぶん。」
「たぶんって……。ふふっ、そうだね。」
黒斗の曖昧な返答が可笑しくなり、碧の表情は和らいでいった。
――良かった。元気になったみたいだな。
黒斗は静かに安堵のため息をつき「他には何を描いたの?」と問うと、碧は順番に絵を見せてくれた。
全部で四枚の絵を描いたようで、内二枚は可愛らしいクマとウサギのイラストだった。
画力はプロのものには到底及ばないものの、子供用の絵本のイラストに近いものがある。
「あと、これが最後!」と先程まで描いていた絵を彼女は健気に見せてくれた。
「……ぶっ! なんだよコレ!? 絵柄全然ちげーじゃん!!」
予想外の絵を見せられ黒斗は思わず吹き出してしまい笑いが止まらなくなる。
スケッチブックに描かれていたのは渋い顔をしてポーズを決め込んでいる人面花のイラストだった。
終いにはツボにハマり腹を抱えて笑い出す始末で、その姿を見ている碧の機嫌がだんだん悪くなっていく。
「もぉー! そんなに笑わなくてもいいじゃん!!」
むぅー、と頬を膨らませながら黒斗を睨んでいる。
「ごめん、ごめん。」と謝ってはいたものの落ち着くまでに時間がかかっていた。
笑いすぎて涙目になっている。
「ひー……、あー、涙出た……。こんなに笑ったのは……」
涙を拭いながら黒斗はハッとした。
――そういえば、こんなに笑ったの、初めて……かも。
驚きを隠せない顔でまじまじと碧を見る。
彼女の不機嫌な表情がだんだん和らいでいった。
「良かったぁ。」と言って黒斗に笑顔を向けている。
「黒斗、ここ最近こーんなしかめっ面してたから……。元気になって良かった。」
碧は両手で自身の目尻を伸ばして変顔を作っている。
――確かに、ここんとこずっと修行の事ばかり考えてたもんな……。
黒斗はここ数日の自分自身を振り返っていた。
瞑想をしても雑念が入るせいで気が散ってしまい続けられなくなる。
大地を知る事の意味もわからない。
始めたばかりではあるが黒斗は焦っていた。
先程碧に「最初は出来なくて当たり前」だと話した時も半分自身に言い聞かせていたようなものだった。
「……実は修行の事で悩んでてさ。抽象的すぎて全然分かんなくて。でも、分からない事をずっと考えていても仕方がねぇのかもな……。」
そう話して黒斗は視線を逸らした。
――そうだよな。考えていても仕方がない、か。
深呼吸をしてゆっくり立ち上がり背伸びをする。
黒斗は心做しか気が楽になったような気分になっていた。
振り返ると碧がキョトンとした顔で黒斗を見ている。
「……帰ろっか。」
そう言って黒斗は上着ポケットから八つ折りの地図を取り出す。
ここからアトリエまでの距離はこの地図でいうとおおよそ五センチほどだ。
「それ、なぁに?」
「ここの地図だよ。ルナから貰った。この赤い矢印が今俺達が居る場所な。後でもっかい見せるからこの場所しっかり覚えとけよ?」
よく分からないまま頷いた碧を横目に企んだ表情で黒斗は笑う。
この後の反応が楽しみだ、と想像しながら歩き出した。
変わり映えのない森の中を地図を頼りに帰路につく。
他愛もない会話をたまに挟みつつひたすらに歩き続けた。
道中、地図を見ながら隣りを歩く黒斗の顔を碧は覗き込みながら声をかける。
「あの……、またついていってもいい……? 私、もっと色んな絵を描きたい。」
碧はモジモジしながら遠慮がちに聞く。
出会ってから今日まで、彼女はルナに散々『遠くへ行くな、離れるな』と念を押されている。
それはおそらく一人で行こうとするからだろう。
誰かと行動を共にすれば何も言われないのではないか、碧はそう考えているようにも伺える。
「べっ、別に……いいけど……。」
黒斗は気恥ずかしくなりそっぽを向いて返答する。
嬉しそうにしている碧にお礼を言われても目を合わせられないまま帰宅するのであった。
ルナが帰宅してから二週間程経った朝。
一階へ降りてきたルナは碧の姿が見当たらない事に気付いた。
ダイニングテーブルの椅子に座って本を読んでいる瑠璃に尋ねてみる。
「ルナ、おはよう。碧ならさっき荷物を持って出かけたよ。」
瑠璃は読書を止め微笑みながらルナに言った。
――もー、あんま遠くに行ってなきゃいいけど……。
そう呟きながら魔力感知を発動させる。
ルナには全員の魔力を視る事が出来る。
浄化してからはよりくっきり視えるようになっているようで、師匠の魔力は宝石の効能によって各々の身体に馴染んでいる様子が視えていた。
「……ま、大丈夫そうならいっか。」
碧の居場所を確認した後、瑠璃の右隣に座る。
瑠璃は読書に夢中だ。
熱心に読んでいるその本は今まで読んでいた料理本ではない。
邪魔しちゃ悪いと眺めていると、視線に気付いた瑠璃が読書を中断し「小説を読んでいるところなの。」と教えてくれた。
誰かの物語を追体験しているようで読むのが楽しくて仕方がないらしく、読書にハマりつつある彼女をルナは嬉しそうに見ていた。
「あのね、だいぶ生活にも慣れてきただろうから、来週あたりからボクと師匠がやってる日課を皆にやってもらおうと思うんだ。」
「日課……? どんな事をするの?」
「ボク達みたいに魔力を宿す者は大地の魔力を借りて生きているって話は前にしたよね? 魔力ある大地に感謝を込めてお返しをするんだ。所謂等価交換ってやつだね。人間も行っている地道な事なんだけど、詳しい話は来週するね!」
用件を伝えたルナはご機嫌な様子でアトリエを出て行ってしまった。
――もしかして毎日どこかへ出かけているのはその日課をしに……?
