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第一章 愉快な攻略対象たち

不思議な男の子はお日様が好き(1)

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 すうっと、フィリベルト君は私の目の前に降り立った。
 見定めるように、私を見ている。
 風に吹かれて彼のローブが揺れる。

 なぜ、彼がここにいるのだろうか。

「なんで、ここに?」

 不自然じゃない程度に質問してみる。
 フィリベルト君は、むうっとほほを膨らませた。
 キャラクターの傾向から考えるに、彼の質問を私が無視して、質問に質問で返したから、むくれたのかもしれない。
 
 彼に対しては、私が言葉を尽くさなくてはいけないだろう。

「あ、えっと。ベンチじゃないのは、わかってるの……。入学式に遅刻しそうになって……高速魔法に失敗して、うずくまってたんです」

 フィリベルト君は、うんともすんとも言わず、私の靴のほうを見つめた。
 彼はポケットから杖を取り出し、私のほうに向ける。詠唱はなかった。
 見る見るうちに茶色い靴は新品の新しい靴になる。私の魔法でボロボロになったのが嘘みたいに、綺麗な靴に。
 
 ただし、真っ赤なハイヒールに。

「……治った」
「なんで赤いハイヒールになるのっ!」
「靴何て、全部一緒」

 なんで怒られてるのかわからない、という顔だった。
 むちゃくちゃな魔法。
 けれど、使っている魔法自体はとんでもなく高度だ。無詠唱で、かつこんな短時間で新しい靴に変えることなど、普通の人間で、この若さでできない。
 
 紫の瞳はパチクリと純粋に開かれている。
 フィリベルト君の少しとがった耳が、白髪の隙間から見えた。
 彼は、いわゆる妖精交じりだ。
 
 母親が妖精で、父親が人間。
 妖精と結婚する人は珍しくないけれど、子供が産まれるのは大変珍しい。
 日本でいうところの三つ子くらいの珍しさだ。
 
 魔法は普通の人間には不可能なものまで使える。
 空中浮遊などがその例だ。
 
 本当は生身で空中浮遊するのなら、杖を持ち、定期的に詠唱しなければならない。
 けれどもフィリベルト君は、ポケットに手を突っ込んだまま、空をかけることができる。
 ただの人間より魔法がうまく使え、言葉数は少なく、少々浮世離れした男の子、妖精交じりの男の子、それがフィリベルト君なのだ。

「怒った?」
「ううん。歩けるようになったから、大丈夫」
「入学式、間に合う?」
「それは無理そう……貴方もだよね?」
「ボクは、大丈夫、今から頑張れば……」

 フィリベルト君は、やる気なさそうにぐっとこぶしを握った。
 本当に彼は間に合うのだろうか
 
 ただ、私にとっては、これは結果オーライかもしれない。
 入学式のイベントは、だいたいお互いの自己紹介と、キャラクター把握くらいなのだから。
 このままお互い、知り合いになれば。
 イベントスチルは違うが、本来のイベントと、今回のイベントとの情報量は同一になる。
 そうすれば、この後のルート、イベントも調整もできるはずだ。

「あ、あなたの名前は?」
「……フィリベルト……フィリでいい、よ」
「そ、そう……私の名前はね」

 言い切る前に、体が宙に浮いた。
 フィリベルト……フィリ君に抱えられていることに気づいたのは、高く民家の上を飛んでしまっていた後だ。
「う、わ、あ……えぇ?」
 いわゆるお姫様抱っこというやつだった。

「ふぃ、フィリ君、なにこれ!」
「フィリ」
「お、おろして……! おろしてフィリ君!」
「フィリ」
「おろして、フィリ!」
「送る。入学式まで」
「なんでそんな流れに!」

 そんなイベントないよ!
 叫んでも、まるで声が届いていないかのようにフィリは無視をする。
 高度はぐんと上がり、民家の屋根の少し上をずっと歩く。
 視界は良好。空の青しか見えない。少し冷たい風がほほに当たる。
 
「靴、治せなかった。その上、入学式に間に合わなくて……ボクのせいにされたら、困る」
 説明するのがめんどくさいという風に、端的に彼は呟いた。
 以降、フィリに何を抗議しても、一切降ろしてくれるそぶりがなかった。
 
 スイーナク・フィリベルトとの入学式イベントは、お互いの名前の周知、立場の把握、同じクラスであるという関係性の把握―――それだけだ。
 断じて、お姫様抱っこされるような親密なイベントではない。

 悪化しているのかもしれない。
 魔法学校に入学する前に行ったことが作用して。
 バタフライエフェクト。
 蝶々の羽ばたきの風が、遠くの国で嵐を巻き起こす。
 
 起こせなかったイベントの余波が、違うイベントになって襲い掛かってくる。
 フィリ君はいまだ涼しい顔で、私を抱えている。
 私の重さを軽減する魔法と、飛行のための魔法を使っているはずなのに、なんともないような表情で、たんたんと学校に向かっている。
 
 フィリ君の掌が。背中に、膝の裏に触れている。
 沈黙の中、冷たいフィリの肌の感触を意識してしまい、呼吸がしにくい。
 目線も定まらない。下から見上げる彼のまつげが凄い長い。

 やはり、三次元は心臓に悪い。
 二次元、二次元に生きていたいのに。
 
 私は、どうやったら、この世界で、心穏やかに、平和に暮らしていけるのだろうか。
 改めて作戦を練らなければならないだろう。
 
 ふわふわと、お姫様抱っこをされながら移動する。
 テオに言わせればバカみたいな状況で、私はそう、思ったのだ。
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