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15)胸の高鳴り

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 「イザーク、おかえり!」

 ルキオスは両手を広げて大きな笑顔で出迎えた。アダンの背中の傷が落ち着き、ミラの宿を出てから王領に着くまで一ヶ月以上経っていた。イザークは動かずに執務室の机の前に立つ彼にお辞儀をした。
 

 「団長、すみません。副団長や隊のみんなを守れなかったです。」


 「あれ?ハグは?」
 ルキオスは口を尖らせるが、イザークはいつものことなので気にも留めない。


 「団長、装備を整え次第、私も国境へ出発します。」


 ルキオスはイザークを抱きしめようと広げていた腕を下げて、椅子に座り足を組む。


 「君はもう少し休みなさい。大切な部下をまた無下に失う訳にはいかない。もともと、最初は戦うために国境へ派遣した部隊じゃなかった。だから逆にやられたとしても少数でよかったよ。西国もあれから大きな動きをしていないのも不幸中の幸いだな。」


 あの戦いの後、すぐにルキオスは大部隊を派遣したが、西国からはなんの動きもなかった。

 「不吉ですね。」

 イザークは伸び切った髪をかき上げた。

 「それはそうと。」ルキオスは両肘をつき、微笑みながら言った。
 「今回の戦いで君の階級が上がる予定だよ。」

 「どうしてですか?私はただ、逃げ帰ってきただけです。」

 「従騎士のアダンから聞いたよ、君がドラゴンの動きを止めたらしいじゃないか。」

 「とどめはさせていません。」

 「ドラゴンとの戦いから生き延びた。それだけでも十分じゃないか。今回の戦いに王は主人公が欲しいんだよ。西国を食い止めた騎士が。民衆を喜ばせ安心させるためにもね。」

 それにー。とルキオスは続ける。

 「喜ばないのはおかしな話だ。君は出世のために、今までもどんどん危険な仕事を引き受けていたじゃないか。」

 「もういい。」とルキオスは手のひらをひらひらさせながら、断定的な物言いをした。

 「拒否権はないのだから、素直に受け取るんだ。」

 「…わかりました。」

 イザークは無表情で会釈をして執務室を出ようとすると、ルキオスは何かを思い出したように彼を引き止めた。

 「そういえば前にフォンラン侯爵夫人に会ったよ。」

 イザークの背中は止まり、ゆっくりと振り向いた。今まで顔色ひとつ変えず淡々と答えていた彼の顔が曇る。
 それを見て、ルキオスはニヤニヤした。

 「君、何も教えてくれないから。あんなに可愛らしい顔を持ってる子だとは知らなかったよ。あどけない顔して、仕事もしっかりこなしていたよ?ほんと、タイミングが合えば一緒に踊りたかったなあ。」

 「…そうですか。」

 「それでね、少し前に皇女の女官に内定して、今は王の王城で働いているよ。」

 「女官…?」

 「戦地から帰ってきたばかりだから知らなかったか。」

 イザークは初耳だった。

 「よかったじゃないか。君の階級が上がれば、城に上がる機会も増えるから、会えるかもしれないね。」

 「……城も広いですし、女官といえど、簡単に会えるものではないでしょう。」

 「ふーん。彼女、君が国境でやられたと聞いて、すごく心配してたよ。無事だということを直接報告しといた方がいいんじゃない?」

 イザークの蒼い瞳は動揺で揺れた。その様子を見てルキオスは楽しそうに微笑む。
 

 「今度騎士団をねぎう会が王主催で開かれる。君はどうする?出席すると、先の戦いでドラゴンとの戦いから生き延びた騎士として注目されるだろうけど。」


 イザークは西国との争いがはじまるかもしれない時に、うたげとは呑気な話に聞こえた。だが、問題はそこじゃなかった。彼はルキオスの言おうとしていることが薄々分かった。

 ルキオスはイザークの返事するのを待たず話を先に進めた。


 「いつもそうだが、王主催の宴には皇女も出席される。その側にいつも皇女の女官たちもいるよ。」

 ルキオスは意地悪な顔で、眉間に皺を寄せ鋭い瞳をするイザークを見る。


 「どうする?行く?」
 
 

—————


 イザークは、騎士団詰め所の廊下を歩きながら少し前にユーリアの兄アルベル・シュナインと話したことを思い出していた。

 彼が正直に心の内を話すことはなかったが、最初からユーリアをフォンラン侯爵夫人で終わらせるつもりはないことだけはイザークにも分かっていた。
 王室に入り込ませようと画策していたのも勘づいていたが、まさかこんな早いとは…。

 イザークは従騎士時代に何度かフォンラン家を訪れていた。
 フォンラン侯爵は裏表のないさっぱりとした性格で、人間味もある。もう女遊びに興味がないことも知っていた。彼の子どもたちに陰湿な者はいたが、所詮しょせんユーリアに対抗できるような奴等ではなかった。
 
 ただ、王室になると別だ。フラインアイズナッハ王はもちろん、第一皇子もかなりの曲者だ。利用できる者は利用し、いらなくなれば捨てる。彼らに情はない。
 ユーリアの兄もなかなか非情だが、まだ人間らしい。

 だからこそイザークはユーリアはより早く王城にあがる必要があった。
 もっともっと強くなって…。 
 
 
 王主催のうたげまであと一週間。

 
 イザークは立ち止まり、窓の外を見た。
 相変わらず空には星々が瞬いていた。


 だだ、前見た時よりも美しく輝いていた。

 
 
 
 

 
 
 
 

 
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