31 / 49
皇太子妃と隣国の王女(2)
しおりを挟む聖女が誕生したのは、ワグという狭く孤立した地だと言われている。
周囲を険しい山脈に囲われた閉鎖的な地に、突如として誕生した初代の聖女は強い神聖力を持っていた。
その尊い力は人々の怪我を治し、病気を癒し、毒までも無効化した。その女神のような力を持つ聖女は、人々から『慈愛の聖女』と呼ばれるようになった。
なぜなら、彼女は神聖力を使うたびに苦痛を伴う体質だったから。
「──自分自身も痛みを感じながらも、人々を癒し治癒する聖女は『慈愛の聖女』と呼ばれ、我が国では長年誕生を待ち侘びておりました。それがまさか、ビアト帝国にいらっしゃるとは……」
ネネットがクララを崇拝するような瞳で見つめる。
クララはその『慈愛の聖女』が自分だということがにわかに信じがたい。
「ネネット様。私がその慈愛の聖女だという確証はありませんよね?」
「クララ姉様のように、発作を起こす聖女は他におりませんわ。それに昨日ゾアード様を治癒されたでしょう? 完治した傷を見て、確信しましたの」
「確かに、ゾアード様の怪我は治しましたが……」
ネネットは力強く頷いている。
「ゾアード様の肩の傷は、私を庇って受けたものでした。あの毒矢には、神聖力でも治癒できない特殊な毒が塗られていたのです」
「そうだったのですか? どうりでなかなか治らないなぁと……」
ゾアードの治癒に大量の神聖力を使ったことを思い出す。
「ゾアード様を助けていただき、本当にありがとうございました。私からも感謝を伝えさせてくださいませ」
「いえいえそんな」
ネネットの話を聞いて、じわじわと現実味が湧いてくる。
(本当に、私が……?)
クララは徐ろに自分の手のひらを見つめた。なんの特徴もない、平凡な手だ。
ずっと欠陥聖女として蔑まれ、発作にはさんざん苦しめられてきた。それはクララが強い神聖力を宿しているからだなんて……。
「まさか自分が慈愛の聖女だとは、信じられません……」
「ライオネル殿下がビアト帝国に慈愛の聖女が存在すると、我が国までやって来ました。そして両国平等な和平を結ぶこととなり、私はクララ姉様を直接この目で確かめたく、この皇宮でお世話になっておりましたの」
「そうだったのですね。私てっきりネネット様が殿下とご結婚されるのかと……」
「まぁ、新聞の記事は当てになりませんわ。それにライオネル殿下はクララ姉様にしか眼中にございませんよ」
おほほと生ぬるい目で見られて、クララは赤面した。
でも、どこか腑に落ちた気がした。
(殿下は私が慈愛の聖女だから、あんなに想ってくださっていたのね……)
ライオネルの異常ともいうべき執着は、慈愛の聖女へ向けられたものだと言われたら納得できた。
他の聖女とは違う、特別な聖女。政治の道具としても、使いようはある。
ようやく不可解だった謎がわかったと同時に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「それで、クララ姉様はライオネル殿下のどこが魅力的だと思いますの?!」
「そう、それが聞きたいのよ!」
「え」
セシーリアとネネットは前のめりにクララの顔を覗き込む。
「ええっと、先ほども申し上げたとおり……」
「もおっ、そんな建前はどうでもいいの! なんて告白されたの?! プロポーズは?」
「そんなに情熱的に殿下に愛されていらっしゃるのなら、さぞロマンチックな求婚なのでしょうね……!」
盛り上がる二人をよそに、クララは冷たい汗をかいた。
(拉致されるように皇宮へ連れてこられて、よくわからない魔法道具をつけさせられた上、騙されて婚約式をあげました……なんて言えるわけないわっ!)
「ふ、ふつうだと思います。私、混乱していてよく覚えていなくて……」
「レオの前でも恋心を隠す様子すらないそうよ。毎日クララ様に早く会いたくて、懸命に執務に励んでおられるとか!」
「常日頃から愛を囁かれていたら、どれが求婚の言葉かなんてわからなくなってしまいますわね!」
(うわわああぁっ)
明後日の方向に話が暴走しているが、クララにそれを止める術はない。
「あ、あの、ネネット様には想い人はいらっしゃらないのですか? 婚約者様とか……」
早く自分の話は終わりたいとばかりに、クララはネネットに話を振った。
「…………っ!」
かぁっと顔面を赤く染めたネネットは、もじもじと俯いた。
意外な反応に、目が点になる。
「うふふ。クララ様よく気がついたわね。ネネット様が皇宮へ滞在されているのはクララ様にお会いすることもそうですけれど、一番はある殿方と一緒にお過ごしになられたいからなのよ」
「妃殿下……っ!」
きょろきょろと辺りを見回したネネットは人差し指を唇に当て、「静かに……!」と眉を顰めた。
「ネネット様、大丈夫よ。人払いはしてあるわ」
「なら良いのですが……」
ネネットの態度から、クララはとある人物を一人思い浮かべた。
「もしかして、ゾアード様?」
「!!!」
「あらっ」
さらに赤みを増したネネットの顔面を見て確信する。
一瞬意外な人物かと思ったが、確かに身を挺して守ってくれた騎士に、恋心を抱く王女の気持ちはわからなくはない気がする。
「あの、ご本人には秘密にしてくださいね……?」
「もちろんです!」
「あ、でもここにいるのはクララ姉様にお会いしたいのが一番の動機ですから……っ!」
さっきまでの王女たる毅然とした姿はなりを顰め、可愛らしい年相応の女性になったネネット。
王女という身分から自由に恋愛はできないだろうけれど、全力で応援したいと思う。
「私にできることがありましたら、いつでもお声掛けくださいね!」
「クララ姉様……!」
初めて女友達ができたようで、クララはくすぐったい気持ちになった。
13
お気に入りに追加
807
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる