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気持ちの名前
さぁ、デートだ勉強だ!(2)
しおりを挟む帝園銀行の東本店を初め、他二つの銀行を回った。
投資信託や積立の話を聞くだけ聞いて「また考えます」と言い残しさっていく冷やかしの客は、さぞ迷惑であっただろう。大変申し訳ない。
時刻はもう夕方になっていた。
適当な喫茶店に入り、高峰さんと向かい合わせに話をしている。
頼んだケーキセットを食べ終わり、開いた皿を店員さんに持って行ってもらって、今日貰った金融商品のパンフレットを広げた。
高峰さんはホットコーヒーを一口飲んだ。
「どこの銀行も、やはり窓口営業には力を入れているな」
しみじみと彼はそういった。
「私もそう思います。銀行に入るとすぐに窓口案内係さんがやってきて、要件を聞く……。営業に繋がりそうなら、すぐにその胸を窓口営業に伝えて、もれなく営業をかけていく。支店全体の連係プレーが凄いんですよね」
「そうだな」
菊桜銀行の古野森支店はどうだっただろう。
行員同士で競い合うだけで、なにも支店で連携が取れていないんじゃないだろうか。
または、人員不足で、他の人間と連携を取るだけの余裕がない、か。
「窓口営業は、福田夫人や石原さんのように何度も通う人っていうのは案外少ないですし。フラッと来たお客さんに対する営業チャンスを見逃さないのは大事ですよね」
ふむ。
目の前のパンフレットに目を落とす。
初心者からでも始める投資信託と書いてある。高峰さんと夫婦役をしながら他の銀行で話を聞くのは思ったよりも勉強になった。
銀行によって、まず初めに進める商品が違うし、ポイントとして出してくるたとえ話だとか、強調する単語とか。窓口営業のトークをこれからしなければならない私としては、学ぶことが多かった一日だ。
『高峰さんと……役の上でも夫婦だなんて……』という一片の気恥ずかしさより、もっと話を聞きたいという気持ちが勝った。
銀行内での連携プレーも学べたが、なによりも私には知識が一切ないことをも痛感した。
「帰ったら、もっと勉強します。今日聞いた金融商品を学んで……福田夫人さんの話し相手だけが仕事にならないように、石原さんに対して、もっとまともなことを言えるように―――もっと、頑張りたい」
そう独り言のように言えば、やる気がわいてきた。
「今日は付き合ってくれて、ありがとうございました」
貴重な休日を費やして、私の個人的な勉強会に付き合ってもらった。高峰さんには感謝しかない。
「いや、俺も楽しかった。休日につづらと出かけられて」
高峰さんは何の文句も言わない。
……こっちがもやもやするほどの、物わかりの良さである。仮にも好きだと思っている女に、ここまで振り回されて。せっかくのデートがただの勉強会になったのに。
彼は何にも思わないのだろうか。
いや、別に。デートを続けたいというわけではないけれど。
「じゃあ、帰るか」
「え」
帰ってもいいの?
「つづら、今すぐに勉強したいだろう?」
私の心の中を読んだように、彼は言う。
それは……そうだけれど。男女のデートって、こんな日の高いうちに解散するのものなのだろうか。経験値が足りなさ過ぎて、一切わからない。
高峰さんが立ち上がろうとしたときに、スマホの着信音が流れた。
「はい。高峰だ。なんなんだ」
目にも止まらない速さで鞄からスマホをとり、彼は電話を始めた。目で私に謝っている。
別に目の前で電話されても気にならないので、会釈をして、電話を促す。
話し方からして、友人だろうか。仕事先ではないみたいだけれど。
「どうして、今かけてくるんだ」
ちらり、と私を見られた。
「ちょっと待て。場所を変える」
今一度謝られ、高峰さんは荷物を置いたまま、外に出て行った。
私に聞かれたら困ることだったのだろうか。窓ガラスの向こう、いつもの高峰さんらしくなく焦りながら電話をしている姿が見えた。
「なんだろう……」
しばらくすると、高峰さんはスマホ片手に戻ってきた。
「つづら、すまない。待たせた」
「いえ、別にいいですよ。お友達からとかですか?」
「……そうだ」
高峰さんは目線を反らし、そう言った。
「では、帰りましょうか」
「……その件なんだが。えっと。あー。怒られて」
「怒られて?」
「あ、いや」
「何ですか?」
高峰さんは顎に手を当て、考え込んだかと思うと、すぐに口を開いた。
「つづらが嫌でなければ、もう少し付き合ってほしい。今日一日はデートをしてくれる予定だったんだろう?」
机の上に出していた手を取られ、見つめられた。
唐突な言葉と、手の体温。驚きのあまり口が開いてしまったことには気づかなかった。
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