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5)4年前
しおりを挟むユーリア様の待女になったのは 古東西戦争が一旦休戦となり、2年が経とうとしていた時である。彼女が8歳くらいの時だった。
ノーラはシュナイン家に随分前から働いていたが、ユーリア様のことは、シュナイン家の1番下の娘で、見た目は愛らしいが、体が弱いことしか知らなかった。
というのも、彼女は屋敷の離れで生活をしており、そこへは限られた人しか入れなかったからだ。
待女となって初めて会う彼女には、確かに可愛らしかった。小さい顔にはぽってりとした唇、長い首、その周りを緩やかにウェーブする栗色の髪。長くカールしたまつ毛の下にはこぼれ落ちそうな黒目がそこに佇んでいた。
ただ、噂とは違い、彼女は病弱と感じることはなかった。むしろその細い体や小動物を思わせる顔からは想像できないほど天真爛漫で活動的だった。
反面、天真爛漫だと思っていたら、時に真剣な顔をして、
「わたしってどう見えてる?おかしくない? 」
と変なところを気にする時があった。
――しかし、
それも昔の話で、13歳の今では活発すぎて困るくらいだけれど。
「ユーリア様、剣の稽古はほどほどにしてくださいね。」
ユーリア様の私室で彼女の腕や脚にできたあざを冷やしながら言った。窓べに映る木の葉の影が揺れ、太陽の光がキラキラと2人の顔を瞬く。
「わかってるわ。ホルス様もイザークも手加減してくれてるし。」
イザーク様が来られてからちょうど一年が経つ。その間ユーリア様は前よりも明るくなった気がする。
それまでは彼女が楽しそうにしているのは、月に一回教会へ参列しに行く時くらいだった。
イザーク様が来たばかりの頃は、ユーリア様との関係は芳しくなかったようだが、今では2人で話したり、剣を交えたり、乗馬をしたりしているところを見る。この屋敷でユーリア様と歳が近いのはイザーク様だけだ。友だちができるのはいいことだけれど……。
スパッツを脱ぎ捨てシュミーズ姿になったユーリア様はパパッと濃紺のドレスに着替える。
それを手助けしながらノーラは考えていた。
結婚前に顔に傷がついたらどうするのだろうか。……イザーク様と言えど、ユーリア様に傷をつけるようなことがあれば…………。
「いたたたた。」
ユーリアは痛くて腰を捻る。
ノーラは力強くユーリアのドレスの腰紐を締めていた。
「はっユーリア様すみません!!」
急いで紐を緩める。
「大丈夫よ。でもすこし締めすぎかな。」
ユーリア様は笑った。
—————
夕食の時間帯まで教養の勉強があるユーリア様の部屋を後にし、そそくさとダイニングルームへと向かった。今日は珍しくアルベル様も屋敷におり、ユーリア様とご飯を食べる手筈となっていた。
階段を降りている途中でアルベル様と出会った。立ち止まり会釈をすると、
「ユーリは最近どう?」
と聞いてきた。
「相変わらず勉学も教養もまじめに取り組み、吸収も早いです。」
「そう。気になるところはないの?」
アルベル様は優しい微笑みで聞いてきた。
「特には……。時々ヒヤヒヤしますけども。」
「そうだねえ。ユーリも来年14歳だし、もう少しお転婆を抑えないとね。結婚相手も困るだろう。」
ふふふとアルベル様は笑う。
「まあ、イザークも来月から、王領の騎士団へ見習いとしてしばらく修行に行ってもらうつもりだし、そうなったら遊び相手も留守で落ち着くかな。」
小首を傾げ微笑みながらノーラを見つめる。
ノーラはアルベル様のこの全てを見透かすような目に慣れずにいた。
俯いたままでいると、ポンとノーラの方に手が置かれ、じゃあね、と片手をあげアルベル様は階段を登って行った。
—————
「イザーク、アイズナッハ王の騎士団へ修行しに行くらしいわ。短くとも一年は戻ってこないんだって。」
ユーリアは机に置かれた鏡を見ながら言った。今日アルベル様と食事された際に聞いたのだろう。
ノーラはユーリアこふわふわとした栗色の髪の毛をときながら、
「それは寂しいですね。」
と言った。
「……そうね。」
ユーリアはゆらゆらと揺れる蝋燭の火を見つめる。
胸元には小さい十字のネックレスについている翠の宝石が光る。
「でもほんとうにイザークは剣がうまいもの。修行をすれば立派な騎士になるわ。私も負けないようにしないと。」
ユーリア様は鏡の中の自分を見ながら、両手に拳をつくり、ヨシッとポーズをした。
ノーラはそんなユーリア様が好きだった。
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