上 下
3 / 9

《3》泥棒さん

しおりを挟む


 ニナメルの数歩先で着地した影は、一人の男性だった。暗くて表情は確認できないが、身なりからして舞踏会に参加していた貴族男性のようだった。金糸で刺繍が施された上質な上着、宝石があしらわれた高価なブローチやカフスボタンが、庭園を照らす照明に反射して光を放っている。

 目が合った気がした。吊り目がちな鋭い眼はまるで蛇に睨まれたようだった。

 視線が交わったのは一瞬で、男性はすぐに布で包んだ荷物を抱え直し、出口へ向かって歩き始めた。

「びっ、くりした……」

 突然の出来事に驚き、男性の背を目で追ってしまう。
 すると肩に担いだ荷物からぼと、ぼと、と物が落ちていく。金貨や短剣、本、ペン、靴下などが地面の上に転がり落ちる。布の一部が着地の衝撃で損傷したのか、中のものが転げ落ちていたのだ。

「あ、あのっ!」

 ニナメルは反射的に立ち上がって声を張りあげた。
 足を止めた男性はゆっくりと首だけで振り返る。

「何だ」

 地を這うような低くて感情のない声。
 優しく穏やかな世界で生きてきたニナメルは、冷たい声を聞いて思わず体を硬直させてしまった。

「用がないなら呼び止めるな」

 再び歩を進める男性にニナメルは震える声で叫んだ。

「あの、荷物が落ちています……!」

 ニナメルの呼び掛けに再び足を止めた男性はゆっくりと振り返る。地面に落ちているものを確認すると、面倒臭そうに舌打ちをした。

「親切にどうも」

 ぶっきらぼうに感謝を呟くと、穴が空いた布に手を翳し、魔法で縫い繕う。そして落ちてしまったものを拾い上げ、土汚れを軽く落としながら再び布の中に入れた。
 よくよく見てみると男性が持っている布はベッドシーツのようだった。どうして煌びやかな格好をした貴族男性がシーツに荷物を包み、屋敷の二階から飛び降りてきたのか。……もしかして。

「貴方、泥棒ですか?」

 声に出してからしまったと気づいたが、時すでに遅し。
 夜の闇に同化する漆黒の髪から覗く、鋭利な視線に睨まれて足がすくむ。

「泥棒じゃない。それに仮に泥棒だったとして、はい泥棒ですって答えるわけないだろうが」

 男性から発せられる声は依然として冷たいものだった。
 怯みそうになる心を奮い立たす。ここ一年で残酷な現実を学んだニナメルは、足を踏ん張って言い返した。

「……でも貴方明らかにおかしいです。シーツに荷物を包んで何処へ行くのですか?」
「お前には関係ない」
「益々怪しいです。警備の方を呼んできます」
「おい、やめろ」

 会場近くに居る警備隊を呼ぼうと足を向けると手を掴まれた。
 至近距離で目が合う。先程は前髪で隠れていて気がつかなかったが、男性の額には黒翡翠の石があった。

「俺はこの屋敷の者で、訳あって今から出立するだけだ。ことを大きくするな」
「屋敷をお出になるのに、玄関を使わないなんて変ですわ。それに荷物をシーツに包んで移動するのですか?」
「……玄関は人が多くて鬱陶しいし、荷造りは苦手だ。ベッドに必要な物を投げて、シーツでひとまとめにしたほうが簡単だろ」
「……っふふ。何ですかそれ」

 男性があまりにも真面目な顔で言うものだから、思わず笑ってしまう。
 男性のシャツの襟には世間知らずのニナメルでも見たことのある貴族紋が刺繍されている。何処の家の紋か今は思い出せないが、おそらくこの人の言っていることは嘘ではないようだ。

「非常に効率的で最上の手段だと思うが」
「ふふ、確かにそうですね」

 くすくすと笑いが止まらない。物言いは冷淡だが、恥ずかしそうに顔を伏せる仕草や丁寧に物を扱う指先に人柄の良さを感じられた。
 男性はよく見ると整った顔立ちをしていた。目つきは鋭くてきつい印象だが、見慣れればそれほど怖くない。鼻梁はスッと高く、全体的に均一がとれていた。

