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垣間見える狂愛(1)
しおりを挟む日の出とともに起き出したユリビスに叩き起こされたクララは、寝不足な目を擦りながらも立ち上がる。
「お母さんっ、僕いろんなところへ行ってみたい!」
好奇心旺盛なユリビスは、皇宮にあるすべてのものが輝かしく見えるようだった。
確かに辺境地の何もない聖域でしか暮らしたことのないユリビスが、そう思うのも無理はない。
「うーん、許可が出ないと難しいと思うわ。皇宮は遊ぶ場所じゃないのよ。国の政治と経済を担う、重要な場所なのだから」
子供がうろうろするところではない。
それにライオネルと婚約したクララが、幼い子を連れて皇宮を歩き回り貴族たちの目に入れば、変な噂話を立てられそうだ。
「ええぇ──……」
「聞くだけ聞いてみましょう。でもダメって言われたら、部屋で大人しくしていようね」
「うん……わかった!」
二人は朝の支度を始めた。
「──こう簡単に許可がおりるとは思っていなかったわ」
女官に可否を尋ねたところ、護衛を一人つける前提で皇族専用の温室ならと出入りを許可された。
「クララ様はライオネル殿下の婚約者ですから、もちろん皇族専用の施設をご利用いただけますよ」と女官に言われて慄いてしまった。
当然と言えば当然だが、一夜経ったからといって、ライオネルの婚約者となった自覚は全く湧いてこない。
とはいっても、あまり皇宮で目立ちたくないクララにとって、皇族専用の施設は人目がないので都合が良かった。
「お母さん、すごいよー! きれいなお花がたくさん! 見たことない虫もいる! 大きいなぁ。わあっ、いい香りがするね!」
自然が大好きなユリビスは、暖かい地で育つ植物を見るのは初めてだ。聖域は標高が高く寒冷地で、草木も地味な色合いが多かった。
「本当ね。お母さんもずっと北部にいたから、こんな色鮮やかなお花は初めて見たわ」
赤や黄色、青や紫など、鮮やかな自然に触れる。
「よろしければ植物図鑑を持ってこさせましょう。調べてみると、より楽しいですよ」
「うん! 調べてみたいっ!」
護衛としてついてくれたのは、暴漢たちに絡まれていたときに間に割って入ってくれた騎士だった。
その騎士、ゾアードはライオネルの側近として長く仕えているらしい。背も体格も大きいせいか、一切変わらない表情のせいか、少し近寄りがたい印象だ。
「ありがとうございます、ゾアード様」
「いえ。ユリビス君は活発な子ですね」
「そうなんです。特に自然や動物が好きで、目を離した隙にいつもいなくなってしまうので困っています」
「それは護衛のしがいがあります」
話してみると意外と口数は多く、気さくでいい人だった。顔は無愛想なままだけれど。
無我夢中になっているユリビスの背中を見つめる。
「なんだか、幼い頃の殿下を思い出します」
ゾアードの言葉にギクッと肝が冷えた。
真実を悟られないように、咄嗟に笑顔を作る。
「まぁ、そうでしょうか?」
「殿下とは幼少期からの付き合いでして。森の中でかくれんぼをしたときは、あの金髪を目印にしていました。太陽光が当たると、反射するので見つけやすいんですよ」
「あぁ、なるほど」
同じ金髪だからというだけで、ゾアードに特に深い意味合いはないようだ。
(危ない……些細なことでいつバレるかわからないわ。気をつけなくっちゃ)
ゾアードは護衛対象から視線を逸らさないまま、淡々と話し始めた。
「聖女様。どうか殿下のこと、嫌わないでやってくださいませんか。十中八九、殿下の勝手だということは間違いないですが、それほど聖女様への想いが強かったようで」
ゾアードはしきりに「手段は卑劣極まりありませんが」と強調するものだから、思わずクスリと笑ってしまった。
まるで弟の尻拭いをする兄のようで、二人の関係性が垣間見える。
「ゾアード様は殿下と仲がよろしいのですね」
「仲がいいというか……。聖女様とうまくいかなければ、私の六年間の苦労が水の泡になってしまいますので……」
ゾアードがほんの少しだけ眉間に皺を寄せた。表情筋が皆無なのかと思いきや、リアクションは薄いが意外と顔に出やすいタイプなのかもしれない。
「あの、聞いてもいいですか?」
「はい何でしょう」
「殿下は他の聖女の方にも、同じようなことをされていらっしゃるのでしょうか?」
「いえ。異様に反応するのは聖女クララ様だけです」
「はぁ……そうですか」
殿下の聖女愛玩趣味の嗜好は、クララに対してだけなのか。やはり気兼ねない孤児だから?
(私に好かれるようなところなんてないのに)
会ったのも数える程度だ。ライオネルにそこまで想われる理由がわからない。
神聖力を有していて、唯一都合よく扱える聖女だからという理由しか思いつかない。
「もし殿下に嫌気がさしたら、いつでも声をかけてください。側近として進言しますので」
「もし逃げたいと言ったら逃してくれますか?」
「……無理ですね。それを許したら、おそらく私は四肢を斬られます」
「はい?」
「聖女様を繋ぎ止めておけない手足など不要だ……と言って笑顔で斬りつける殿下が想像できますね」
「…………」
さすがに冗談でしょう? と思うと同時に、寝室で「俺、今度は何をするかわからないから」と言われたことを思い出した。
(絶対にないとは言い切れないのが恐ろしいわ……)
「聖女様、もし何かあった場合はすぐに誰かに相談するか、直接殿下にお話しください。でないと取り返しのつかないことになりかねませんので」
「き、肝に銘じておきます……」
ライオネルと長い付き合いのゾアードがそう言うと、説得力に重みがある。
(なんだか、いろいろと疲れるわ……)
「はぁ……」
思わず細い細い息が漏れた。
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