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8)2年前
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暑い日差しは陰り、葉っぱが落ち、寒い冬が到来し、そして春が巡ってもイザークは王領から帰ってこなかった。
初めのうちは手紙を送っていたが、返事もこないので早々にやめた。
その間、王国の情勢も少し不穏な空気がただよっていた。
アイズナッハ王には何人か子供がいたが、亡くなったり、女であったりして、実際跡を継ぐ御子は1人しかいなかった。表向きはそういった話だったが、子をふるいにかけ残ったのが彼1人だったという噂もあった。
ところが、最近もう1人後継ぎとなりえる御子が現れたらしい。第一皇子は確かユーリアと年が近いが、その御子はまだ小さいとのこと。どうもその影響で小さな火種が王国内で生まれているようだった。
ただ、王領から近くもなく、男爵家に過ぎないシュナイン家に今のところ何の影響もなかった。
ユーリアも特に変わったことがなく、毎日を過ごしていた。
そうやって季節は過ぎゆき、結局イザークがシュナインン家に帰ってきたのは旅立ってから2年も過ぎた夏だった。
ユーリアは15歳になっていた。
最近東西の国境でも怪しい動きがあるとの噂が流れていたので、もう帰ってこないのではないかと思っていた。
「ユーリア様、今日こそはその刺繍終わらせてくださいね。」
ノーラは穏やかに微笑む。イザークが帰ってきてようがいまいが、関係ないと言わんばかりの威圧感だ。本当に終わらないとこの部屋から出してくれそうにない。ユーリアはギリギリと奥歯を噛み締めながら、刺繍に鼻がつくんじゃないかと思うほど顔を近づけてチクチクと縫う。
勉強や剣、乗馬、踊りとほとんどの学びはユーリアにとって苦でなかったが、刺繍だけがどうしても好きになれなかった。
終わった時にはもう夕暮れで、イザークは兄やホルス様に報告を終えて寝所にもう戻ったようだった。ユーリアはガクッと肩を落とす。
彼がシュナイン家を出てから2年、ユーリアは忙しい毎日を過ごしていたので、イザークのことを思い出す事はあったが、寂しいと思ったことななかった。
そう思っていたのだが、実際イザークが帰ってくると分かると、ユーリアはすごく嬉しかった。
月明かりに照らされる天井をベットから眺めながら、心が星空にふわふわ浮いていく感覚になった。
「よし、明日こそ。」
ベットの毛布を顎の上まで引き上げてユーリアは目をつぶった。
—————
朝食を終えて急いで厩舎に行った。昔そこでよくイザークは掃除をしていたからだ。
いない――。
そこから勉強の合間をみて、修練場や彼がよく練習していた雑木林、庭先を見たがどこにもいなかった。
兄の姿も今日は見かけなかった。ノーラに聞いても何も知らなかった。
よく考えると自分が知っているのは昔のイザークだった。彼を探した場所は、昔の彼がいた場所であって、そもそも今の彼がどんな感じなのかも知らなかった。
探すことが億劫になり、いつもの庭はずれにある倉庫の裏に座った。彼がこの屋敷にまだいるかも定かじゃない。
首にかかった十字のネックレスを指先でいじりながら考える。
庭のツユクサやドクダミ、ウツボグサと色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れている。その様子を見ていると何かどうでもいい気持ちになってきた。
ふと、ユーリアに長い影がかかる。
見上げると胸当てをつけ、腰には長い剣を差している大きい男性が立っていた。
ユーリアは、思わず太ももに隠し持った短剣に手をかけながら彼をよく見る。彼は漆黒の髪をたなびかせながら、ユーリアのことを見ている。その瞳はよく見知った蒼色をしてた。
「……イザーク!」
あんぐりとした口をしながらイザークに駆け寄る。彼は見上げるほど身長が高くなっていて、肩幅も広く、ガッチリしていた。
「あ、あ、あ、びっくりした。イザーク。」
「よかった。会えた。この2年大変だったでしょう。おつかれさま。……おかえりなさい。」
ユーリアはイザークの両腕を両手で触る。イザークは驚いた顔をして何も言わない。
あれ?誰だかわかっていない?
