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第2章
梅雨入り
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仕事が一息ついたところで、早めの休憩をもらうことにした。
学生課には絶え間なく学生が訪ねてくるため、常に誰かが待機している必要がある。だから僕たち職員は時間をずらして休憩を取っているのだが、今日は珍しく昼休みの時間帯に休憩に入ることができた。
事務室を出て、キャンパス内に設置されているカフェテリアへと向かう。とはいっても狭いキャンパスだから、二、三分もかからないうちに目的地へとたどり着くことができる。
カフェテリアに入り空いている席を探していたところ、ちょうど目の前の席で、ひとりの少女が立ち上がった。彼女は何故だか不服そうに紅茶を飲み干すと、ノートパソコンを抱えて、逃げるようにこちら側へと向かって来た。そのまま彼女は図書館の方に消えていったのだけれど、すれ違った時に見えた憂鬱な表情は、どこかこの空間とは一線を画しているような気がしていた。
けれども何はともあれ、偶然空いた席が誰かに取られる前に、僕は速やかにその席へと腰を落ち着かせた。
色んな人が居るんだ。毎年沢山の人間がここへやって来て、同じくらい沢山の人間がここを去っていく。希望も絶望もそれ以外の感情も、大小の差こそあるけれど、あらゆる個人的な事情がここには密集している。そうしてそれらが、吐いてはただ捨てられてゆく。
この小さな世界は、ずっとそれを循環させているのだ。そんな世界において、僕も、さっきすれ違った彼女も、互いに抱えている問題は結局のところ些細なものなのかもしれない。
それでもやはり、僕の中の大半を占めているのはあの日の別れの事と、それに伴った醜い感情ばかりだった。かつて愛情だったものが、怒りや寂しさに形を変えながら、いつまでも僕の中に居座り続けている。時間とともに風化していくものがある反面、重くしがみついたものがあるということを思い知らされた。
僕の中にはまだ、あの日の恋が残っている。
「月が綺麗ですね」と、そんな言葉を言えたあなたの存在が、まだ僕の中には残っている。
気が付くと窓の外から、いつの間にかパラパラと音が聞こえる。見ると、微かではあるけれど雨が降り始めていた。そういえばちょうど今朝のニュースで、梅雨入りが報じられていたことを思い出した。
苦手な季節が始まろうとしているのだ。
学生課には絶え間なく学生が訪ねてくるため、常に誰かが待機している必要がある。だから僕たち職員は時間をずらして休憩を取っているのだが、今日は珍しく昼休みの時間帯に休憩に入ることができた。
事務室を出て、キャンパス内に設置されているカフェテリアへと向かう。とはいっても狭いキャンパスだから、二、三分もかからないうちに目的地へとたどり着くことができる。
カフェテリアに入り空いている席を探していたところ、ちょうど目の前の席で、ひとりの少女が立ち上がった。彼女は何故だか不服そうに紅茶を飲み干すと、ノートパソコンを抱えて、逃げるようにこちら側へと向かって来た。そのまま彼女は図書館の方に消えていったのだけれど、すれ違った時に見えた憂鬱な表情は、どこかこの空間とは一線を画しているような気がしていた。
けれども何はともあれ、偶然空いた席が誰かに取られる前に、僕は速やかにその席へと腰を落ち着かせた。
色んな人が居るんだ。毎年沢山の人間がここへやって来て、同じくらい沢山の人間がここを去っていく。希望も絶望もそれ以外の感情も、大小の差こそあるけれど、あらゆる個人的な事情がここには密集している。そうしてそれらが、吐いてはただ捨てられてゆく。
この小さな世界は、ずっとそれを循環させているのだ。そんな世界において、僕も、さっきすれ違った彼女も、互いに抱えている問題は結局のところ些細なものなのかもしれない。
それでもやはり、僕の中の大半を占めているのはあの日の別れの事と、それに伴った醜い感情ばかりだった。かつて愛情だったものが、怒りや寂しさに形を変えながら、いつまでも僕の中に居座り続けている。時間とともに風化していくものがある反面、重くしがみついたものがあるということを思い知らされた。
僕の中にはまだ、あの日の恋が残っている。
「月が綺麗ですね」と、そんな言葉を言えたあなたの存在が、まだ僕の中には残っている。
気が付くと窓の外から、いつの間にかパラパラと音が聞こえる。見ると、微かではあるけれど雨が降り始めていた。そういえばちょうど今朝のニュースで、梅雨入りが報じられていたことを思い出した。
苦手な季節が始まろうとしているのだ。
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