例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

文字の大きさ
上 下
15 / 20

14)彼の想い

しおりを挟む
 身体がぐったりしてる。まるで自分の身体じゃないようだ。肩にかつがれ、左に右に揺れる。


 「…先輩、すみません…。」


 カサカサの声で少年は声を絞り出す。


 「喋らなくていい。もうすぐ着く。」
  

 イザークは背中にいる少年に話しかけた。山の中腹を見下ろすと、そこには木造二階建ての家が建っていた。看板にはベットの絵が書いてある。


 「ここにはあまり来たくなかったが…。」


 イザークは少年を担ぎ直すと、再び山を下り始めた。


—————


 「あらあ!イザークじゃなああい!久しぶりね~~!!!」

 ふくよかな中年女性がお尻をフリフリと振りながら、今にもキスをしそうな勢いで玄関から入ってきたイザークを出迎える。


 「あららら~?背中の少年の筆おろしに来てくれたのかしらあ~?それともイザーク?大歓迎よおお。」


 「ミラ、部屋を用意してくれ。他の部屋から離れたところを。あとこいつの手当てと頼む。」


 「相変わらずつれないねぇ。あら本当にこの子大怪我してるわね。ジュノに縫合してもらいましょう。」
 

 少年の背中はパックリと割れていた。布で止血はしてあったが、それでもまだ血が滲み出ていた。


 宿の女主人ミラは、手早く部屋と手当の手配をした。イザークは少年を担ぎ、受付横の階段を登りながら、一階食堂を見る。何人かの男性が宿の女たちと楽しそうにお酒を交わしている。だが前に来た時よりも人数は少なかった。
 

 「最近境界沿いの戦いが厳しくなってきて、ここに来る人も減ってしまったよ。しかも怪我人も増えてるから、楽しい酒が飲めないし、商売もあがったりだよ。」


 ミラの宿は国境に近く、東国側にある数少ない宿だった。そのため、仕事で境界線へ来た騎士や傭兵が休憩所としてよく利用していた。


 ミラはイザークの身体中についた、泥に混じった血のようなものをチラッと見る。血はイザークのものではないようだ。


 「しかし今回のドンパチは今までのとは違うらしいねえ。あんたよく無事だったね。」


 ミラとイザークは部屋が並ぶ通路を歩いていた。ドアの向こうからは男性や女性のクスクスと言った声が漏れている。そのいくつかの部屋を通り過ぎ、ミラは一番奥の部屋のドアを開けた。 

 中には簡素なベットが2つ、その真ん中にはテーブルと椅子が置いてあった。


 「すぐにジュノスを呼んでくるよ。あとイザーク、身体を下の水で流してきな。あんたのハンサムもそんな泥だらけじゃ台無しだよ。」



—————




 炎が轟々と燃えていた。たくさんの騎士たちがその燃え盛る炎に飛び込んでいった。悲鳴がこだまする。自分も飛び込もうとするが、足が何かの力に引っ張られる。

 しばらくすると、炎の中から大きな生き物が現れた。蛇のような顔で、背中にある羽を大きくはためかせていた。
 は大きな口から牙をのぞかせ、こちらに迫ってきたーー


 ハッと少年は目を覚ます。身体が汗だくになっていた。

 この夢を見るのは何度目だろう。
 痛い背中を起こし、こめかみを押さえた。

 少年はアダンと言った。14歳になったばかりで、従騎士としてルキオス師団に従事し、襲われた日も境界警護のために来ていた。

 アダンはこれ以上眠れそうにないと重たい身体を起こし、一階へ向かった。




 一階ではテーブルに座ったイザークが、一方的に熊のような体つきの大男に話しかけられていた。そのまわりを宿の女2人が取り巻いて、テーブルは賑やかだった。

 イザークはアダンの気配に気がついて振り向く。

 「アダン、1人で歩けるようになったのか。」

 この宿に来てから5日ほど経っていた。アダンはこくりと頷き答えた。

 「はい、足は無事だったので、もう歩けます。」

 「そうか、じゃあそろそろ王領に戻れるな。」

 イザークがそう言うと、2人の女が「えー?!もう帰っちゃうの?まだ何もしてないじゃない!」と不満そうに言う。

 「まあまあ、こいつも忙しいんだし、俺がいるじゃないか!」
 そう言いながら、大男は女の肩に手をまわした。だが上手くかわされ、彼の声が聞こえないかのように女たちはイザークに話しかけ続ける。

