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どんなときも聖女として(1)

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 冷たい布を額に乗せられて、クララは目を覚ました。二つの紫色の光がじっとこちらを見つめている。

「ぁ……」
「ごめん、起こしちゃった? クララ大丈夫?」
「んん、はい……」

 寝てすっかり発作が治ったクララは、体を起こしてライオネルと向き合った。額から濡れた手巾が落ちてきた。

「これ……殿下が看病してくれたのですか?」
「あぁ、ゾアからクララが倒れたと聞いて、心配したよ。しかも治癒した相手がゾアだなんて……クソ、あいつには過酷な訓練を課して二度とクララが神聖力を使うようなことがないように……」
「ユリビスが! 誤ってゾアード様に怪我をさせてしまったので! ゾアード様に一切非はありませんので、そんなことしないでくださいっ」

 ゾアードから四肢を切られるだのなんだの聞いていたクララは、慌てて言葉をまくし立てた。

「なんでゾアを庇うの……? ねぇ、ゾアのこと気に入ったの……?」
「なぜそうなるのですか! 落ち着いてくださいませ!」

 紫水晶の瞳がどんどん黒ずんでいくのを感じて、咄嗟にライオネルの手を掴んだ。

「ゾアード様に神聖力を送り込んだところ、右肩の細胞には毒が残ったままでした。あのまま放置していれば、いずれ筋肉が壊死してしまうところだったでしょう。早く気がついてよかったです」

 右肩の傷は、おそらく毒矢を受けたものだと思われた。
 ライオネルの側近として護衛の役割もこなすゾアード。おそらく主人であるライオネルを庇って受けた傷だろう。強い忠誠心には感心する。

「右肩……そうか。あのときのか。クララ、治癒してくれてありがとう」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」

 ライオネルにとっても大切な存在であるゾアードを救うことができて、聖女として誇らしい気持ちになった。
 高熱が出る体質は忌々しいけれど、神聖力で人々を助けることができて幸せを感じていた。

「殿下、私これからも聖女として人を癒したいです」
「ここは神殿じゃない。治癒する義務も責任もないんだよ」
「金銭や仕事ではなくて、ただ人を救いたいのです。それが神聖力を持って生まれた者の務めだと思います」

 聖女は一人だけでない。別の者に任せることもできる。特にライオネルの婚約者となったクララは庇護される存在なのだから、聖女としての務めを果たす必要はない。

「聖女の儀のとき、殿下が私に声をかけてくださいました。"強大な神聖力を持った君は、尊ばれる存在だ、その事実は何があっても覆されることはない"……と。私は殿下からいただいたこの言葉を胸に、聖女として誇りを持って生きてきました。そしてこれからも、そうであり続けたいと思っています」

 ライオネルの手のひらを強く握りしめる。

 どんな場所であっても、どんな状況下でも、聖女として胸を張って生きたい──変わらないクララの思いを全身で伝えた。

「……クララ。君は他の聖女と違って発作を起こしてしまう。辛い思いをしてまで、やり遂げる必要はないんじゃないか?」
「いえ。神聖力が弱まるまで、やり遂げるべきだと思うのです」
「それは聖女が女神の使者だから?」
「違います。殿下が、私に道を指し示してくれたからです」

 女神に選ばれた聖女だからという信仰精神なんかではない。
 初恋の皇子様にそう言われたから──ただそれだけなのだ。

「俺は……縛りつけるつもりで言ったわけではなかったのに……」
「それでも、十三歳の私は殿下のこの言葉だけを胸に今日まで生きてきました。女神様は何にも言ってはくれませんもの」
「そう言われては……だめと言えなくなるじゃないか……」
「ふふ、そうだと嬉しいのですが」

 ふわりと柔らかく微笑む。
 聖女の自分を、ライオネルに認めてもらえたような気になった。

「体に無理がないように、人数は調整させてもらうよ?」
「はい」
「あとクララはもっと自分を大切にして。俺の心臓がもたないから」
「はい。殿下の仰せのままに」

 指を絡めて手を繋ぐ。そっと優しく抱きしめられて、甘く品のある香りが鼻腔をくすぐった。
 ぬくもりが伝わってきて満ち足りた気分になる。

(ユリビスのこと、殿下にお伝えしたほうがいいのかな……)

 ライオネルから逃げられる気もしないし、このままこの腕の中に囚われていたいとも思ってしまう。クララも一人の女性として、誰かに寄りかかりたいという想いがあった。

 けれど、一番優先しなければならないのは息子ユリビスのことだ。自分の心なんて二の次。母親として、ユリビスのことを一番に考えなくては。

(ユリビスにとって、一番最善の選択肢は……?)

 クララは決心がつくまで、もう少し考えることにした。焦りは禁物だ。
 ユリビスの瞳を茶色のまま維持できる期間は、まだ一週間ある。

 クララが黙り込んでいると、ライオネルが思い出したように声を上げた。

「あ、そうだ。さっきセシーリア皇太子妃からお茶会の招待状が届いたみたいだよ」
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