嘘つき山猫は赤面症

nyakachi

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独り暮らしと独りゴト

爪痕が

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あの夜と同じ。

上着を肘にかけ、少し緩めたネクタイ。
薄く開いたドアの向こうで先輩が喉で笑う。

「くつろいでるとこ悪いな」
「いえ⋅⋅⋅⋅⋅⋅忘れ物って?」
一旦ドアを閉めて、チェーンを外して開ける。

そのままの体制で待っている先輩に、なんだか気分が落ち着かない。
どうぞ、とドアを開いて中へと促すと意外そうな顔で見下された。
「忘れ物がなんなのか聞かないのか?」
「まぁ、立ち話もなんですし、中で聞きますよ。ついでにお茶も出します。」
「ついでか」
「私が飲みたいんで」

我ながら殺風景だと思うこの部屋だが、やはり自分以外の人間がいると違和感がある。

前回とは違ってきょろきょろと辺りを、特に床を見ながら
「あんまり女の子女の子した部屋じゃないなー」
呟かれた。

「失敬な」
ローテーブルに湯のみを置いて、自分はリクライニングソファーに座る。
長年使ってくたびれたが、ぴったり体が収まる感じが好きで中々買い替えできない。
肘掛けに体を預け、
「忘れ物ってどんなものなんですか?」
一口、お茶を啜ると先輩は床に腰をおろして湯のみを持ち上げる。

「忘れ物っていうかなくし物、かな。
  ネクタイピンなんだ」
ちょっと眉を寄せ、これぐらいの、と指でサイズ示す。

「想い入れがあるからな、できれば見つけたい。無くすとしたらこの部屋か居酒屋かタクシーかなんだ。
だから今日、向井経由で呼び出すつもりだったんだが速攻帰られたし、悪いが追いかけさせてもらったんだ」

「⋅⋅⋅⋅⋅⋅スミマセン」
先輩と何があったのか詰められるかと思って逃げたんだけど勘違いだったんだ!

恥ずかしっ!

熱いお茶を飲んでほっぺたの熱さを誤魔化す。

「あー、私も探します」

自意識過剰。
この人と、いや、この人じゃなくても。
私が人となんらかの関係ができるわけないのに。


人に好かれたいならいっそ心に踏み込むぐらいの勢いがないと。

⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅爪痕が私を苛む。
人に好かれたいだなんて思えないよ、ママン。

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