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第三章 多々良さんと金曜日

多々良さんとお部屋(4)

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「多々良さん、寝るなら部屋で寝ましょう」

「寝てない。頭が重いだけ」

「それを風邪というんですよ」

「知ってた? 風邪なんて病気はないのよ?」

「ああ、もういいですから」

「放っておいてくれる?」

「ダメです。起きてください、多々良さん、多々良さん」

「下の名前で呼んでくれたら、起き上がる」

「バカなことを言ってないで、早く起きてください」


 ゆっくりと、伏せた体を起き上がらせ、熱のある目でこちらを睨む多々良さん。

 風邪を引いたのは、僕のせいではないと言うのに。


「君は、完璧な私しか、好きじゃないんでしょう? だったら、風邪にも平気でなきゃいけない。ドSな私じゃないといけない」

「僕が素晴らしい性癖を持っているみたいに言わないでください。いや、違うの? って顔されても」

「鬼のように完璧な私が好きなわけじゃないの?」


 僕は、多々良さんの歪んだ表情が見たいだけなのだ。前提条件としての完璧の中に、『風邪をひかない』という項目はいらない。


「風邪もひかないと言うのは、さすがに気持ち悪いですよ」

「ほんと?」

「本当です」

「ほんとのほんと?」


 さすがに僕も、そんな完璧は必要ない。微熱も風も、発疹も咳も、人生の中で一度もない人間など、完璧どころか、逆に不完全である。

 そんな完全はいらない。

 ただ僕は、多々良さんの歪んだ表情が見たいだけなのだ。
 不安げな声の多々良さん。


「でも」

「風邪をひいても、多々良さんは多々良さんでしょう」

「そう、だけど」

「多々良さん、一回『はんにゃー』って言ってみてください」

「あ、え、何でぇ?」


 可愛いから。

「風邪がすぐ直る呪文で」

「はんにゃー」

 ウソを言い切る前に、多々良さんはためらいなく言った。両方の手を猫のように丸めるという極めて可愛らしいフリ付きで。


「可愛いです。多々良さん」

 唇をへの字にした多々良さんは、少しばかり頬が赤くなっている。やはり風邪をひいている。

 
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