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14)彼の想い
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身体がぐったりしてる。まるで自分の身体じゃないようだ。肩に担がれ、左に右に揺れる。
「…先輩、すみません…。」
カサカサの声で少年は声を絞り出す。
「喋らなくていい。もうすぐ着く。」
イザークは背中にいる少年に話しかけた。山の中腹を見下ろすと、そこには木造二階建ての家が建っていた。看板にはベットの絵が書いてある。
「ここにはあまり来たくなかったが…。」
イザークは少年を担ぎ直すと、再び山を下り始めた。
—————
「あらあ!イザークじゃなああい!久しぶりね~~!!!」
ふくよかな中年女性がお尻をフリフリと振りながら、今にもキスをしそうな勢いで玄関から入ってきたイザークを出迎える。
「あららら~?背中の少年の筆おろしに来てくれたのかしらあ~?それともイザーク?大歓迎よおお。」
「ミラ、部屋を用意してくれ。他の部屋から離れたところを。あとこいつの手当てと頼む。」
「相変わらずつれないねぇ。あら本当にこの子大怪我してるわね。ジュノに縫合してもらいましょう。」
少年の背中はパックリと割れていた。布で止血はしてあったが、それでもまだ血が滲み出ていた。
宿の女主人ミラは、手早く部屋と手当の手配をした。イザークは少年を担ぎ、受付横の階段を登りながら、一階食堂を見る。何人かの男性が宿の女たちと楽しそうにお酒を交わしている。だが前に来た時よりも人数は少なかった。
「最近境界沿いの戦いが厳しくなってきて、ここに来る人も減ってしまったよ。しかも怪我人も増えてるから、楽しい酒が飲めないし、商売もあがったりだよ。」
ミラの宿は国境に近く、東国側にある数少ない宿だった。そのため、仕事で境界線へ来た騎士や傭兵が休憩所としてよく利用していた。
ミラはイザークの身体中についた、泥に混じった血のようなものをチラッと見る。血はイザークのものではないようだ。
「しかし今回のドンパチは今までのとは違うらしいねえ。あんたよく無事だったね。」
ミラとイザークは部屋が並ぶ通路を歩いていた。ドアの向こうからは男性や女性のクスクスと言った声が漏れている。そのいくつかの部屋を通り過ぎ、ミラは一番奥の部屋のドアを開けた。
中には簡素なベットが2つ、その真ん中にはテーブルと椅子が置いてあった。
「すぐにジュノスを呼んでくるよ。あとイザーク、身体を下の水で流してきな。あんたのハンサムもそんな泥だらけじゃ台無しだよ。」
—————
炎が轟々と燃えていた。たくさんの騎士たちがその燃え盛る炎に飛び込んでいった。悲鳴がこだまする。自分も飛び込もうとするが、足が何かの力に引っ張られる。
しばらくすると、炎の中から大きな生き物が現れた。蛇のような顔で、背中にある羽を大きくはためかせていた。
それは大きな口から牙をのぞかせ、こちらに迫ってきたーー
ハッと少年は目を覚ます。身体が汗だくになっていた。
この夢を見るのは何度目だろう。
痛い背中を起こし、こめかみを押さえた。
少年はアダンと言った。14歳になったばかりで、従騎士としてルキオス師団に従事し、襲われた日も境界警護のために来ていた。
アダンはこれ以上眠れそうにないと重たい身体を起こし、一階へ向かった。
一階ではテーブルに座ったイザークが、一方的に熊のような体つきの大男に話しかけられていた。そのまわりを宿の女2人が取り巻いて、テーブルは賑やかだった。
イザークはアダンの気配に気がついて振り向く。
「アダン、1人で歩けるようになったのか。」
この宿に来てから5日ほど経っていた。アダンはこくりと頷き答えた。
「はい、足は無事だったので、もう歩けます。」
「そうか、じゃあそろそろ王領に戻れるな。」
イザークがそう言うと、2人の女が「えー?!もう帰っちゃうの?まだ何もしてないじゃない!」と不満そうに言う。
「まあまあ、こいつも忙しいんだし、俺がいるじゃないか!」
そう言いながら、大男は女の肩に手をまわした。だが上手くかわされ、彼の声が聞こえないかのように女たちはイザークに話しかけ続ける。
「チッなんだよ!」
