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聖女と皇子の攻防戦(ライオネル視点)(3)
しおりを挟む「ん……おかあさん……」
むくりとユリビスが体を起こした。まだ眠いのか、目を擦っている。
金髪に茶目というよくある色合いの男の子は、ライオネルを見てビクリと体を震わせた。
「起きたか。名は……ユリビスと言ったか。俺はライオネルだ」
「さっき、お母さんが殿下って……」
「この国の第二皇子なんだ。よかったら、果実水でも飲む?」
妹が好んでよく飲んでいた、苺を漬けた甘い水を差し出す。
「これ……甘い香りがする……」
「苺を漬けてあるんだ。苺はわかるかな?」
「本で読んだことがあるよ。赤くてつぶつぶがあるやつでしょ?」
「そう。美味しいよ」
水筒の口から興味深そうに匂いを嗅ぐ。しかし口をつけようとはしない。
「飲まないのか?」
「だって……お母さんにいいって言われてないから……」
「お母さんには内緒にしておくから。ほら、ぐっすり眠ってる」
ユリビスはクララの顔を一瞥してから、思い切って水筒に口をつけた。
「ん……美味しい……!」
「そうか、良かった。まだ着くには時間がかかる。もう少し眠るといいよ」
「うん!」
薄暗い車内でもわかるほど、ユリビスは嬉しそうに果実水を味わっている。
「ユリビスは聖域から出るのは初めて?」
「そうだよ。ずっとお母さんとばば様と暮らしてたんだ。でも、お母さんにそろそろお外の世界に出ないとって言われて……」
「そうか。外にはたくさん美味しい食べ物もあるし、美しい景色もある。楽しいことばかりだよ。ところでユリビスはどこに向かっていたの?」
「魔法がたくさんある、楽しい国ってお母さんが言ってた!」
子供は素直だ。忖度なく見聞きした事実をありのまま話してしまう。
(やはりユリビスが聖域で生まれたのは間違いないようだな。そしてクララたちが向かっていたのは南のホーギア国……想定通りだ)
ホーギア魔術大国は、様々な民族が集まる個性豊かな国だ。魔術で栄えたホーギア国には、聖女はほとんど誕生しないし、女神信仰も薄い。
神殿に戻れないクララにしてみれば、最善の逃亡先だったのだろう。
無害な優しい皇子を演じながら、知りたい情報を聞き出すことに成功する。
弟と妹の面倒を見てきた経験が、ここにきて役に立つとは。
「ねぇ、殿下。隣に座ってもいいかな?」
「あぁ、もちろん」
ユリビスはキャラメル色の瞳を輝かせて、ライオネルの隣へ移動する。
「ユリビスはお母さんが好きかい?」
「うん、大好き! お母さんは誰よりも強いキラキラの力を持っていて、みんなを助けてくれるんだ!」
引退した聖女たちが集まる地で、現役の聖女であるクララは最も強い神聖力を有していた。
クララの性格上、周りの人たちに惜しみなく神聖力を使い、癒していたのだろう。
「お母さんはすごいな」
「うんっ! 殿下も、お母さんのこと大好きでしょう?」
「あぁ、そうだな」
何年も追い求め、がんじがらめにして逃げられないようにするくらいには、クララのことを愛している。
「ふふふ」と何故かユリビスは嬉しそうに口元に手を当てていた。
「ねぇ、殿下の隣で寝てもいい?」
「いいよ。着いたら起こしてやる。寒くないか?」
「うん、大丈夫!」
ニカっと無邪気に微笑むと、ユリビスは目を閉じてライオネルの腕に寄りかかった。
(長い間聖域で暮らしていた反動か、人懐っこいな。人を疑うということを知らない。クララと同じで警戒心がなさすぎて将来が不安だな……)
子供の温かい熱が伝染して、ライオネルも眠たくなってきた。
仮眠はとれるときにとっておかないと。皇宮に着いたら、忙しくなる──。
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