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強行突破、再び(1)
しおりを挟む「わぁ! すごい高い建物だー! どうやって建てるんだろう?」
「足場を組んで、高いところに石を積んでいくんだよ。でも今は魔法の力を借りることも多いかな」
ライオネルに抱っこされ、皇宮内の建物を見て歓声を上げるユリビスの後ろ姿を眺める。
(どうして、どうしてこんなことに……!)
小さな街から馬車に乗せられたクララたちは、当初近くの治安の良い大きな街へ送ると言われていた。
それを道が混んでいただの、事故があって通行止めになり遠回りをして進んでいるだの、色々言われて気がつけば帝都にある皇宮へ着いていた。
なぜあのときライオネルの言葉を鵜呑みにしてしまったのか……。いやでもあのときは有無を言わさない黒い空気を撒き散らしていたから、断れる雰囲気ではなかったのだけれど。
(しかも、この腕輪はなに……? 恐ろしくて追求するのも憚られるわ……)
馬車で寝てしまったクララは、起きたら左手に腕輪がついていた。六年前、ライオネルにつけられた部屋から出られないように閉じ込められた魔法道具と同様、留め具がなく自力で外せない。
おそらく似たような魔法道具の類なのだろうが……事実を聞くのが恐ろしくて聞けないままでいる。
それにいつの間にかユリビスはライオネルに懐いていて、べったりくっついている。
父と子の仲が良いのは素晴らしいことなのだが、その真実を知るのはクララだけだ。側から見れば、皇子殿下が見知らぬ男児をあやしている摩訶不思議な光景である。
「こら、ユリビス。殿下にご迷惑でしょう。お母さんと手を繋ぎましょ?」
「僕、殿下がいい!」
「ユリビス……」
「俺は構わないよ。クララも長い移動で疲れただろうから、無理しないで。すぐに部屋に案内させるから」
「うぅ……」
あれよあれよという間に、立派な客室へ案内される。中続きの扉から、ユリビスの部屋へ通じるようになっていた。
部屋は隅々まで掃除が行き渡り、調度品も二十代の女性が好みそうなもので揃えられていた。
手で摘める軽食から茶菓子まで、全てが完璧に準備されていた。
(これ、絶対初めから皇宮へ連れてくるつもりだったわね……)
準備万端(または用意周到)さに恐れ慄く。ユリビスが無邪気に喜んでいる様子がいたたまれない。
「また夜に会おう」
ライオネルに手を取られ、甲に唇が落ちる。ドキンと高鳴る胸を、息を止めてどうにか鎮めた。
(ユリビスの瞳が元に戻るまでには、ここから抜け出してホーギア国へ向かわないといけないのに……)
再びライオネルの包囲網に捕まってしまったクララは頭を抱えた。
…
……
「うぅ、快適すぎて辛い……!」
「クララ様、いかがなさいましたか?」
「いえ……なんでもありません。ただの独り言です……」
旅の疲れを癒すため、薔薇の花びらが浮かぶ大きな浴槽で身を温め、皇宮の料理人が作る最上の料理をいただく。
この世に天国が存在するなら、まさに今のことを指すのだろう。
食後のお茶を味わいながら、ゆったりとした時間を過ごす。
(訳がわからないままここに拉致されるように連れてこられなければ、きっと心から堪能できたでしょうけれど……)
なにせクララはここから抜け出したいのだから。
そもそも何故クララがここに連れてこられたのか、さっぱり意味がわからない。
虚偽の報告をして税を横領した罪を償っていないから? でもそれならばこの高待遇はおかしい。
やはり、考えられる可能性は──。
「殿下の、聖女愛玩趣味……?!」
それ以外に考えられない。
(聖女のほとんどは貴族出身者だから、好き勝手自由にできる聖女は私くらいだもの……)
さすがに貴族令嬢を騙すような形で皇宮へ連れてきたり、魔法道具を装着させるようなことはできない。家門と皇家の関係性に問題が生じてしまう可能性が出てくるからだ。
(前回は運良く抜け出せたけれど、今回はユリビスがいる。計画を練って慎重に逃亡計画を立てなくては。行き当たりばったりでは絶対に失敗してしまう……)
いつの間にか、日が翳り始めていた。橙のあたたかな色が窓から部屋に差し込む。
湯を浴び、食事を済ませたユリビスは早々に眠ってしまったと、世話役の使用人が報告してくれた。
一人の時間、クララは悶々と考え込んでいた。
扉のノック音が聞こえて、クララの世話役の女官が入ってくる。
「クララ様のお着替えのお手伝いに参りました」
「えっ? 私このままここで眠るのでは?」
「ライオネル殿下からのご命令です」
「え、でも……」
「ご命令です」
「はいぃ……」
女官の圧に耐えられず、おずおずと鏡台の前に座らされる。
「あの、晩餐なら先ほどいただいたばかりで……んんふ!」
「少しの間、お喋りをお控えくださいませ、クララ様」
いつの間にか三人に増えていた女官に化粧を施される。おおかた完成した頃に、何故か絹の布で目元を隠された。
「クララ様、大変申し訳ございませんが、ライオネル殿下からのご命令で目隠しをさせていただきます。どうかご容赦ください」
「はい……」
取ってと女官にお願いしたところで、この人たちも指示されて仕事をこなしているだけなのだ。女官に当たるのは筋違いだと思い、仕方なく受け入れる。
化粧と髪を整え終えると、肌触りの良い衣装に着替えさせられた。
その重みから、布が幾重にも使われたものだということがわかる。
(夜にどこに連れていくっていうの……)
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