 「チッなんだよ!」
 
 大男はビールをグビグビ飲み干した。

 アダンはどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていた。

 イザークは飲んでいるビールのジャグを見つめながら、おもむろに口を開いた。


 「俺、すごく下手くそなんだ。だから君たちを満足させることはできない。」


 それを聞いた2人は興奮した様子で、 

 「そんなのやってみないと分からないじゃない!」女の1人がイザークにしなだれかかる。

 もう一方の女が彼女をひっぺがし、
 「私が満足させてあげるから心配しないで!」と引き下がらない。

 するとイザークは真面目な表情で2人を見た。


 「それに俺、勃たないんだ。」


 イザークは真剣な眼差しで女2人を見つめる。

 彼女らはその深刻な様子に、顔を見合わせ目配せをした。そして、「言わせてしまって、ご、ごめんなさい。」とそそくさと退散した。



 離れゆく女たちを見ながら、大男は呆れた様子でテーブルに肘をついた。
 
 「おまえ、前は男が好きだから相手ができないって断ってなかったか?」

 「ああ。そしたら今度は男に言い寄られるようになったから、やめた。」

 ビールを一口飲むと、

 「アダン、待たせたな。」

 イザークは成り行きをじっと見つめていたアダンをテーブルに呼び寄せた。



—————
  


 夜は更けたのに、宿の下ではまだ乱痴気騒ぎが続いてた。しかしその喧騒も、イザークたちの部屋では微かに聞こえる程度だ。

 部屋で椅子に座り、剣の手入れをしているイザークの隣のベットでアダンは仰向けで寝ていた。

 「あの一階で話していた方は傭兵ですか?」

 「ああ。何度か一緒に戦ったことがある。国境での戦いを聞きつけて、金になる仕事があるんじゃないかとここに来たらしい。ふざけた奴だが、強い。」

 イザークは剣に拭き残しがないか、丹念に剣身を見る。

 その様子を見ながらアダンはずっと口に出すのが怖くて聞けてなかったことを聞いた。


 「先輩…僕たち以外みんな死んでしまったのですかね。」


 その言葉にイザークはアダンを見つめ、剣を鞘におさめた。

 「あの日のこと、今でも夢に見ます。僕、足がすくんで何もできなかった。そんなの従騎士とはいえ失格だ。…みんなの代わりに僕が死ねばよかったんだ。
 
 アダンは両手で顔覆い隠した。

 部屋を静寂が覆う。

 しばらく間が空いて、イザークは話し始めた。

 「アダン、おまえはどうして騎士をこころざした?」

 「…。父が騎士だったからです。」

 「それだけか?」


 アダンはイザークを見つめ、しばらく間をおいて言った。
 

 「…母と父と、家族全員が平穏に暮らせるように、この国を守りたかったからです…。だけど僕は弱いからダメです。」

 
 「俺も俺の弱さゆえにおまえしか守れなかった。」


 「そんなこと…!ドラゴンに一撃を放って、痛手を与えたのは先輩でした。」
 

 首を振ってイザークは続ける。
 「だからこそ俺はもっと強くなりたいと思ってる。強くなって大切なものを守れるように。」
 

 イザークの蒼い瞳はまっすぐアダンを捉えた。
 「アダン、生きているからこそもっと強くなれるんだ。」


 アダンは目を逸らし、唇を震わした。
 「でも……どうしたいか、どうすればいいか分かりません。」
 

 イザークは立ち上がって、そっとアダンのおでこに手を当てた。


 「今日はもう寝ろ。また考えればいい。」


 イザークは手を離し、再び椅子に座って剣を鞘から抜いた。


 「先輩」

 「なんだ?」

 「先輩はどうして騎士になったんですか?」
 
 「……。欲しいものがあったから。」

 「名誉や名声ですか?」

 イザークは蒼い瞳を剣に落とした。

 「そんなもの欲しいと思ったことはないな。」

 「もしかして、お金ですか?」

 イザークはこれ以上この話について話すつもりがないようで、剣を拭い始め答えた。

 「アダン、寝なさい。君はまだ怪我人なんだ。」

 「……はい。先にお休みさせていただきます。」

 アダンは心も弱っていた。休息が必要だった。
 彼は目を閉じると、すぐに規則正しい寝息が聞こえた。



 イザークはベットの上に片足を立てて座り、窓の外を眺めた。国境では大きな戦いが始まろうとしているのに、空には星が明るく瞬いていた。


 彼は首元にぶら下げている小袋取り出し、中から小さな十字のネックレスを取り出した。

 
 「欲しいものね…。」


 イザークは十字のネックレスを握りしめ、目をつぶった。


 …欲しいものは、

 欲しいひとは、

 ただ一人
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

不倫するクズ夫の末路 ~日本で許されるあらゆる手段を用いて後悔させる。全力で謝ってくるがもう遅い~

ネコ
恋愛
結婚してもうじき10年というある日、夫に不倫が発覚した。 夫は不倫をあっさり認め、「裁判でも何でも好きにしろよ」と開き直る。 どうやらこの男、分かっていないようだ。 お金を払ったら許されるという浅はかな誤解。 それを正し、後悔させ、絶望させて、破滅させる必要がある。 私は法律・不動産・経営・その他、あらゆる知識を総動員して、夫を破滅に追い込む。 夫が徐々にやつれ、痩せ細り、医者から健康状態を心配されようと関係ない。 これは、一切の慈悲なく延々と夫をぶっ潰しにかかる女の物語。 最初は調子に乗って反撃を試みる夫も、最後には抵抗を諦める。 それでも私は攻撃の手を緩めず、周囲がドン引きしようと関係ない。 現代日本で不倫がどれほどの行為なのか、その身をもって思い知れ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...