嘘つき山猫は赤面症

nyakachi

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独り暮らしと独りゴト

オトシドコロ

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向井先輩が相変わらず紙さばきも素晴らしく、まとめた書類束を積み重ねてく。

「手が止まってるよー」
「あ、スミマセン」
カチャカチャ。
今日も今日とて清書する資料を受け取りパソコン前で入力する。
が、資料よりも目の前の先輩につい恨みがましい目が向いてしまう。

「手」
「スミマセン」
はぁー。
集中できない。
ため息をききつけたのか、向井先輩の眉が上がる。

「なんでよー。悪い人じゃないでしょー?」
悪くは……無いですけどね。
「あの人、なんかおかしくないですか?」
向井先輩の目が面白そうに瞬いた。
「なんかって?」
「私のこと、餌付け中のなんかみたいに思ってるみたいですけど……」

頭ぽんぽんにはじまり、背中ナデナデ。
背中ナデナデはは拒否したが、足首マッサージで掴まれた時は思わず蹴り上げてしまいそうだった。
極めつけは手のひらニギニギ。
あれって猫の肉球を触るかのような、人の手をニギニギしてるってふうに見えない。

SNS経由で家に行くと連絡がくると、手土産に野菜やら肉やら置いていき、そのまま手やら頭やら一頻り撫でると帰っていく。
置いていった食材を使ってご飯を作っても、私の分だから、と食べずに帰る。
もういらないと、断った日は食べてくれたが次回に増量したのでそれからはあまり強く勧めないようにしてる。

代わりにウチで出すお茶は良い茶葉にしてる。
湯呑みも新調して、容姿に比べるとなんとなくゴツい感じの手にあわせて萩焼にしてみた。
私の手には大きくて片手では持ちにくかったが、功刀先輩にはちょうどよいみたいだった。

茶菓子はクリーム系よりも和菓子、煎餅が好きみたいなのでイロイロ用意してることで気持ちの軽減化を図ってる。

「なーに?ナニかじゃなくてナニになりたいの?」
ナニ、が多い会話にうっ、と詰まる。

「イエ、ナンデモナイデス」




「向井になんかいった?」

前まではローテーブルの前、元はクッションだった平べったい敷物に座っていたのに。
いつの間にか私の定位置のソファーに座り、居場所がなくウロウロする私をニヤニヤしてみてる。
しょうがなく、功刀先輩の定位置の敷物にすわる。
「何も言ってませんよ」
功刀先輩の湯のみを置いて、私は私で自分のマグカップでお茶を飲む。

胡乱な目で見ないでほしい。

何も言ってないったら。

「向井先輩がどうかしたんですか」

ちょっとその前に「ちっちっちっ」と指で来い来いしないでほしい。
これ、無視するとしつこくなるやつだ。

膝と手のひらをついて這いずって足元まで行く。
功刀先輩の膝の横に頭を寄せると、すりすりと頭を撫でる。
「手」
右手を渡すと、手首から始まって手のひらを両親指で指圧するようにもみこむ。
ペットなんかな。
ネコ科なら喉でも鳴らしそうだ。

「早くちてこないかな」
「は?」
ぼー、としてたら普段よりも低い声で功刀先輩が呟いた。
ん?オトす……?

「また何か落としたんですか?」
「いや、堕としてるところ」
「ええっ?」
大変じゃない、また大事なものだったら探しに行かないと。
「完全にちるのを待ってからじゃないと、自分のものだと安心できなくてな」
ん?
落とし物じゃなくてネットオークションか、なんかか?

「へー」
「もうちょいなんだろうけどな」

嘆息しつつ、功刀先輩は頭を撫でてくる。
「功刀先輩、物欲なさそうに見えますけど執着すると凄そうですね」

撫でられるのには慣れたが、未だこの近い距離は居心地悪く、見上げた顔が赤くなってないといいなと思う。

ん?
悪い顔で笑ってる。
いや、嘲笑ってらっしゃる。

ちょっと背筋がぞわぞわしますねー。

はぁ。

その笑顔の行き着く先はどこなんでしょうね。
落とし所のわからない状況はもうお腹いっぱいですよ。


向井先輩、この人を近づけたこと恨んでいいですか?

きっと向井先輩が私のことを平穏から突き落としたんでしょうから。




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