「まさか誰かに見られるとは思ってなかった……」

 そう呟いて乱暴に頭を掻く男性をじっと見つめた。

 ――よし、決めた。この人にする。この人が、いい。

 ニナメルは男性の手を取り、小首を傾げて微笑んだ。

「ねぇ泥棒さん。今夜私に時間をくれませんか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絶倫と噂の騎士と結婚したのに嘘でした。死に戻り令嬢は本物の絶倫を探したら大神官様だった。

シェルビビ
恋愛
 聖女を巡る恋の戦いに敗れたリオネルと結婚したレティ。リオネルは負け犬と陰で囁かれているが、もう一つの噂を知らない人はいない。  彼は娼婦の間で股殺しと呼ばれる絶倫で、彼を相手にすると抱きつぶされて仕事にならない。  婚約破棄されたリオネルに優しくし、父を脅して強制的に妻になることに成功した。  ルンルンな気分で気合を入れて初夜を迎えると、リオネルは男のものが起たなかったのだ。  いくらアプローチしても抱いてもらえずキスすらしてくれない。熟睡しているリオネルを抱く生活も飽き、白い結婚を続ける気もなくなったので離縁状を叩きつけた。 「次の夫は勃起が出来て、一晩中どころが三日三晩抱いてくれる男と結婚する」  話し合いをする気にもならず出ていく準備をしていると見知らぬが襲ってきた。驚きのあまり、魔法が発動し過去に戻ってしまう。  ミハエルというリオネルの親友に出会い、好きになってしまい。

憧れだった騎士団長に特別な特訓を受ける女騎士ちゃんのお話

下菊みこと
恋愛
珍しく一切病んでないむっつりヒーロー。 流されるアホの子ヒロイン。 書きたいところだけ書いたSS。 ムーンライトノベルズ 様でも投稿しています。

R18 優秀な騎士だけが全裸に見える私が、国を救った英雄の氷の騎士団長を着ぐるみを着て溺愛する理由。

シェルビビ
恋愛
 シャルロッテは幼い時から優秀な騎士たちが全裸に見える。騎士団の凱旋を見た時に何で全裸でお馬さんに乗っているのだろうと疑問に思っていたが、月日が経つと優秀な騎士たちは全裸に見えるものだと納得した。  時は流れ18歳になると優秀な騎士を見分けられることと騎士学校のサポート学科で優秀な成績を残したことから、騎士団の事務員として採用された。給料も良くて一生独身でも生きて行けるくらい充実している就職先は最高の環境。リストラの権限も持つようになった時、国の砦を守った英雄エリオスが全裸に見えなくなる瞬間が多くなっていった。どうやら長年付き合っていた婚約者が、貢物を散々貰ったくせにダメ男の子を妊娠して婚約破棄したらしい。  国の希望であるエリオスはこのままだと騎士団を辞めないといけなくなってしまう。  シャルロッテは、騎士団のファンクラブに入ってエリオスの事を調べていた。  ところがエリオスにストーカーと勘違いされて好かれてしまった。元婚約者の婚約破棄以降、何かがおかしい。  クマのぬいぐるみが好きだと言っていたから、やる気を出させるためにクマの着ぐるみで出勤したら違う方向に元気になってしまった。溺愛することが好きだと聞いていたから、溺愛し返したらなんだか様子がおかしい。

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

貧乳の魔法が切れて元の巨乳に戻ったら、男性好きと噂の上司に美味しく食べられて好きな人がいるのに種付けされてしまった。

シェルビビ
恋愛
 胸が大きければ大きいほど美人という定義の国に異世界転移した結。自分の胸が大きいことがコンプレックスで、貧乳になりたいと思っていたのでお金と引き換えに小さな胸を手に入れた。  小さな胸でも優しく接してくれる騎士ギルフォードに恋心を抱いていたが、片思いのまま3年が経とうとしていた。ギルフォードの前に好きだった人は彼の上司エーベルハルトだったが、ギルフォードが好きと噂を聞いて諦めてしまった。  このまま一生独身だと老後の事を考えていたところ、おっぱいが戻ってきてしまった。元の状態で戻ってくることが条件のおっぱいだが、訳が分からず蹲っていると助けてくれたのはエーベルハルトだった。  ずっと片思いしていたと告白をされ、告白を受け入れたユイ。

処理中です...