顔になにかついてる?
それとも格好がおかしい?
ユーリアは自分の格好を見る。
コルセットを締め、鎖骨まで襟が開いたドレスは、豪奢ではないが、細かい刺繍が施され、青くゆったりと足首まで裾がのびていた。
思えば昔の自分は、彼の前でほとんどスパッツにシャツ姿だった。
久しぶりに会った兄弟に、柄にもないおめかしを見られた気持ちになって恥ずかしくなった。
「お兄様からそろそろこういった格好に慣れた方がいいって去年から着ているのよ。イザーク、ねえ、おかしいでしょう。」
照れ隠しでドレスの裾を両手に持ってくるっと一周する。
「ユーリア様」
「イザーク、大きくなったね。びっくりした!最初誰だかわからなかった。会えるの楽しみにしてたのよ。しばらくシュナイン家にはいるの?その間また剣や馬の相手してくれる?」
イザークが喋らないことはお構いなしに話しかける。2年間話せなかったからか、次から次へと言葉がでてくる。
「ああ、でも騎士様に剣の相手をお願いするなんておこがましいわね。」
ユーリアはイザークを見上げる。
「……しばらくは父とシュナイン領を見て回る予定です。」
イザークは前のめりに話しかけてくるユーリアを、両手で優しく自分の腕から離して距離を置く。
「ああ、そうね。見廻りありがとうございます。」
ユーリアは、イザークも久しぶりの帰郷で、やることがたくさんあるだろうことに今更気づき肩を落とす。
「……でもそれから帰ってきてから、しばらく時間があります。」
それを聞いてユーリアはパッと明るい表情になった。
「ではその後よろしくお願いしますね。」
そう言ってにこにこ笑うユーリアの顔を、イザークは眩しそうに目を細めた。
初めのうちは手紙を送っていたが、返事もこないので早々にやめた。
その間、王国の情勢も少し不穏な空気がただよっていた。
アイズナッハ王には何人か子供がいたが、亡くなったり、女であったりして、実際跡を継ぐ御子は1人しかいなかった。表向きはそういった話だったが、子をふるいにかけ残ったのが彼1人だったという噂もあった。
ところが、最近もう1人後継ぎとなりえる御子が現れたらしい。第一皇子は確かユーリアと年が近いが、その御子はまだ小さいとのこと。どうもその影響で小さな火種が王国内で生まれているようだった。
ただ、王領から近くもなく、男爵家に過ぎないシュナイン家に今のところ何の影響もなかった。
ユーリアも特に変わったことがなく、毎日を過ごしていた。
そうやって季節は過ぎゆき、結局イザークがシュナインン家に帰ってきたのは旅立ってから2年も過ぎた夏だった。
ユーリアは15歳になっていた。
最近東西の国境でも怪しい動きがあるとの噂が流れていたので、もう帰ってこないのではないかと思っていた。
「ユーリア様、今日こそはその刺繍終わらせてくださいね。」
ノーラは穏やかに微笑む。イザークが帰ってきてようがいまいが、関係ないと言わんばかりの威圧感だ。本当に終わらないとこの部屋から出してくれそうにない。ユーリアはギリギリと奥歯を噛み締めながら、刺繍に鼻がつくんじゃないかと思うほど顔を近づけてチクチクと縫う。
勉強や剣、乗馬、踊りとほとんどの学びはユーリアにとって苦でなかったが、刺繍だけがどうしても好きになれなかった。
終わった時にはもう夕暮れで、イザークは兄やホルス様に報告を終えて寝所にもう戻ったようだった。ユーリアはガクッと肩を落とす。
彼がシュナイン家を出てから2年、ユーリアは忙しい毎日を過ごしていたので、イザークのことを思い出す事はあったが、寂しいと思ったことななかった。
そう思っていたのだが、実際イザークが帰ってくると分かると、ユーリアはすごく嬉しかった。
