執着系皇子に捕まってる場合じゃないんです!聖女はシークレットベビーをこっそり子育て中

鶴れり

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垣間見える狂愛(2)

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「おかあーさーん! 騎士さーん!」

 手を振りながらこちらに駆け寄ってくるユリビスの手には、大きい茶色い昆虫がいた。

「見て見て! おっきいツノ! かっこいいでしょおっ!」
「これはカブトムシです。よく見つけましたね」
「えへへ。木の幹にくっついてたんだ」
「そうですか」

 ゾアードはユリビスと視線を合わせるようにしゃがみ込み、ユリビスの頭を撫でた。

「騎士さん……」
「ん? どうしましたか?」

 ユリビスはじっとゾアードの黒目を見つめたかと思うと、大きな体躯を指差した。

「騎士さん、肩車してほしいな」
「ユリビス、ゾアード様は護衛してくださっているのよ。お仕事中なのだから……」
「それくらいのこと、お安いご用ですよ。ほら、肩に足を掛けれますか?」
「うんっ!」

 ユリビスの人懐っこさには、感心を通り越して呆れてしまう。

(聖域に男性がいなかったから、物珍しいのだと思っていたけれど、もしかして甘えたかったのかしら。父親がいないから……)

 ユリビスに対して、申し訳なさから胸が痛む。クララは自分の全てをかけてユリビスを幸せにするつもりだし、父親としての役割もクララが担うつもりではあるが、父親にしかできないことがあるのかもしれない。
 真実を隠し続けていることに、罪悪感を感じてしまった。

「うわあっ! たかーい! すごい、遠くまで見えるよー!」
「ユリビス君もたくさん食べてたくさん運動すれば、すぐに大きくなりますよ」
「本当っ!?」

 きゃっきゃと戯れ合う姿は見ていて微笑ましい。面倒見が良く常識人なゾアードは、見目こそ物騒だけれど、信頼できる人物だと感じた。

「ユリビス、あんまり動いてはバランスを崩してしまうから、あっ──!」
「────うっ、」

 興奮して暴れたユリビスの足が、ゾアードの右肩を強打する。

「ごめんなさいっ、騎士さん!!」
「ゾアード様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。古傷に当たっただけですので……」

 ユリビスを降ろし、右肩を庇うゾアードは何でもない顔をしているが、首筋には汗が伝っている。相当な痛みがあるのだと思われた。

「お母さん……騎士さんを助けて?」

 ユリビスに言われなくともそのつもりだったクララは、ゾアードの右肩に手のひらをかざした。

「ゾアード様、力を抜いていてください」
「聖女様!? 結構です、私は大丈夫ですから……」

 遠慮するゾアードを無視して、神聖力を送り込む。
 温室の中に銀色の神々しい光が舞った。澄み渡るような力のなかに、ゾアードの傷が癒えていく反応を感じる。

(思っていたよりも、重症ね……)

 軽度の打撲かと思ったら、毒に侵されていた形跡がある。残っていた毒を取り除き、傷ついた細胞を癒やし、痛々しい傷痕を修復していく。

 完全に怪我が癒えたことを確信して、クララは目を開けた。

「終わりました。ユリビスのせいで申し訳ありませんでした……」
「…………! いえ、こちらこそ聖女様の神聖なお力を使っていただくなんて。あぁ、殿下にバレたら怒られるな……」

 ゾアードは深緑色の短髪をガシガシとかいて、深く頭を下げた。

「治癒していただき、ありがとうございます。驚くほど……体調が良いです」
「それはよかったです」
「お母さん、ありがとう。騎士さん、ごめんなさい。次からは気をつけます」

 ユリビスもしっかりゾアードに頭を下げた。
 大きな怪我もなく良かったと安心した瞬間、体が沸騰したかのように熱くなる。

(思ったよりも神聖力を使ってしまったわ)

 クララの顔が赤くなったことに気づいたゾアードは、慌ててクララの手を取った。

「聖女様、発作ですね? すぐにお部屋に戻りましょう」
「すみません……ご迷惑を……」
「そもそも私のせいですから。それに全く迷惑ではありませんよ」

 ユリビスに女官から離れないように言いつけて、クララはゾアードに運ばれて客室へ戻った。

 寝不足だったこともあり、横になった途端すぐに眠りについてしまった。



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