帰ってきたら聞いてみよう、と瑠璃は小説の続きを読み始めたのだった。
時は同じ頃、黒斗は修行を兼ねて森の中を歩いていた。
アトリエから西側を数十分ほど歩いた所に横たわった太めの木があり、その上に座る。
断面を見ると刺さりそうなくらい尖っている。
何かがぶつかり折れて倒れたであろう可能性が高い。
想像すると怖くなるので、考えるのをやめ地図を確認する。
敷地の境界線までは結構な距離がありそうだ。
――敷地の全てを一日で歩いて周るのは厳しいだろうな。
思わずため息が零れた。
ここに来てまだ日は浅いが今も大地を知るとはどういう意味なのかわからない。
こればかりは自力で見つけるのが課題のような気がしていた。
自分を知る事はルナから貰った瞑想の本でなんとなくは理解している。
未だ瞑想する時間は短いとはいえ、徐々に増やして積み重ねていくしかないのだろう。
――今はやるしかねぇよなぁ……。
黒斗は自分と向き合う為に瞑想を始めようとする。
自室で行うより外で行う方が何故だか捗るのだ。
一呼吸して目を閉じようとした時だった。
「あ、あの……!」
聞き覚えのある声に話しかけられ叫ぶ黒斗に少女も驚く。
黒斗が振り向いた先には碧が立っていた。
誰かが来るとは予測していなかった彼の心臓部分は大きく響いている。
「び、びっくりした……。ど、どうした?」
「えっと……たまたま見かけたから何処行くんだろって気になって……ついてきちゃった……。」
碧は自信なさげにモジモジしながら黒斗の様子を伺っている。
興味本位でついてきたのはいいが帰れなくなったようだ。
「……お前、後先考えずに行動するタイプだろ。」
「ふぇ!? そ、そんなことない……もん。」
「そりゃあいつもルナが心配する訳だ。」と呆れて言う黒斗の反応に碧は少し怯えている。
勝手についてきて怒っているのではないかと怖がっているようにも見えた。
「俺、これから修行するからすぐには帰らねぇけど、碧は何か予定あんの?」
「な、ないよ。」
「そっか。なら終わるまで待っててくんね? 帰るにしても疲れたから休みてぇし……。」
「う、うん……わかった……。」
碧が同じ木の上にちょこんと座るのを確認すると黒斗は前を向きため息をつく。
少し気まずい空気が流れていた。
――ちょっ、待って……! 女の子と、何話せばいいんだ!?
普段通りに接してはいたものの内心はかなり動揺していた。
修行が終わるまで待ってと言ったのはいいが、ただ待たせてしまうのは気が引ける。
素っ気ない態度を取ってしまった事を少し後悔しながら暇を持て余しているであろう彼女の方へ顔を向けた。
「……何してんの?」
碧は暇を持て余すどころか鉛筆を右手で立てて持ちながら腕を伸ばして片目で何かを観察している。
「絵を描こうと思って」と左手に持っていた白紙のスケッチブックを見せてくれた。
どうやら魔導図書室で風景画の画集を見つけて以来絵画に興味を持ったようだ。
元々は絵を描く為に外出したと話している。
――なんだ、気にしなくて良さそうだな。
黒斗は安心して姿勢を正し瞑想を始めるのだった。
あれから時間が経ち、「そろそろいいか」と黒斗は目を開けて瞑想を終える。
上着ポケットに入れている懐中時計を確認し黒斗は驚く。
――え、もう一時間……? そんなに時間経ってたんだ……。
今までは長くて二十分、集中力がなかったのかどうも飽きてしまい続かなかったのだ。
左隣に座っている碧を見ると絵を描くのに夢中になっている。
眺めながら暫く待っていると、視線に気付いた碧が手を止めて黒斗に顔を向けた。
「終わったの? お疲れ様。」
碧は微笑みながらそう言うと「もうちょっと待ってて」とお絵描きに集中する。
三分くらい待っていると「出来たー!」と両手でスケッチブックを高々と上げていた。
「何描いてたの? 見せてよ。」
黒斗は興味本位でスケッチブックを覗こうとするも見えないようにページを捲りながら隠されてしまった。
見られたくなかったのかと申し訳ない気持ちになるがそうではないようで、彼女は恥ずかしそうにしながら「何枚か描いたんだ。」と順番に見せてくれようとしている。
「最初にこれを描いたんだけど、上手く描けなくて断念しちゃったの……。どうしたら描けるようになるんだろ……。」
そう言ってスケッチブックを開いて見せてもらった絵は全体的なバランスと形が上手く取れないまま中断された風景画だった。
彼女は少々落ち込んだ様子でいる。