大男はビールをグビグビ飲み干した。
アダンはどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていた。
イザークは飲んでいるビールのジャグを見つめながら、おもむろに口を開いた。
「俺、すごく下手くそなんだ。だから君たちを満足させることはできない。」
それを聞いた2人は興奮した様子で、
「そんなのやってみないと分からないじゃない!」女の1人がイザークにしなだれかかる。
もう一方の女が彼女をひっぺがし、
「私が満足させてあげるから心配しないで!」と引き下がらない。
するとイザークは真面目な表情で2人を見た。
「それに俺、勃たないんだ。」
イザークは真剣な眼差しで女2人を見つめる。
彼女らはその深刻な様子に、顔を見合わせ目配せをした。そして、「言わせてしまって、ご、ごめんなさい。」とそそくさと退散した。
離れゆく女たちを見ながら、大男は呆れた様子でテーブルに肘をついた。
「おまえ、前は男が好きだから相手ができないって断ってなかったか?」
「ああ。そしたら今度は男に言い寄られるようになったから、やめた。」
ビールを一口飲むと、
「アダン、待たせたな。」
イザークは成り行きをじっと見つめていたアダンをテーブルに呼び寄せた。
—————
夜は更けたのに、宿の下ではまだ乱痴気騒ぎが続いてた。しかしその喧騒も、イザークたちの部屋では微かに聞こえる程度だ。
部屋で椅子に座り、剣の手入れをしているイザークの隣のベットでアダンは仰向けで寝ていた。
「あの一階で話していた方は傭兵ですか?」
「ああ。何度か一緒に戦ったことがある。国境での戦いを聞きつけて、金になる仕事があるんじゃないかとここに来たらしい。ふざけた奴だが、強い。」
イザークは剣に拭き残しがないか、丹念に剣身を見る。
その様子を見ながらアダンはずっと口に出すのが怖くて聞けてなかったことを聞いた。
「先輩…僕たち以外みんな死んでしまったのですかね。」
その言葉にイザークはアダンを見つめ、剣を鞘におさめた。
「あの日のこと、今でも夢に見ます。僕、足がすくんで何もできなかった。そんなの従騎士とはいえ失格だ。…みんなの代わりに僕が死ねばよかったんだ。
アダンは両手で顔覆い隠した。
部屋を静寂が覆う。
しばらく間が空いて、イザークは話し始めた。
「アダン、おまえはどうして騎士を志した?」
「…。父が騎士だったからです。」
「それだけか?」
アダンはイザークを見つめ、しばらく間をおいて言った。
「…母と父と、家族全員が平穏に暮らせるように、この国を守りたかったからです…。だけど僕は弱いからダメです。」
「俺も俺の弱さゆえにおまえしか守れなかった。」
「そんなこと…!ドラゴンに一撃を放って、痛手を与えたのは先輩でした。」
首を振ってイザークは続ける。
「だからこそ俺はもっと強くなりたいと思ってる。強くなって大切なものを守れるように。」
イザークの蒼い瞳はまっすぐアダンを捉えた。
「アダン、生きているからこそもっと強くなれるんだ。」
アダンは目を逸らし、唇を震わした。
「でも……どうしたいか、どうすればいいか分かりません。」
イザークは立ち上がって、そっとアダンのおでこに手を当てた。
「今日はもう寝ろ。また考えればいい。」
イザークは手を離し、再び椅子に座って剣を鞘から抜いた。
「先輩」
「なんだ?」
「先輩はどうして騎士になったんですか?」
「……。欲しいものがあったから。」
「名誉や名声ですか?」
イザークは蒼い瞳を剣に落とした。
「そんなもの欲しいと思ったことはないな。」
「もしかして、お金ですか?」
イザークはこれ以上この話について話すつもりがないようで、剣を拭い始め答えた。
「アダン、寝なさい。君はまだ怪我人なんだ。」
「……はい。先にお休みさせていただきます。」
アダンは心も弱っていた。休息が必要だった。
彼は目を閉じると、すぐに規則正しい寝息が聞こえた。
イザークはベットの上に片足を立てて座り、窓の外を眺めた。国境では大きな戦いが始まろうとしているのに、空には星が明るく瞬いていた。
彼は首元にぶら下げている小袋取り出し、中から小さな十字のネックレスを取り出した。
「欲しいものね…。」
イザークは十字のネックレスを握りしめ、目をつぶった。
