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《4》あなたがいい

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「ねぇ泥棒さん。今夜私に時間をくれませんか?」

 言葉の意味が理解できないのか、男性は眉間に皺を寄せた。

「…………いや、警備隊に付き合う時間は無い。奴等はやたら話が長いからな」
「警備隊ではありませんわ。私に、です。長い時間はとらせませんわ」
「……お前、言ってる意味わかっているのか?」
「お前ではありません、ニナメルです。子供ではありませんもの、もちろん理解していますわ」

 男性の大きな掌を両手でぎゅうと握りしめる。
 ニナメルの意思を理解した男性は、まるで軽蔑するように嫌悪感を剥き出しにしてニナメルを睨めつけた。

「至宝の白い宝石を持つお前が俺と……? お前なら誰が相手でも選びたい放題だろうが。悪ふざけも大概にしろ」
「悪ふざけではありませんわ。私は貴方がいいの」
「だから、分かってないだろう。俺みたいな汚れ者と交われば高い確率で穢れるんだぞ。他の連中に飽きて、気まぐれで変わり種を求めたいだけなら他を当たれ」

 そう冷たく言い放った後、強く手を振り払われる。
 振り払われた手と心がジンジンと痛んだ。

 やはり何処へ行っても額の石が邪魔をする。
 ようやく魔力交換しても良いと思えた男性だったのに。白というだけで経験豊富だとプライドが高いと判断され、ニナメル自身を見てはくれないのだ。
 いくらニナメルが言葉を尽くしても、それがこの人に届くことはない。

「……貴方も他の人達のように石の色で人を判断するのね……。ごめんなさい、どうやら私の見当違いでしたわ。お時間を取らせてしまって大変失礼しました。どうか無事の出立をお祈り申し上げます」

 ドレスの裾を掴み軽くカーテシーをする。
 今にも泣き出してしまいそうな情けない顔は晒したくない。顔を伏せて、出口近くにある馬車乗り場へ向かうために体の向きを変えた。

「……っ、ニナ」

 後頭部に硬い胸板が当たる。後ろから男性の両腕に囲われるように抱き留められていた。

「さっきの言葉……本当か?」

 横柄な態度だった男性の手が、何故か弱々しく小刻みに震えている。それがニナメルの胸にも伝わってドキンと緊張した。

「っ……はい。貴方がいいです……っ」
「…………後悔しても遅いからな」

 そのまま横抱きに抱え上げられ、浮遊魔法で体を浮かせると舞踏会場とは反対側の屋敷の一室に入った。


 バルコニーに降り立ち、ニナメルを抱えたまま結界を潜り部屋へと入る。
 伯爵令嬢であるニナメルの自室よりも広く豪華な調度品が揃えられた部屋。先程の荷造りの痕跡なのか、所々に荷物が散乱している。

 ニナメルを丁寧に下ろすと、男性は掌を掲げた。
 みるみるうちに乱れていた日用品が元に戻り、無惨に乱れていた寝台には新しくシーツが敷き直されて見事に綺麗に整った。

「俺の自室だ。防音と防御魔法も敷いておいた。これで問題ないだろ?」

 ニナメルの頬を撫で、そのまま耳を飾っていたイヤリングを外す。先程まで震えていたのが嘘のように、その大きな手は温かくて優しかった。
 二人を包む空気が一気に甘やかなものに変わってしまって、鼓動が速まる。

「あの、貴方の名は……?」

 男性に初めて肌を撫でられ、動揺を隠すように問いかける。

「………………名を聞かれるなんて、」
「え?」
「いや何でもない。名はギルだ」
「ギル……」

 イヤリングの次は首飾りの金具を外すギルを見上げて小さく名を呼ぶ。
 切れ長の眼と視線が絡む。ニナメルのふっくらとした唇を親指でなぞられて、背筋がゾクゾクと震える。

 ギルは躊躇うことなく背に手を回し、ドレスのホックを外していく。
 装飾品を外す動きもドレスを脱がす動きも無駄がなく、手早い。

 ――ギル、もしかして慣れてる……?

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