少しの間絵を眺めていた黒斗は頭の中で言葉を選びながら口を開いていく。
「これ、最初は何か一つに絞って描き始めるのがいいんじゃね? 描き始めたばっかだろ?」
「う、うん……。」
「いきなり全部を描くのはムズいと思う。俺だって修行始めたばっかの頃は三分ぐらいしか出来なかったし……。」
「え……? そうなの?」
碧は意外だと驚いていた。
「実は今回のが最長記録なんだよな。」と黒斗は苦笑しながら話している。
「お互い初心者なんだから出来なくて当たり前だって。……たぶん。」
「たぶんって……。ふふっ、そうだね。」
黒斗の曖昧な返答が可笑しくなり、碧の表情は和らいでいった。
――良かった。元気になったみたいだな。
黒斗は静かに安堵のため息をつき「他には何を描いたの?」と問うと、碧は順番に絵を見せてくれた。
全部で四枚の絵を描いたようで、内二枚は可愛らしいクマとウサギのイラストだった。
画力はプロのものには到底及ばないものの、子供用の絵本のイラストに近いものがある。
「あと、これが最後!」と先程まで描いていた絵を彼女は健気に見せてくれた。
「……ぶっ! なんだよコレ!? 絵柄全然ちげーじゃん!!」
予想外の絵を見せられ黒斗は思わず吹き出してしまい笑いが止まらなくなる。
スケッチブックに描かれていたのは渋い顔をしてポーズを決め込んでいる人面花のイラストだった。
終いにはツボにハマり腹を抱えて笑い出す始末で、その姿を見ている碧の機嫌がだんだん悪くなっていく。
「もぉー! そんなに笑わなくてもいいじゃん!!」
むぅー、と頬を膨らませながら黒斗を睨んでいる。
「ごめん、ごめん。」と謝ってはいたものの落ち着くまでに時間がかかっていた。
笑いすぎて涙目になっている。
「ひー……、あー、涙出た……。こんなに笑ったのは……」
涙を拭いながら黒斗はハッとした。
――そういえば、こんなに笑ったの、初めて……かも。
驚きを隠せない顔でまじまじと碧を見る。
彼女の不機嫌な表情がだんだん和らいでいった。
「良かったぁ。」と言って黒斗に笑顔を向けている。
「黒斗、ここ最近こーんなしかめっ面してたから……。元気になって良かった。」
碧は両手で自身の目尻を伸ばして変顔を作っている。
――確かに、ここんとこずっと修行の事ばかり考えてたもんな……。
黒斗はここ数日の自分自身を振り返っていた。
瞑想をしても雑念が入るせいで気が散ってしまい続けられなくなる。
大地を知る事の意味もわからない。
始めたばかりではあるが黒斗は焦っていた。
先程碧に「最初は出来なくて当たり前」だと話した時も半分自身に言い聞かせていたようなものだった。
「……実は修行の事で悩んでてさ。抽象的すぎて全然分かんなくて。でも、分からない事をずっと考えていても仕方がねぇのかもな……。」
そう話して黒斗は視線を逸らした。
――そうだよな。考えていても仕方がない、か。
深呼吸をしてゆっくり立ち上がり背伸びをする。
黒斗は心做しか気が楽になったような気分になっていた。
振り返ると碧がキョトンとした顔で黒斗を見ている。
「……帰ろっか。」
そう言って黒斗は上着ポケットから八つ折りの地図を取り出す。
ここからアトリエまでの距離はこの地図でいうとおおよそ五センチほどだ。
「それ、なぁに?」
「ここの地図だよ。ルナから貰った。この赤い矢印が今俺達が居る場所な。後でもっかい見せるからこの場所しっかり覚えとけよ?」
よく分からないまま頷いた碧を横目に企んだ表情で黒斗は笑う。
この後の反応が楽しみだ、と想像しながら歩き出した。
変わり映えのない森の中を地図を頼りに帰路につく。
他愛もない会話をたまに挟みつつひたすらに歩き続けた。
道中、地図を見ながら隣りを歩く黒斗の顔を碧は覗き込みながら声をかける。
「あの……、またついていってもいい……? 私、もっと色んな絵を描きたい。」
碧はモジモジしながら遠慮がちに聞く。
出会ってから今日まで、彼女はルナに散々『遠くへ行くな、離れるな』と念を押されている。
それはおそらく一人で行こうとするからだろう。
誰かと行動を共にすれば何も言われないのではないか、碧はそう考えているようにも伺える。
「べっ、別に……いいけど……。」
黒斗は気恥ずかしくなりそっぽを向いて返答する。
嬉しそうにしている碧にお礼を言われても目を合わせられないまま帰宅するのであった。
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