執着系皇子に捕まってる場合じゃないんです!聖女はシークレットベビーをこっそり子育て中

鶴れり

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空白を埋めるように(2)

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「女神よ。俺とクララに宝物を授けてくれてありがとう」

 落ち着きのある低くて通る声が、神聖宮に反響する。

「クララ」

 まるで蕩けるような声色で名を呼ばれ、ゆっくりと顔をあげる。美しく気高い、紫色を見つめた。

「俺の子を産んで、ここまで立派に育ててくれてありがとう」

 ライオネルの幸福感に満ちた表情を見て、引っ込んだはずの涙がまた溢れ出す。
 ──まさか感謝されるとは思っていなかった。事実を知って、怒られると思ったのに……こんなに幸せそうに笑うだなんて。

「産むときはさぞ痛かっただろうね……大変だったこともたくさんあったと思う。そばにいて支えてやれなくて、ごめん。本当にごめん」
「……っ、っ、でんかぁ……」
「二人きりのときは名で呼んでほしいな」

 今は凹んでいる下腹部を慰めるように優しく撫で、ライオネルはクララを抱きしめた。

 妊娠中不安でいっぱいだったこと。
 死に物狂いだった出産。
 初めてばかりで戸惑いの毎日だった子育て。
 それらが走馬灯のように脳内に浮かぶ。

 ──私が絶対にユリビスを幸せにしてみせるわ。
 ユリビスの母として、唯一の家族として、ユリビスをちゃんと育てなくちゃと、ずっと気を張ってきた。出自がバレないように、こっそりと隠れながら平穏な日々を過ごせるように、一人で抱えこんで。

 でも、もう一人で背負わなくていい──。
 ライオネルのぬくもりに包まれていると、安心感で満たされて涙が止まらない。

 妊娠する前はどれだけ体を痛めつけられても蔑まれても、泣くのを堪えることができたのに。どうしてか、ユリビスが生まれてから、涙を抑制することができなくなってしまった。

「らい、さま……っ」
「うん。ユリビスは利口で明るい、とても立派な子だ。クララにそっくりだな。見た目は俺にそっくりだけど」
「っ……らいさま……」

 これだけは伝えなくちゃ、とクララはすんと大きく鼻をすすった。

「ライ様との御子を授かったとわかったとき、人生で一番幸せでした。こうして無事に産まれて、ユリビスがそばにいて。私は帝国一の幸せ者です」

 ユリビスを妊娠したから仕方なく産んだのではなく、クララが望んで産み、愛し育てたということを、どうしても伝えておきたかった。
「うん」とライオネルは優しく相槌をうった。

「これからは俺もユリビスとともにいたい。一緒に育ててくれる?」
「もちろんです。ライ様がお父さんなんですから」
「ふふ、お父さんか。なんかくすぐったいな」

 額同士を合わせて、小さく笑い合う。

「女神なんてあんまり信じていなかったけど、今なら信じてもいいかもね」
「ふふ、女神像の前でそんなこと言っては怒られますよ」

 至近距離で目があって、吸い込まれるように唇を重ねた。そっと触れるだけのキスが、たまらなく幸せだった。

「今までのユリビスの話、たくさん聞かせてほしいな」
「もちろんです。ユリビスは赤ちゃんのときからすごく可愛かったんですよ。お腹から出てきたとき、ユリビスがライ様に似ていたから嬉しくって、よく覚えています」
「どうして? 俺よりもクララに似たほうが絶対可愛いのに」
「ライ様に会えなくても、小さいライ様を抱きしめているみたいで幸せで……」

 思わず本音を言ってしまった、とハッとすると、ライオネルにがしりと肩を掴まれた。

「クララ? それはどういう意味? 詳しく教えて?」
「あ、えっと、その。口が滑って……」
「それって俺を好きだからってことでしょ?」
「え、あ……う……」
「いつから? いつのタイミングで!?」

 ライオネルがぐいぐい顔を寄せてくる。至高の紫瞳の瞳孔が、完全に開いている。
 掴まれた肩には力が込められて、痛いくらいだった。

「初めて……聖女の儀で、ライ様に拝謁してお声を掛けていただいたときに……。ライ様は、私の……初恋の皇子様です」

 白状させられて顔が火照る。恥ずかしい。あれだけ散々逃げ回っておいて、十三年も前から好きだったなんて。

「はぁ、なんだよ……なら我慢せずに毎日抱けばよかった……!」
「毎日!?」

 話が飛躍しすぎだとかぶりを振る。やっぱりライオネルはクララに対してネジが飛びすぎていないだろうか。
 再び麗しいかんばせが目の前に近づいてきて、鼻先がぶつかり合う。

「クララ、もう一回聞きたい」
「えっ、いや……恥ずかしいですし……」
「だめ。逃がさない」

 肩にあった手が背に回されて、逃げられない。
 クララはおずおずと顔を上げ、最愛の人を見つめた。

「ライ様がずっと昔から好きです……」
「今は?」
「い、まも……すき……」

 じわじわと羞恥心が込み上げてきて、語尾は小さくなってしまったけれどちゃんと目を見て伝えられた。

「やばい、どうしよう……ちょっと、泣きそうかも」

 はは……と自嘲しながら、ライオネルは顔を隠すようにクララを強く抱きしめた。ライオネルの胸がバクバクと暴れているのが、衣服の上からも伝わってくる。

 顔が見えなくなったからか、羞恥が薄れて素直になれた。

「ライ様が好き……大好きです」
「クララ……俺のこといじめるつもり?」
「いいえ。今までずっと言ってはいけないと思っていたので」
「ユリビスと俺、どっちが好き?」
「そんな……比べられませんよっ」
「じゃあ、俺のことどのくらい好き?」
「え? どのくらい、とは……? ライ様、少し落ち着いてください」
「落ち着けるわけないでしょ。好きな人が好きって言ってくれたんだから。舞い上がりたくもなるよ」

 はああぁ──と天を見上げながら、ライオネルは大きく息を吐いた。

「ふふふっ」

 ライオネルがこんな風に取り乱しているところなんて初めて見た。憧れ恋した皇子様然とした姿とは違うけれど、あまりにも可愛らしくていとおしくて、そっと頬に口づける。

 そして今までの空白の時間を埋めるように、たわいもない話を繰り返した。
 離れがたくて、ずっとぬくもりを感じていたくて、二人は抱き合ったまま女神の前で長い時間を過ごした。



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