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《3》泥棒さん
しおりを挟むニナメルの数歩先で着地した影は、一人の男性だった。暗くて表情は確認できないが、身なりからして舞踏会に参加していた貴族男性のようだった。金糸で刺繍が施された上質な上着、宝石があしらわれた高価なブローチやカフスボタンが、庭園を照らす照明に反射して光を放っている。
目が合った気がした。吊り目がちな鋭い眼はまるで蛇に睨まれたようだった。
視線が交わったのは一瞬で、男性はすぐに布で包んだ荷物を抱え直し、出口へ向かって歩き始めた。
「びっ、くりした……」
突然の出来事に驚き、男性の背を目で追ってしまう。
すると肩に担いだ荷物からぼと、ぼと、と物が落ちていく。金貨や短剣、本、ペン、靴下などが地面の上に転がり落ちる。布の一部が着地の衝撃で損傷したのか、中のものが転げ落ちていたのだ。
「あ、あのっ!」
ニナメルは反射的に立ち上がって声を張りあげた。
足を止めた男性はゆっくりと首だけで振り返る。
「何だ」
地を這うような低くて感情のない声。
優しく穏やかな世界で生きてきたニナメルは、冷たい声を聞いて思わず体を硬直させてしまった。
「用がないなら呼び止めるな」
再び歩を進める男性にニナメルは震える声で叫んだ。
「あの、荷物が落ちています……!」
ニナメルの呼び掛けに再び足を止めた男性はゆっくりと振り返る。地面に落ちているものを確認すると、面倒臭そうに舌打ちをした。
「親切にどうも」
ぶっきらぼうに感謝を呟くと、穴が空いた布に手を翳し、魔法で縫い繕う。そして落ちてしまったものを拾い上げ、土汚れを軽く落としながら再び布の中に入れた。
よくよく見てみると男性が持っている布はベッドシーツのようだった。どうして煌びやかな格好をした貴族男性がシーツに荷物を包み、屋敷の二階から飛び降りてきたのか。……もしかして。
「貴方、泥棒ですか?」
声に出してからしまったと気づいたが、時すでに遅し。
夜の闇に同化する漆黒の髪から覗く、鋭利な視線に睨まれて足がすくむ。
「泥棒じゃない。それに仮に泥棒だったとして、はい泥棒ですって答えるわけないだろうが」
男性から発せられる声は依然として冷たいものだった。
怯みそうになる心を奮い立たす。ここ一年で残酷な現実を学んだニナメルは、足を踏ん張って言い返した。
「……でも貴方明らかにおかしいです。シーツに荷物を包んで何処へ行くのですか?」
「お前には関係ない」
「益々怪しいです。警備の方を呼んできます」
「おい、やめろ」
会場近くに居る警備隊を呼ぼうと足を向けると手を掴まれた。
至近距離で目が合う。先程は前髪で隠れていて気がつかなかったが、男性の額には黒翡翠の石があった。
「俺はこの屋敷の者で、訳あって今から出立するだけだ。ことを大きくするな」
「屋敷をお出になるのに、玄関を使わないなんて変ですわ。それに荷物をシーツに包んで移動するのですか?」
「……玄関は人が多くて鬱陶しいし、荷造りは苦手だ。ベッドに必要な物を投げて、シーツでひとまとめにしたほうが簡単だろ」
「……っふふ。何ですかそれ」
男性があまりにも真面目な顔で言うものだから、思わず笑ってしまう。
男性のシャツの襟には世間知らずのニナメルでも見たことのある貴族紋が刺繍されている。何処の家の紋か今は思い出せないが、おそらくこの人の言っていることは嘘ではないようだ。
「非常に効率的で最上の手段だと思うが」
「ふふ、確かにそうですね」
くすくすと笑いが止まらない。物言いは冷淡だが、恥ずかしそうに顔を伏せる仕草や丁寧に物を扱う指先に人柄の良さを感じられた。
男性はよく見ると整った顔立ちをしていた。目つきは鋭くてきつい印象だが、見慣れればそれほど怖くない。鼻梁はスッと高く、全体的に均一がとれていた。
「まさか誰かに見られるとは思ってなかった……」
そう呟いて乱暴に頭を掻く男性をじっと見つめた。
――よし、決めた。この人にする。この人が、いい。
ニナメルは男性の手を取り、小首を傾げて微笑んだ。
「ねぇ泥棒さん。今夜私に時間をくれませんか?」
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