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聖女と皇子の攻防戦(ライオネル視点)(2)
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車内の空気が気まずいのか、クララは頑なに窓に顔を向け、外の景色を見ていた。その横顔をじっくり観察しながら無言で過ごしていると、そのうちクララはうとうとと眠ってしまった。
相変わらず床の上でもどこでも寝てしまう、困った聖女だ。
皇族専用の馬車は国内の最高級の素材で作られており、確かに乗り心地は抜群だが、あまりの警戒心のなさに心配してしまう。馬車内とはいえ、男と密室にいるのに。
(クララは昔から無頓着なところがあるからな……)
神殿勤めのときもそうだ。発作で体調が悪いとはいえ、食糧庫や倉庫の床で眠ってしまったり、ベッドまで辿り着けず扉の前で倒れていたり。
今までは警備の目があったから大事もなく済んだものの、もっと危機感を持ってもらわないと。いずれ第二皇子妃となり、大衆の面前にも出ることになるのだから。
ライオネルはクララが完全に寝落ちしたことを確認して、御者へ通じる小窓を開ける。
「皇宮へは最短でいつ頃着くか?」
「はい。途中三回ほど馬替えして夜通し走らせれば……明日の昼過ぎには到着すると思われます」
「わかった。安全運転で頼むよ」
「御意」
小窓を閉じ、目隠しのカーテンを閉める。
次に馬車の窓を指で叩いた。馬車と並走して走っていたゾアードが気づき、近寄ってくる。声が届く程度に窓を開けた。
「殿下、御用でしょうか」
用件を伝え、手配を頼むとゾアードは無愛想な無表情を歪ませた。
「あの……いくらなんでも早すぎやしませんか?」
「事は早いほうがいい」
「あぁ……また逃げられてしまいますからね」
嫌なことを言う側近を鋭く睨む。
クララに会えず、苦しんだ六年間を知っているくせに、酷い言い草だ。
「わかりましたよ。すぐに手配します。けれど……聖女様の御心に寄り添わなくてよろしいので?」
「寄り添った結果、六年前に逃げられたんだ。今回は外堀から完全に埋めさせてもらう」
「うわぁ……」
本当にやるんだこの人……とゾアードの引き攣った声が聞こえたが、無視した。
クララを手に入れるためなら、使えるものは全て使う。なりふり構っていられないのだ。
「殿下……また逃げられないといいですね?」
ゾアードの言葉にイラついて、乱暴に窓を閉めてカーテンを閉めた。
ライオネルだって、できることならクララの心ごと自分に向けてもらえるように努めたいと思っている。しかし皇族という身分と、クララの聖女という立場では色々と障壁が多いのだ。
(時には強引さがなければ。クララを奪われてしまってからでは遅いんだから)
そんな焦燥感に襲われてしまうのだ。
クララに関することは、過敏になってしまう。取り返しがつかなくなってしまう前に手を打たなければ。
額に手を当て、ふぅ……と息を吐く。
やっと、やっとクララが聖域から出てきてくれた。ずっと聖域へ通じる洞窟の前に見張りをつけ、いつクララを迎えにいけるかと毎日報告を待ち侘びた。
(まさか六年間も聖域に閉じこもったままだとは……)
数日程度だとタカを括っていたライオネルは、何年もその時を待った。
聖域には女性しかいない。神聖力を持つ者しか入れないため、クララを害意からも男からも守るのに、むしろ好都合だと思ってそのままにした自分が浅はかだった。
六年──クララに会えない時間は途方もなく長く感じた。聖女クララを迎え入れる環境を整えながら、皇子としての任務をこなす。毎日毎日、今日は出てくるかもしれないと期待しては、落ち込む。クララを抱いた一夜を思い出して、ひたすら想いを焦がしていた。
(二度と……離してたまるか)
もう何年もクララに触れられないなんて、耐えられない。あんな虚しい想いをするのは懲り懲りだ。
ライオネルは胸ポケットにしまってあった二つの腕輪を取り出した。
ホーギア国から取り寄せた魔法道具を自身の左手につける。ぶかぶかだった腕輪が、ライオネルのサイズにピタリと合わさる。
そして眠っているクララの左手を取り、同様に腕輪を嵌めた。
中央についている透明な石同士を合わせると金色に輝き出す。
これで魔法道具の発動は済んだ。
安心感から笑みが漏れる。
(クララはもう俺のそばから離れられない──)
座席に座り直し、クララと繋がった腕輪に触れた。
ようやく、これで安心して休める。
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