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大切な人のためなら
しおりを挟むライオネルとの激しい一夜が明けて、不調もなくピンピンとしている自分の体を呪いながら目が覚めた。
体とは相反して、異様なほど心が疲れ切っていた。今日くらい昼までぐだぐだとしていたい。
ライオネルの異様な執着心は、紛れもなくクララが育てたものだった。
ライオネルは何回か神殿でのクララの様子を口にしていたけれど、神殿で謁見したことも見かけたことすらもないはず。そもそも皇族が神殿に自由に出入りできないはずだ。
(なんか真実を知りたいような、知りたくないような……)
クララに心酔するきっかけは気になるが、世の中知らないほうが幸せなこともある。深追いはいいことばかりではない。
そしてライオネルに捕まったクララが、皇宮から逃げ出してしまったことが原因で、さらに歪んだ恋心を捩れさせてしまったのだ。
(自業自得といえば、そうなのかしら? ……いえ、私は自分が慈愛の聖女だなんて知らなかったんだもの。私は悪くないと思うのっ)
誰であっても、六年前のあの状況であればみんな逃亡していたと思う。
(あ、そういえば……ユリビスのこと、殿下にお伝えしなくっちゃ)
ライオネルの想いを受け止めたクララは、もう隠す必要はないと心に決めた。
神殿との関係性もあって、この先困難がないとは言い切れないけれど、ライオネルならきっと自分とユリビスのことを守ってくれる。
ちょっと(いやだいぶ)愛は重たいけれど、そこに偽りはないから。
クララは身なりを整えて、執務に向かったライオネルの元へ行こうと決心した。
お世話になっている女官を呼び、適度に身支度を整える。
「クララ様、本日のお召しものはいかがなさいますか?」
「殿下に会いにいきたいので、失礼のないものを選んでもらえますか?」
「畏まりました」
顔に白粉を叩き、紅をのせられる。鮮やかな青髪は、そのまま下ろして髪飾りをつけた。
女官が用意してくれた、動きやすさと気品を兼ね備えたデイドレスを身にまとう。
(なんて言えばいいのかしら。ユリビスは殿下と私の子なんです……って? 信じてもらえるかしら。薬の効果は、確かあと三日……)
ぐるぐると文言を考えていると、クララの部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「無礼をお許しくださいっ、クララ様! クララ様はいらっしゃいますか!」
「はい。どうしましたか? あなたはユリビスに付いてくれている……」
「申し訳ございません……っ! 朝のご支度の途中、ユリビス様が連れ去られてしまい──……!」
「申し訳ございません、申し訳ございません!」と床に額を擦り付けて謝る女官を呆然と見つめる。
(ユリビスが、誘拐……? いなくなった……?)
地獄へ突き落とされたかのような絶望に包まれる。
「失礼します聖女様! ただいま、我々で探しておりますので……」
「ゾアード様、私も探します!」
部屋に乗り込んできたゾアードの腕にしがみついた。
じっと黙って待っているだけなんてできない。
「いけません。貴女は殿下の婚約者様です。それにユリビス君を攫ったのは、貴女に害をなすことが目的の可能性が高いです。聖女様は最も安全な部屋で待機してもらいます」
「いや、そんな……! せめて皇宮の近衛騎士団を動員して、一秒でも早くユリビスを……っ!」
「……申し訳ありません、聖女様。ユリビス君は出自不明の子です。その子に皇宮の騎士を派遣することは難しいでしょう。我々が精一杯探しますので、どうかご理解を……!」
「違うのっ!」
耐えきれなくなって涙が溢れる。
私の唯一の家族。自分の命よりも大切な愛しい子──。
「ユリビスは私の子なの! 私のお腹から産まれた、正真正銘私の息子なの! お願い、ゾアード様。ユリビスを失ったら、わたし、わたし……!」
「────……クララ? 今の言葉は本当に?」
慌てて駆けつけてきてくれたのだろう。いつの間にかライオネルが扉の前に立っていた。
クララは涙ながらに訴えた。もう隠している場合ではない。
「はい。ユリビスは私の子です。何よりも大切な私の息子です」
気高く美しい瞳を見据えて、力強く答えた。
一瞬、ライオネルがギリっと歯を噛み締める音が聞こえた。
「ゾア。第二皇子専属の騎士を総動員させろ。すぐに俺も出る」
「ハッ」
「クララはここで待っていて。必ずユリビスを連れて帰ってくるから」
「殿下……!」
ライオネルに左手を取られる。そしてライオネルの左手首についている腕輪の金色の石同士を当て合うと、魔法道具が解除された。
手首にぴったりとはまっていた腕輪が大きな輪に変わり、腕から離れた。
「これはクララに預けておくよ。逃げないで……ここで待っていて。約束してくれる?」
「はい。約束します」
「信じてるよ」
最後に額に唇を押しつけて、ライオネルは踵を返して行ってしまった。
「ユリビス……っ、ユリビス……!」
クララはその場に泣き崩れた。
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