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受け継がれる力(1)
しおりを挟むユリビスがいなくなって、二日が経過した。
ライオネルをはじめ、第二皇子の指揮下にある騎士たちが懸命に捜索してくれているが、ユリビスの消息は未だにわからないままだ。
土地勘もなく、足手まといにしかならないクララは、一日のほとんどを皇宮にある神聖宮で過ごし、女神に祈りを捧げていた。
(女神様、どうかユリビスを……私の全てを奪っていいので、ユリビスを助けて……!)
命懸けで産んだ、かけがえのない我が子。
家族を知らないクララの唯一血を分けた家族。
失いたくない。抱きしめたい。またあの屈託のない笑顔が見たい──。
強大な神聖力を持つ慈愛の聖女なのに、なんにも役に立たないことが悔しくてたまらない。
クララの子であることを公にすることはできず、第二皇子の権限下でしか、捜査網を広げられない。もちろん街道や流通を止めることもできない。
捜索が難航してしまうのも致し方ないとわかっている。
(早くに殿下の子だと打ち明けていたら……!)
皇族と認識されていれば警備を強化できたかもしれないのに。
しかし後悔しても遅い。どれだけ悔やんでも、時は巻き戻せないのだ。
──時間を、巻き戻す……?
(もしかして、慈愛の聖女なら時を戻せる……なんて女神のような力が使えたりする……?)
クララの体を巡る澄み渡った浄化の力。
もしかしたら他にも秘された力があるかもしれない──?
「誰かっ! ネネット様はどこにいらっしゃるか知りませんかっ?!」
一縷の望みにかける。
クララの切望する必死な声が、清らかな神聖宮に響き渡った。
…
……
「ネネット様、突然の訪問をお許しください」
「少しですが話は伺いました。どうぞこちらにお掛けになって」
「はい……」
茶を勧められたが、首を振って断る。
今は何も喉を通る気がしない。
切羽詰まった雰囲気を察したネネットは、早急に使用人たちを下がらせ人払いした。
「クララ姉様の大切なお方が攫われたと伺いました。心中お察しします」
「ネネット様、慈愛の聖女について教えてください! 人々を治癒するだけではなく、他に力はないのですか?! 例えば時を戻せるとか……」
「残念ながら、そのような話は聞いたことがありません。おそらくクララ姉様でも難しいでしょう」
「そんな……っ」
わずかな希望の光が打ち砕かれて、下唇を噛む。
「慈愛の聖女だなんて、こんな力なんの役にも立たないわ……っ」
「そんなことありません! 気をしっかり持ってください!」
ネネットが手を握り励ましてくれるが、自分の無力さが悔しくて情けなくて仕方ない。
「慈愛の聖女様の神聖なるお力は、後世へ新たな力となって受け継がれます。なので決して役に立たないなんてこと……っ」
「受け継がれる……? それはどういうことですか?」
「クララ姉様には先の話になると思いますが、慈愛の聖女が産んだ子には不思議な力が宿ると言われています。ワグ国に残っている記録によると、心の声を聞き分ける耳を持っていたり、未来を予見する眼を持っていたり、相性を選別できる嗅覚を持っていたり──」
「眼……!」
金色に輝く瞳を思い出して、ハッと立ち上がる。
──もしユリビスの目に女神の力が宿っていて、未来に起こることを予知していたら?
(ユリビスは何か言っていた? なにか、なにか……思い出して。些細なことでも何でもいいから、なにか……!)
ガンガンと自分の頭に拳を叩きつける。
「クララ姉様っ! ご乱心なさらないでっ!」とネネットの慌てふためく声が遠くで聞こえたがクララはそれどころではない。
ふと、聖域を出たときにしたユリビスとの会話を思い出した。
『僕、赤い屋根に黒い壁のお家には行きたくないなぁ……』
『赤い屋根に黒い壁のお家……? お母さんもそんな悪趣味な家には住みたくないわね』
なんてことない、いつもの会話だった。
そのときは絵本かなにかで見た、悪魔の家だろうと深く考えなかった。
「赤い屋根に黒い壁の家……! ネネット様、本当にありがとうございますっ!!」
「はい……ええっ、クララ姉様?!」
居ても立っても居られなくて、クララはネネットの前から走り去る。
廊下を走るなんてマナー違反だけれど、なりふりかまっていられない。皇宮ですれ違う貴族に嫌な顔を向けられても気にしていられない。
そのまま全速力で皇宮内を走り抜ける。
そして皇宮で情報収集にあたっていたゾアードの元へ駆け込んだ。
「聖女様!? どうされたのですか!」
「ゾア、ド、さ、見つ、わか……!」
「何を言ってるのかさっぱりわかりません。落ち着いて……」
水差しからグラスに水を注いでくれたのを受け取り、一気に飲み干した。
はあっと大きく息を吸い込む。
「ユリビスは赤い屋根の黒い壁の家にいます! ビアト帝国に、そのような家はありますか!?」
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