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今も昔も変わらず

小さいころの話(1)

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 小学校四年生のころにはすでに、褒められる事、認められる事。
 すっかり諦めていた。
 
 それらすべては姉の専売特許だったし、両親もそう思っていたはずだ。
 賞状、トロフィー、メダル、百点満点のテスト等々……いつもいつも持ち帰ってくるような姉は、毎日毎日褒められていた。両親の口からでる言葉はすべて主語が姉だったし、締めの言葉は『我が家の自慢』だ。
 
 将来の夢、展望、すべてがキラキラと輝いている姉に対し、私には何の未来もなかった。
 ただこのまま、木之元家の姉じゃない方だと思われながら生きていくのだと、そう思っていた。

 普通に暮らしているだけなのに。
『なんであなたは、お姉ちゃんのようにできないの』
 
 言われたことはなかった。それだけだ。
 両親が私を見るときの冷たい眼を、覚えている。

 忘れることはない。

 優秀な姉と、姉のようにできない私。
 両親からの期待を一身に受ける姉と、姉のようにできない私。

 高峰さんも、そんな木之元家の家庭環境を知っているはずである。
 

 高峰さんと私の家の親同士は仲が良かった。両親同士で遊んでいる間、暇な子供たちだけで、よく遊んでいた。
 
 遊んでいた、といっても、自由奔放、天衣無縫な姉に、私と高峰さんが付き合う形になっていたのだけれど。
 
 その時から、武士のように堅物な高峰さんは、姉の奇想天外な遊びに付き合い、私は彼女たちの後ろを追いかけ、はぐれないようにするだけで精いっぱいだった。

 三人で遊ぶときはいつも、誰かの後を追いかけていた記憶がある。
 誰にも何にも叶わない。


 ―ーーその日は、高峰さんの誕生日だった。
 
 姉は両親のお手伝いをして、小銭を稼ぎ、高峰さんに文房具を贈っていた。それを、彼の誕生日当日に知った。

 その発想はなかった、と。その月のお小遣いを使ってしまっていた私は驚いた。
 
 姉のように優秀じゃない頭をうならせて、考える。誕生日当日に両親の手伝いをして、お金を貰っても、プレゼントを渡す時間がなくなるだろう。姉のように素敵なものを渡すことは無理だ。
 
 後手後手である。
 
 高峰さんが振り向いてくれる、なんてことは、その当時すでに諦めていたのだけれど。
 幼馴染の好きなお兄ちゃんに対して、何かプレゼントをしたいという欲はあった。
 
 だから、作った。
 子供の拙いプレゼント。
 
 クレヨンで書いて、画用紙で作った、簡単な券。

「大地お兄ちゃん……遅れてごめんなさい」

 公園の端に高峰さんを手招いて、『なんでもいうことを聞く券』を五枚つづりで渡した。

 彼はぽかん、と口を開けた。
 今じゃあ見られない表情変化である。

「これ、は?」
「誕生日プレゼント……良いものじゃなくて、ごめんなさい」
「いや……えっと、嬉しい」

 口元を手で押さえ、渡された券を凝視している。

「つづらには、嫌われてると思ってたから……」

「嫌いじゃないよ。全然」

 むしろ好きだ。初恋だ。
 好きになったきっかけは忘れてしまった。
 けれど、格好良く、無口だけど優しく、よく一緒に遊んでくれて。私を、『姉じゃない方』とは見ない。
 『木之元つづら』と見てくれる。
 
 それだけで好きになる理由として十分だった。

 ああ、初恋だ。
 でも、諦めているだけだ。

「本当に、嬉しい……」

「そんな良いものじゃないよ。私に、できることはあんまりないけど……お使いの荷物運びとか、そういうことに使ってね」

「いや、保存する」

「使ってよ」
「あ、でも使いたいことがいくつも……」

「うん。使って」
「どうしよう、これ有効期限とかある?」

「ゆうこうきげん?」
「……いや、いい」

 小学校六年生の表情とは思えない。一瞬だけどそんな顔をした。

 何か、私では計り知れないことを考えているような。ともすれば、二十年先のことまで考えているような顔だったかもしれない。

「有効期限が無く、なんでもいうことを聞いてくれる……」
「大地お兄ちゃん?」

「嬉しいよ、つづら。ありがとう」

 屈託なく笑う大地お兄ちゃんを見て、私はとても嬉しくなった。
 その二十年後『なんでもいうことを聞く券』を渡して、大後悔することになるとは、一ミリも思わなかった。
  

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