例えこの想いが実らなくても

笹葉アオ

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4)5年前④

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 「おかしい……。」


 ユーリアは屋敷にある自分の机の前で腕を組んで考えていた。


 机の近くにある大きな窓から下を覗くと、イザークが黙々と庭の掃除をしていた。



「どうして……。」



 あの日、イザークは一緒にルメールを茂みに隠して、近くの村へ助けを乞うた。
 村の人は、ユーリアのビリビリで真っ赤に染まったドレスに驚きながらも、すでにシュナイン家のお嬢さんが襲われたこと、また、身につけていたシュナイン家の紋章を模った指輪をつけていたこともあって信用してくれた。

 村から馬を走らせもらい、屋敷へ助けが来るのを待っている間、イザークは隣で何も言わずに座っていた。



 兄はというと、「もっと上手くやりなさい。」とだけ言って、何も聞いてこなかった。
 ルメールは反逆者として内々に処理された。
 兄はもしかして何か勘づいていたのかもしれない。


 それより問題はイザークだった。


 彼はあの日にどこかへ行くものだと思っていたのに、結局は一緒にシュナイン家へ帰ってきた。いなくなるものだと思っていたから、を見られてもどうってことない気持ちだった。
 だけど、こうなると話しが違う。


 屋敷でのユーリアは、剣こそ習っていたが、それはただのお転婆なだけで、根は何も知らない無垢なお姫様として通っていた。


 ユーリアは頭を抱えた。


 あれから何事もなかったように普段通りの日常が流れた。しかも、何とイザークはユーリアが挨拶をすると、こちらの目を見ながら挨拶を返すようになったのである。
 
 もしかしてユーリアの弱みを握ったことで、自分より優位に立った余裕だろうか。今は策略を巡らしているのか。
 
 相変わらずユーリアはイザークに付き纏っていたが、遠くから見ているだけになった。
 相手の思惑がわからないのに近づくのが怖かったのだ。

 兄に相談してもよかったが、迂闊なことを言えばイザークがどうなるかわからない。
 


 しかし、イザークと否応なく接する機会があった。ルメールがいなくなった後、イザークと2人でイザークの父ホルスに剣の稽古をつけてもらうようになった。
 

「姫様!へばっていては困りますぞ!」

「はあはあはあはあ」


 ユーリアはふらふらになりながら、もう一度剣をホルスに振る。が、うまく避けられそのまま前につんのめって転ぶ。


「ううっ…………。」

 ホルス、全然手加減がない……。


「大丈夫ですか?」

 地面に頬をつけたままうつ伏せで寝転んでいると、イザークが腕を引っ張って起こしてくれた。

「あ、ありがとう……。」

 こちらを見てくる彼の目に対してユーリアの目はウロウロした。


 ホルスはやれやれと言った感じで、
「姫様はもう今日は終わりにしましょう。イザークは続きをやるぞ!」
 と言った。


 ユーリアはその言葉をありがたくいただき、ふらふらとその場を去った。後ろでホルスとイザークがさっきよりも力強く刀を交えてた。彼らは全然疲れてない。体力の怪物だ……。


—————


 屋敷の外れにある庭の倉庫裏に寝そべっていた。辺りは青紫のリンドウや赤いワレモコウが咲き始めていた。

 ユーリアは人の表情を読み取ることに少し自信があった。だけど彼の心は全くわからなかった。

 胸にかかる小さな十字のネックレスを握りしめながら呟いた。
 
「イザーク、何なのよ……。」

「何かありましたか?」


 びっくりして横を向くと少し離れたところにイザークが座っていた。この場所ほとんど誰もくることがないのに、何でいるって分かったの……。呟きを聞かれた恥ずかしさから耳が赤くなる。


「な、何でもないのよ……」

 いや何でもないというのは嘘か。今が聞くべき時なのか。でも何をどう聞けばいいのか――。


 考えあぐねていると、声がした。


「俺は別におまえを出し抜こうなんて思ってない。」


 ハッとした顔でイザークを見ると、真っ直ぐした蒼い瞳でこちらをみていた。

 嘘をついてるとは思えなかった。


 ただ――。
「私はあなたの一族をちりぢりにした敵でしょう」 


「そんなこと気にしたこともない」
 
 こちらを向いていた目を前に戻し、淡々と続けた。
 
「一族は理解できないことを全て悪だと嫌い、周りを疎外していた。変わらないといけないこともあるのに。当然の報いだ。」

「そうは言っても家族でしょう。」

「家族?」

 小さくハッと乾いた笑いをあげ、すぐに真顔に戻る。
 
「母親が亡くなって、母の実家だった一族に引き取られただけだ。一族では散々な目にあった。今は食事があって、寝床もある。ここでの生活はずいぶん人間らしくていい。」

「他の家族は?」

「弟がいたが死んだ――。」

 まつ毛を伏せ、彼は言葉を続けることなく口をつぐんだ。

 出過ぎたことを聞いてしまったとユーリアは反省した。

「ごめんなさい―。」

「俺にも聞かれたくないことはある。だからお前のことは何とも思ってない。」


 そういう彼の顔をぼんやり眺めながら、彼女は過去のことを思い出していた。
 


 血と汗の匂い。泥でぐしゃぐしゃになった顔、生きることに必死で駆けずり回ってた日々。
 


 彼はいろいろ私に話してくれたし、自分を出し抜こうと思っていないことも本当だろう。


 ユーリアは喉の奥につかえるものを感じた。
 全て吐き出したい衝動に駆られた。


「わたしも――」
 彼女は少し口を開けたが、また静かに閉じた。


 イザークはそんな思いも知らずまた元の淡々とした口調に戻り、

「だから変な目で俺を見ながら、遠くでじっと見るのはやめてくれ。」

と言った。
 

 ユーリアは静かにイザークに歩み寄り、ひざまずいて彼の左手を仰々しく握った。そして、怪訝そうな顔をするイザークの手におでこをつけた。まるで神に祈るような仕草だった。
 
 それが彼女の精一杯の親愛の情を示す方法だった。

 イザークはのけぞり、ユーリアの手を振り払った。
 
 彼は面食らった顔をしながら、
 
「本当によくわからない人だな。君は。」

 と言った。
 
 
 
 
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