…欲しいものは、
欲しいひとは、
ただ一人
「…先輩、すみません…。」
カサカサの声で少年は声を絞り出す。
「喋らなくていい。もうすぐ着く。」
イザークは背中にいる少年に話しかけた。山の中腹を見下ろすと、そこには木造二階建ての家が建っていた。看板にはベットの絵が書いてある。
「ここにはあまり来たくなかったが…。」
イザークは少年を担ぎ直すと、再び山を下り始めた。
—————
「あらあ!イザークじゃなああい!久しぶりね~~!!!」
ふくよかな中年女性がお尻をフリフリと振りながら、今にもキスをしそうな勢いで玄関から入ってきたイザークを出迎える。
「あららら~?背中の少年の筆おろしに来てくれたのかしらあ~?それともイザーク?大歓迎よおお。」
「ミラ、部屋を用意してくれ。他の部屋から離れたところを。あとこいつの手当てと頼む。」
「相変わらずつれないねぇ。あら本当にこの子大怪我してるわね。ジュノに縫合してもらいましょう。」
少年の背中はパックリと割れていた。布で止血はしてあったが、それでもまだ血が滲み出ていた。
宿の女主人ミラは、手早く部屋と手当の手配をした。イザークは少年を担ぎ、受付横の階段を登りながら、一階食堂を見る。何人かの男性が宿の女たちと楽しそうにお酒を交わしている。だが前に来た時よりも人数は少なかった。
「最近境界沿いの戦いが厳しくなってきて、ここに来る人も減ってしまったよ。しかも怪我人も増えてるから、楽しい酒が飲めないし、商売もあがったりだよ。」
ミラの宿は国境に近く、東国側にある数少ない宿だった。そのため、仕事で境界線へ来た騎士や傭兵が休憩所としてよく利用していた。
ミラはイザークの身体中についた、泥に混じった血のようなものをチラッと見る。血はイザークのものではないようだ。
「しかし今回のドンパチは今までのとは違うらしいねえ。あんたよく無事だったね。」
ミラとイザークは部屋が並ぶ通路を歩いていた。ドアの向こうからは男性や女性のクスクスと言った声が漏れている。そのいくつかの部屋を通り過ぎ、ミラは一番奥の部屋のドアを開けた。
中には簡素なベットが2つ、その真ん中にはテーブルと椅子が置いてあった。
「すぐにジュノスを呼んでくるよ。あとイザーク、身体を下の水で流してきな。あんたのハンサムもそんな泥だらけじゃ台無しだよ。」
—————
炎が轟々と燃えていた。たくさんの騎士たちがその燃え盛る炎に飛び込んでいった。悲鳴がこだまする。自分も飛び込もうとするが、足が何かの力に引っ張られる。
しばらくすると、炎の中から大きな生き物が現れた。蛇のような顔で、背中にある羽を大きくはためかせていた。
それは大きな口から牙をのぞかせ、こちらに迫ってきたーー
ハッと少年は目を覚ます。身体が汗だくになっていた。
この夢を見るのは何度目だろう。
痛い背中を起こし、こめかみを押さえた。
少年はアダンと言った。14歳になったばかりで、従騎士としてルキオス師団に従事し、襲われた日も境界警護のために来ていた。
アダンはこれ以上眠れそうにないと重たい身体を起こし、一階へ向かった。
一階ではテーブルに座ったイザークが、一方的に熊のような体つきの大男に話しかけられていた。そのまわりを宿の女2人が取り巻いて、テーブルは賑やかだった。
イザークはアダンの気配に気がついて振り向く。
「アダン、1人で歩けるようになったのか。」
この宿に来てから5日ほど経っていた。アダンはこくりと頷き答えた。
「はい、足は無事だったので、もう歩けます。」
「そうか、じゃあそろそろ王領に戻れるな。」
イザークがそう言うと、2人の女が「えー?!もう帰っちゃうの?まだ何もしてないじゃない!」と不満そうに言う。
「まあまあ、こいつも忙しいんだし、俺がいるじゃないか!」
そう言いながら、大男は女の肩に手をまわした。だが上手くかわされ、彼の声が聞こえないかのように女たちはイザークに話しかけ続ける。
「チッなんだよ!」
大男はビールをグビグビ飲み干した。
アダンはどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていた。
イザークは飲んでいるビールのジャグを見つめながら、おもむろに口を開いた。
