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皇太子妃と隣国の王女(2)

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 聖女が誕生したのは、ワグという狭く孤立した地だと言われている。
 周囲を険しい山脈に囲われた閉鎖的な地に、突如として誕生した初代の聖女は強い神聖力を持っていた。
 その尊い力は人々の怪我を治し、病気を癒し、毒までも無効化した。その女神のような力を持つ聖女は、人々から『慈愛の聖女』と呼ばれるようになった。
 なぜなら、彼女は神聖力を使うたびに苦痛を伴う体質だったから。

「──自分自身も痛みを感じながらも、人々を癒し治癒する聖女は『慈愛の聖女』と呼ばれ、我が国では長年誕生を待ち侘びておりました。それがまさか、ビアト帝国にいらっしゃるとは……」

 ネネットがクララを崇拝するような瞳で見つめる。
 クララはその『慈愛の聖女』が自分だということがにわかに信じがたい。

「ネネット様。私がその慈愛の聖女だという確証はありませんよね?」
「クララ姉様のように、発作を起こす聖女は他におりませんわ。それに昨日ゾアード様を治癒されたでしょう? 完治した傷を見て、確信しましたの」
「確かに、ゾアード様の怪我は治しましたが……」

 ネネットは力強く頷いている。

「ゾアード様の肩の傷は、私を庇って受けたものでした。あの毒矢には、神聖力でも治癒できない特殊な毒が塗られていたのです」
「そうだったのですか? どうりでなかなか治らないなぁと……」

 ゾアードの治癒に大量の神聖力を使ったことを思い出す。

「ゾアード様を助けていただき、本当にありがとうございました。私からも感謝を伝えさせてくださいませ」
「いえいえそんな」

 ネネットの話を聞いて、じわじわと現実味が湧いてくる。

(本当に、私が……?)

 クララは徐ろに自分の手のひらを見つめた。なんの特徴もない、平凡な手だ。

 ずっと欠陥聖女として蔑まれ、発作にはさんざん苦しめられてきた。それはクララが強い神聖力を宿しているからだなんて……。

「まさか自分が慈愛の聖女だとは、信じられません……」
「ライオネル殿下がビアト帝国に慈愛の聖女が存在すると、我が国までやって来ました。そして両国平等な和平を結ぶこととなり、私はクララ姉様を直接この目で確かめたく、この皇宮でお世話になっておりましたの」
「そうだったのですね。私てっきりネネット様が殿下とご結婚されるのかと……」
「まぁ、新聞の記事は当てになりませんわ。それにライオネル殿下はクララ姉様にしか眼中にございませんよ」

 おほほと生ぬるい目で見られて、クララは赤面した。
 でも、どこか腑に落ちた気がした。

(殿下は私が慈愛の聖女だから、あんなに想ってくださっていたのね……)

 ライオネルの異常ともいうべき執着は、慈愛の聖女へ向けられたものだと言われたら納得できた。

 他の聖女とは違う、特別な聖女。政治の道具としても、使いようはある。
 ようやく不可解だった謎がわかったと同時に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

「それで、クララ姉様はライオネル殿下のどこが魅力的だと思いますの?!」
「そう、それが聞きたいのよ!」
「え」

 セシーリアとネネットは前のめりにクララの顔を覗き込む。

「ええっと、先ほども申し上げたとおり……」
「もおっ、そんな建前はどうでもいいの! なんて告白されたの?! プロポーズは?」
「そんなに情熱的に殿下に愛されていらっしゃるのなら、さぞロマンチックな求婚なのでしょうね……!」

 盛り上がる二人をよそに、クララは冷たい汗をかいた。

(拉致されるように皇宮へ連れてこられて、よくわからない魔法道具をつけさせられた上、騙されて婚約式をあげました……なんて言えるわけないわっ!)

「ふ、ふつうだと思います。私、混乱していてよく覚えていなくて……」
「レオの前でも恋心を隠す様子すらないそうよ。毎日クララ様に早く会いたくて、懸命に執務に励んでおられるとか!」
「常日頃から愛を囁かれていたら、どれが求婚の言葉かなんてわからなくなってしまいますわね!」

(うわわああぁっ)

 明後日の方向に話が暴走しているが、クララにそれを止める術はない。

「あ、あの、ネネット様には想い人はいらっしゃらないのですか? 婚約者様とか……」

 早く自分の話は終わりたいとばかりに、クララはネネットに話を振った。

「…………っ!」

 かぁっと顔面を赤く染めたネネットは、もじもじと俯いた。
 意外な反応に、目が点になる。

「うふふ。クララ様よく気がついたわね。ネネット様が皇宮へ滞在されているのはクララ様にお会いすることもそうですけれど、一番はある殿方と一緒にお過ごしになられたいからなのよ」
「妃殿下……っ!」

 きょろきょろと辺りを見回したネネットは人差し指を唇に当て、「静かに……!」と眉を顰めた。

「ネネット様、大丈夫よ。人払いはしてあるわ」
「なら良いのですが……」

 ネネットの態度から、クララはとある人物を一人思い浮かべた。

「もしかして、ゾアード様?」
「!!!」
「あらっ」

 さらに赤みを増したネネットの顔面を見て確信する。
 一瞬意外な人物かと思ったが、確かに身を挺して守ってくれた騎士に、恋心を抱く王女の気持ちはわからなくはない気がする。

「あの、ご本人には秘密にしてくださいね……?」
「もちろんです!」
「あ、でもここにいるのはクララ姉様にお会いしたいのが一番の動機ですから……っ!」

 さっきまでの王女たる毅然とした姿はなりを顰め、可愛らしい年相応の女性になったネネット。
 王女という身分から自由に恋愛はできないだろうけれど、全力で応援したいと思う。

「私にできることがありましたら、いつでもお声掛けくださいね!」
「クララ姉様……!」

 初めて女友達ができたようで、クララはくすぐったい気持ちになった。



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