月明かりに照らされる天井をベットから眺めながら、心が星空にふわふわ浮いていく感覚になった。
「よし、明日こそ。」
ベットの毛布を顎の上まで引き上げてユーリアは目をつぶった。
—————
朝食を終えて急いで厩舎に行った。昔そこでよくイザークは掃除をしていたからだ。
いない――。
そこから勉強の合間をみて、修練場や彼がよく練習していた雑木林、庭先を見たがどこにもいなかった。
兄の姿も今日は見かけなかった。ノーラに聞いても何も知らなかった。
よく考えると自分が知っているのは昔のイザークだった。彼を探した場所は、昔の彼がいた場所であって、そもそも今の彼がどんな感じなのかも知らなかった。
探すことが億劫になり、いつもの庭はずれにある倉庫の裏に座った。彼がこの屋敷にまだいるかも定かじゃない。
首にかかった十字のネックレスを指先でいじりながら考える。
庭のツユクサやドクダミ、ウツボグサと色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れている。その様子を見ていると何かどうでもいい気持ちになってきた。
ふと、ユーリアに長い影がかかる。
見上げると胸当てをつけ、腰には長い剣を差している大きい男性が立っていた。
ユーリアは、思わず太ももに隠し持った短剣に手をかけながら彼をよく見る。彼は漆黒の髪をたなびかせながら、ユーリアのことを見ている。その瞳はよく見知った蒼色をしてた。
「……イザーク!」
あんぐりとした口をしながらイザークに駆け寄る。彼は見上げるほど身長が高くなっていて、肩幅も広く、ガッチリしていた。
「あ、あ、あ、びっくりした。イザーク。」
「よかった。会えた。この2年大変だったでしょう。おつかれさま。……おかえりなさい。」
ユーリアはイザークの両腕を両手で触る。イザークは驚いた顔をして何も言わない。
あれ?誰だかわかっていない?
顔になにかついてる?
それとも格好がおかしい?
ユーリアは自分の格好を見る。
コルセットを締め、鎖骨まで襟が開いたドレスは、豪奢ではないが、細かい刺繍が施され、青くゆったりと足首まで裾がのびていた。
思えば昔の自分は、彼の前でほとんどスパッツにシャツ姿だった。
久しぶりに会った兄弟に、柄にもないおめかしを見られた気持ちになって恥ずかしくなった。
「お兄様からそろそろこういった格好に慣れた方がいいって去年から着ているのよ。イザーク、ねえ、おかしいでしょう。」
照れ隠しでドレスの裾を両手に持ってくるっと一周する。
「ユーリア様」
「イザーク、大きくなったね。びっくりした!最初誰だかわからなかった。会えるの楽しみにしてたのよ。しばらくシュナイン家にはいるの?その間また剣や馬の相手してくれる?」
イザークが喋らないことはお構いなしに話しかける。2年間話せなかったからか、次から次へと言葉がでてくる。
「ああ、でも騎士様に剣の相手をお願いするなんておこがましいわね。」
ユーリアはイザークを見上げる。
「……しばらくは父とシュナイン領を見て回る予定です。」
イザークは前のめりに話しかけてくるユーリアを、両手で優しく自分の腕から離して距離を置く。
「ああ、そうね。見廻りありがとうございます。」
ユーリアは、イザークも久しぶりの帰郷で、やることがたくさんあるだろうことに今更気づき肩を落とす。
「……でもそれから帰ってきてから、しばらく時間があります。」
それを聞いてユーリアはパッと明るい表情になった。
「ではその後よろしくお願いしますね。」
そう言ってにこにこ笑うユーリアの顔を、イザークは眩しそうに目を細めた。
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