「俺、すごく下手くそなんだ。だから君たちを満足させることはできない。」
それを聞いた2人は興奮した様子で、
「そんなのやってみないと分からないじゃない!」女の1人がイザークにしなだれかかる。
もう一方の女が彼女をひっぺがし、
「私が満足させてあげるから心配しないで!」と引き下がらない。
するとイザークは真面目な表情で2人を見た。
「それに俺、勃たないんだ。」
イザークは真剣な眼差しで女2人を見つめる。
彼女らはその深刻な様子に、顔を見合わせ目配せをした。そして、「言わせてしまって、ご、ごめんなさい。」とそそくさと退散した。
離れゆく女たちを見ながら、大男は呆れた様子でテーブルに肘をついた。
「おまえ、前は男が好きだから相手ができないって断ってなかったか?」
「ああ。そしたら今度は男に言い寄られるようになったから、やめた。」
ビールを一口飲むと、
「アダン、待たせたな。」
イザークは成り行きをじっと見つめていたアダンをテーブルに呼び寄せた。
—————
夜は更けたのに、宿の下ではまだ乱痴気騒ぎが続いてた。しかしその喧騒も、イザークたちの部屋では微かに聞こえる程度だ。
部屋で椅子に座り、剣の手入れをしているイザークの隣のベットでアダンは仰向けで寝ていた。
「あの一階で話していた方は傭兵ですか?」
「ああ。何度か一緒に戦ったことがある。国境での戦いを聞きつけて、金になる仕事があるんじゃないかとここに来たらしい。ふざけた奴だが、強い。」
イザークは剣に拭き残しがないか、丹念に剣身を見る。
その様子を見ながらアダンはずっと口に出すのが怖くて聞けてなかったことを聞いた。
「先輩…僕たち以外みんな死んでしまったのですかね。」
その言葉にイザークはアダンを見つめ、剣を鞘におさめた。
「あの日のこと、今でも夢に見ます。僕、足がすくんで何もできなかった。そんなの従騎士とはいえ失格だ。…みんなの代わりに僕が死ねばよかったんだ。
アダンは両手で顔覆い隠した。
部屋を静寂が覆う。
しばらく間が空いて、イザークは話し始めた。
「アダン、おまえはどうして騎士を志した?」
「…。父が騎士だったからです。」
「それだけか?」
アダンはイザークを見つめ、しばらく間をおいて言った。
「…母と父と、家族全員が平穏に暮らせるように、この国を守りたかったからです…。だけど僕は弱いからダメです。」
「俺も俺の弱さゆえにおまえしか守れなかった。」
「そんなこと…!ドラゴンに一撃を放って、痛手を与えたのは先輩でした。」
首を振ってイザークは続ける。
「だからこそ俺はもっと強くなりたいと思ってる。強くなって大切なものを守れるように。」
イザークの蒼い瞳はまっすぐアダンを捉えた。
「アダン、生きているからこそもっと強くなれるんだ。」
アダンは目を逸らし、唇を震わした。
「でも……どうしたいか、どうすればいいか分かりません。」
イザークは立ち上がって、そっとアダンのおでこに手を当てた。
「今日はもう寝ろ。また考えればいい。」
イザークは手を離し、再び椅子に座って剣を鞘から抜いた。
「先輩」
「なんだ?」
「先輩はどうして騎士になったんですか?」
「……。欲しいものがあったから。」
「名誉や名声ですか?」
イザークは蒼い瞳を剣に落とした。
「そんなもの欲しいと思ったことはないな。」
「もしかして、お金ですか?」
イザークはこれ以上この話について話すつもりがないようで、剣を拭い始め答えた。
「アダン、寝なさい。君はまだ怪我人なんだ。」
「……はい。先にお休みさせていただきます。」
アダンは心も弱っていた。休息が必要だった。
彼は目を閉じると、すぐに規則正しい寝息が聞こえた。
イザークはベットの上に片足を立てて座り、窓の外を眺めた。国境では大きな戦いが始まろうとしているのに、空には星が明るく瞬いていた。
彼は首元にぶら下げている小袋取り出し、中から小さな十字のネックレスを取り出した。
「欲しいものね…。」
イザークは十字のネックレスを握りしめ、目をつぶった。
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欲しいひとは、
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