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皇太子妃と隣国の王女(1)

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「皆さんの好みがわからなくて、ごめんなさいね。様々な種類の菓子を用意したから、お口に合うものがあれば良いのだけれど」

 こうして始まった三人のお茶会。円テーブルには所狭しと菓子が置かれ、飲み物も紅茶からハーブティーまで飲みきれないほど大量に並べられていた。

「セシーリア様、こんなにたくさんご配慮していただいてありがとうございます。初めて目にするものも多く、とても興味深いです」
「そうでしょう。帝都でも人気のものを揃えたの。ワグ小国ではどんな菓子が人気なのかしら?」
「パイでしょうか。最近は果物のコンポートを使った菓子が人気ですわ」
「まぁ! 美味しそうね」
「ビアト帝国のカカオは良質で香りが良いと聞きました。おひとついただいてもよろしいかしら?」
「もちろんよ。カカオといえばチョコレートなのだけれど、最近カカオの皮から抽出した染料で糸を染める事業を始めたの。優しい色合いで、市井にも幅広く普及できるように今は試作の段階なのよ」
「資源を余すとこなく利用するのですね。素晴らしい事業ですわ」

 高貴な二人の会話を聞きながら、口内がカラカラに乾いていく。
 浮きまくっているクララは、一秒でも早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。高級紅茶の味も香りも全く感じない。

「クララ様は普段どのようなものをお好みに?」

 セシーリアに話を振られて、心臓が跳ねる。
 嘘をついても仕方ないので、正直に話した。

「菓子はあまり口にすることはありません……」
「そうなの。神殿は神聖な場所だものね」

 セシーリアはクララが神殿暮らしだったこともあり納得していたが、理由はそうではない。

(働いて倒れて回復して……の繰り返しで菓子なんか食べる時間も余裕もなかったもの)

 食事ですらまともに摂れないことも多かったのだ。

「でもたまにですが、治癒した患者からお礼に飴をいただくことがありました。小さい子どもが、自分が食べたいのを我慢して私に譲ってくれて。その飴はとても甘くて美味しかったのを覚えています」

 神殿勤めの日々を思い出していると、ついぽろっとそんなエピソードを話してしまった。

 カシャン、とネネットの手からカトラリーが滑り落ちて大きな音が鳴った。

「す、すみません。お茶会に相応しくないお話でしたね……」
「いえ……クララ様は、本当に素晴らしい聖女様です……」

 ネネットが顔を伏せたまま小声で呟いた。

(あああぁっ、怒ってる?! そりゃあ突然現れた卑しい身分の聖女が、ライオネル皇子殿下の婚約者になったらそれは不快よね! 殿下と不釣り合いだと罵倒されても仕方ないし、ネネット様のほうが誰が見てもお似合いだもの!)

 よく見るとネネットの肩が小刻みに揺れていて、必死に感情を押し留めているのだと伝わってくる。

「本当にクララ様は素晴らしいわ! ライオネル皇子も、きっとクララ様の美しい御心に惹かれたのでしょうね」

(妃殿下ぁ、やめてくださいいいぃっ!)

 追い打ちをかけるようにセシーリアがクララを褒め称える。

「是非二人のお話をお伺いしたいわ。クララ様はライオネル皇子のどういったところをお慕いしているの?」

(妃殿下ああぁっ!)

 くらりと倒れてしまいたい衝動を、腹の奥に力を込めてなんとか耐える。
 ネネットの方向を向くのが恐ろしくて、手元の紅茶を見つめた。
 強張った笑顔の情けない自分の顔が、水面に映っている。

「殿下は……私が言わずとも、優秀で素敵な方ですので……」
「まぁ、クララ様ったらお照れになって。私たちの前では惚気ていいのよ!」
「…………」

 きゃっきゃと楽しそうに菓子をつまみながら話をするセシーリア。
 どうかこの状況を察してはいただけないだろうか……。

「ふふっ、レオから色々と噂は聞いたわ。ライオネル皇子がクララ様に夢中だって! 婚約式も一秒でも早く行いたいと、無理をおっしゃったとか」

 レオカール皇太子から伺った話を、楽しそうに語るセシーリアは恋愛話が大好きなようだ。

(あぁ、いっそのこと神聖力を振り撒いて、発作で気絶してしまいたい……)

 ショートした脳は、次第に現実逃避を始めた。
 友人と呼べる存在がいないクララは、人付き合いでどのように振る舞うのが正解なのかわからない。

 この状況を回避する術も鎮める術もなんにも持ち合わせていないクララは、ただひたすらこの気まずい空気に耐えるしかなかった。

「…………っ、うっ……」
「ね、ネネット様……?」

 ずっと顔を伏せていたネネットが、思い切ったように顔をあげる。
 銀髪碧眼の麗しいご尊顔が、歓喜に満ちていた。

「本当に……っ、本当になんてできた聖女様なのですか! 外見の美麗さや姿勢、所作の美しさだけではなく、内面まで清らかだなんて……! ワグ国には聖女がたくさんおりますが、このような素晴らしい聖女様は見たことがありませんっ!!」
「…………え?」

 想定外の展開に、間抜けな声が漏れた。
 セシーリアはさも当然といった態度で、優雅に茶を嗜んでいる。

「クララ様……いえ、畏れながらクララ姉様とお呼びさせていただいても?!」
「あ、はい。どうぞ……」

 勢いに押されたクララが許可すると、ネネットの愛らしい顔に花が咲いた。

「ふふ、ネネット様はクララ様にお会いできる日を長い間心待ちになさっておいででしたから。今日もご挨拶してからずっと緊張なさっていて」
「そう、なのですか?」

 こんな欠陥聖女に? と不思議に思う。

「えぇ。だってクララ姉様は伝説の『慈愛の聖女様』ですもの!」

 目を輝かせるネネットをよそに、クララは大きく瞠目した。

(慈愛の聖女……? 私が……?!)

 クララはまたしても眩暈がした。



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